第6章 -今の自分-
焔から修行を受けることになった4人は、早速ジャージに着替えて武器を携帯し闘技場に戻ってきた。
「がむしゃらにやっても大した効果は見込めない。お前たちにはそれぞれ基礎もある。だから、まずは現段階の実力をしっかりと見極める」
横一列に整列した4人はやる気十分だ。
瑛里華は飲み物とタオルを大量に用意してリング外に控えている。
「焔にも師匠がいたんだろ?どんな風に鍛えられたんだ?」
「俺はまあ普通だよ。トレーニングはな。ウチの師匠はまどろっこしいことすんのが嫌いだから、とにかく実戦で慣れさせられた」
「恐ろしいな…」
「だから、それに近いことをしてみようと思う」
「え、まさかその辺の奴に片っ端から決闘挑めとか?」
「そんなことするか。通り魔じゃねえか」
俺を何だと思ってるんだ、と呆れ顔になる。
「武器使用可。魔法無制限。寸止めも不要だ」
言いながら焔はリングの中央へと移動する。
「さあ、かかってこい」
魔装もしていなければ魔力も練っていない。
流石にそれはと言いかけたが、焔の纏う空気が一変した。
「う…!」
殺気、とでも呼ぶのだろうか。
下手に動けば殺されると本能が告げるほどの凄まじい圧力が4人を襲う。
戦闘慣れしていない伊織は思わず半歩下がり、他の3人は無意識に武器に手を掛けていた。
「逃げたいなら今のうちだ。俺は中途半端は好きじゃない」
「う、うおおおおおお‼︎」
最初に恐怖に立ち向かったのはハークだった。
抜刀と共に駆け出し、魔装を召喚して斬りかかる。
『ハアアアアアアッ‼︎』
振り下ろした剣を、焔は軽く体を捻って躱す。
2撃目、3撃目と手を緩めず追い詰めようとするが、焔の表情は微塵も動かない。
『閃光の覇拳‼︎』
剣の切り返しの隙間から、不意を突くように光を纏った拳を叩き込む。が、
「ふむ、だいたいわかった」
『な!』
焔は義手ではない素手の右手でいとも簡単に拳を受け止める。
そして、纏ったはずの光が霧散していく。
(これは、燿子の魔装が解かれた時と同じ!)
咄嗟に剣に切り替えようとするが、
『グゥッ⁉︎』
視認できない速度で放たれた回し蹴りで盛大に吹き飛び、そのままリングアウトしてしまう。
『が、あっ…』
起き上がろうとするが、魔装が解けて力尽きてしまう。
「次」
『ッ‼︎』
焔が向き直るのを待たず、既に魔装していたミラが2丁拳銃を連射する。
だが、焔はまるで銃弾が見えているかのように、最小限の動きだけで刃と同じように銃弾を躱していく。
『はあ⁉︎』
銃弾と剣では速度は比べ物にならない。
超人的な動きにミラは呆気に取られる。
『ぐ、このっ!』
両手に竜巻を作り出し、独楽を投げるように何発も竜巻を放つ。
風ならば避けることはできない。直接当たらなくても、動きは制限される。
更に、竜巻に乗って起動を変える弾丸を撃ち出す。
「ほう」
しかし、焔は風に逆らうことなく、逆に竜巻同士がすれ違う軌道を利用し、上空へ舞い上がる。
『うそ…』
ミラは空中に向かって銃を連射しようとするが、注意が逸れた瞬間に竜巻の制御を失い、竜巻同士の衝突が起こる。
『ああっ⁉︎』
その突風の中からいつの間にか肉薄していた焔に射程距離を潰される。
『しまっ…』
「次に行こう」
焔が放った掌底は鎧など存在しないかのように衝撃を通し、ハークと同じくリングアウトして魔装が解けてしまう。
「あと2人」
「次は私だ!魔装!」
魔装し、更にスラスターで加速した燿子が突進する。
スタート潰しの燿子得意の一撃は、焔が躱すことを見越して背負っている光輪からも火炎弾を放つ。
リング全体が火炎に包まれる中に斬り込むが、
(手応えがない!)
すぐさまスラスターの逆噴射で停止すると、一文字に刀を構える。
『そこだ!』
炎を切り裂くと、その中にいた焔が斬撃を軽く躱した。
『影士よりよっぽど鋭い気配だ』
「そりゃどうも」
爆炎を上げながら斬りかかるが、その焔の姿が搔き消える。
『残像⁉︎』
「いい集中力だ」
振り向こうとするも間に合わず、蹴りをもろに食らってリングアウトする。
「さあ、これで最後だ」
「僕の番だね…」
あまりの戦いぶりに後ろに引いていた伊織だが、覚悟を決めて一歩前に出る。
「魔装!」
エルフの持つ莫大な魔力が溢れ出し、魔法の水が渦を巻いて伊織を包む。
『ハァッ!』
水の竜巻を裂き、魔装した伊織が姿を現した。
「こりゃまた凄いのが現れたな」
ブルーとゴールドの鎧は王冠を被り、三叉の槍を携えている。
身長165㎝程の伊織だが、鎧は目測で220㎝ほどだ。
縛羅の魔装ほどではないが、巨体が焔を見下ろす。
【魔装・ポセイドン】
水を自在に操る伊織は、海の神の力を持つ鎧を纏う。
数いる海の神の中でもトップクラスのポテンシャルを持ち、携えた身の丈程の槍・トライデントは海流と共に鋼鉄をも貫く威力を誇る。
エルフ特有の澄んだ魔力が辺り一帯を海に変える程の水量を意のままにし、敵を荒波の中に飲み込む。
華奢な伊織に似つかわしくない重厚な装甲は深海の水圧にも耐え、並みの魔法では傷一つ付けられない、攻守兼ね備えた鎧だ。
『荒波よ!』
伊織がトライデントを翳すと、轟音と共に水が龍のようにうねり出す。
焔ごとリングを越えて周囲が水に包まれる。
「大したもんだ」
『え⁉︎』
しかし、何故か焔の周囲には水が進入せず、ガラスの中にでもいるように見える。
『…鬼城君の力の秘密は、魔力操作か』
「その通り」
隠すこともなく頷く。
『魔法が霧散するのも、魔装が強制的に解除されるのも、触れた相手の魔力の流れに干渉して自在に操ってるってわけだね』
「原理はいたって単純だ。武器を通して魔法を発動するのと変わらない」
『よく言うよ!相手の心臓を直接握っているようなもの。しかも、自滅するリスクは相当高いはず。そんな技を使う魔法使いは他にいない』
「これは経験の違い、と言っていいのかな。慣れれば何でもできる。例えば…」
焔が手を翳すと、伊織が制御していたはずの水が半分ほど制御を失い、槍となって渦巻きながら牙を剥く。
『そんな、こんなにいとも簡単に…』
「さあ、始めよう」
『ぐううっ!』
伊織の水と焔の水が正面から衝突し、津波同士が衝突したような衝撃が起こる。
「ちょっと2人ともやりすぎ!」
倒れた3人を庇いながら瑛里華が悲鳴を上げるが、リング外の4人は焔の魔力操作で守られていた。
『はああっ!』
水の槍を押し返すが、飛沫の向こうの焔の姿が消える。
『どこっ……ぐああっ⁉︎』
背中から砲撃されたような衝撃によろめくと、焔が蹴りを放って着地していた。
「予想より硬いか」
『容赦ないね!』
槍で突き刺すが、体を捻って逆にトライデントを掴まれる。
槍に纏わせていた水は魔力操作に遭い掻き消えてしまった。
『ぐっ、おおおおお…!』
押しても引いてもトライデントはビクともしない。
「ん、もう十分だ」
伊織が突きに力を入れた瞬間、焔はトライデントを掴んでいた腕を引き、急な加速に伊織はトライデントの制御を失う。
『おわあっ⁉︎』
穂先がリングに突き刺さり、そのまま姿勢を崩してしまう。
『しまっ…』
腕を交差させてガードを図るが間に合わず、焔のハイキックが鳩尾を捉える。
『があっ…!』
先程よりも溜めた蹴りは、反動でリングにヒビを入れるほどの威力を持って炸裂する。
それを正面から喰らった伊織の魔装にもヒビが入り、やがて割れるように消滅した。
「ぐふっ」
伊織が膝を着いてダウンすると、焔は腰に手を当てて周囲を見回した。
「よしっ、こんなもんか。今のを元にトレーニング方法を考えよう」
「その前に、全員が目を覚ますのを待ってあげて…」
死屍累々。ミラに膝枕をする瑛里華は心から参加しなくてよかったと思った。
意識を取り戻した4人はしかし本調子とはいかず、青い顔でベンチに座っている。
圧倒的な敗北に身体以上に心のダメージも酷いが、それでも焔の言葉を聞き逃すまいと目だけは光を帯びている。
「さて。あんまり他人の戦闘スタイルについて問題点とかいう言葉を使いたくはないんだ。俺が提案する一例だと思って聞いてくれ」
「なんか、ちょいちょい謙虚よね」
「まずハーク」
「おう」
「剣に拘らず、体術と魔法もバランスよく使い分けようとするその器用さと心構えは大切だ。実際、ヘラクレスも何かに特化ではなく装着者の総合的な能力を底上げする作用がある。
だが、お前はそれを引き出すことも頼ることも中途半端だ。器用貧乏とでもいうのかな」
「ぐ、密かに感じていたことを…」
「ちょいちょい技の名前を叫んでただろ。今のお前に必要なのは必殺技だ」
「必殺技⁉︎」
「いや、言いすぎた…。基礎はしっかりしてる。剣であれ魔法であれ、個々の力を伸ばして突破力を身につけろ」
「なるほど…」
「次にミラ」
「はい」
「お前はトリッキーな戦いが得意だ。それはお前自身の性格と、テスカトリポカのもつ性質もあるだろう。
だが、相手の不意を突くことに囚われすぎてる。
射撃の腕が立つ上に、トリッキーなことをするとわかりきってるから攻撃が怖くない」
「そ、それは…」
「ハークとは逆に、ミラに必要なのはもっとしっかりとした土台だ。
流れはいつも自分にあるとは限らない。その流れが変わった時に応じて戦い方を変える柔軟さを身につけろ。
それでこそ本当のトリックスターだ」
「わかったわ」
「次、燿子」
「うむ」
「燿子とは前にも戦ったな。学年トップなだけあって、突破力も応用力も十分だ。だが、俺が霞迅工房で言ったことを覚えてるか?」
「視野が狭い、というやつか」
「そう。戦い慣れているだけあって、俺の殺気にも一番冷静に対処できていた。
今成長を妨げているものがあるとすれば、それはリラックスだ」
「リラックス?」
「居合はできるか?脱力からの瞬間的な爆発。余裕と緊迫、脱力と圧力。相手のペースを読み、自分のペースに持ち込む能力。より深い駆け引きや心理戦だ。
鉄を打つように、熱する瞬間と冷やす瞬間の切り替えを身につければ、お前の技は化けるだろうな」
「余裕、リラックス…」
「最後に伊織」
「う、うん」
「ポセイドンの強大な力をあそこまで使いこなす魔法、見事だ。あれを喰らえば学生レベルで生き残れる奴はいない」
「そ、そうかな…」
「ただ、お前には圧倒的に戦闘経験と闘争心が足りない」
「…やっぱり?」
「だが、それは恥じることじゃない。相手を倒すことに執着する奴は足下を掬われる。
伊織は無意識だと思うが、急所への攻撃やとどめになり得る一撃に手心を加える傾向がある」
「ん〜」
「持ち前の優しさなんだろうな。だがな、逆に考えてみろ。
意識を奪うわけでもなく、のらりくらりと防げない攻撃を繰り返す。そんな奴をどう思う?」
「だいぶサドだね…」
「ああ。性格悪い。魔法の操作と同じ。正確で的確な攻撃は、有無を言わさぬ制圧に繋がる。相手に与える恐怖も、相手を傷つけることで自分が感じる恐怖も、目を背けずに認識できなければ魔力の垂れ流しと変わらない」
「そっか…」
「あとは身体能力!槍の使い方がなってない!お前に必要なのは魔法じゃなくて体術だ」
「それは、言われる気がしてたよ…」
「以上だな。なにか質問はあるか?」
全員が言われた言葉を反芻し、熟考する。
焔と戦うことで、見えていなかった部分や目を逸らしていた部分と向き合っているのだろう。
焔は自分と向き合おうとする4人を見て僅かに口の端を上げる。
「今日のところはここまでにしておこう」
「え、この勢いで続けないの?」
「トーナメント本戦まで時間がない。今ダメージを負った状態で身体を酷使するのは得策じゃない」
「そっか…」
「明日もう一度集まろう。そのときにまた組手をやる。多くの時間を費やさなくても、今の自分の持っているもので変えられる部分はあるはずだ。
俺の言ったことを参考にしてみてくれ」
「わかったわ!」
「さ、バイトの時間だったりするんじゃないのか?」
「あ、ヤバ」
「じゃあ、今日はここまでだ」
示し合わせたわけでもないが、4人はきちっと立ち上がって焔に頭を下げた。
『ありがとうございました!』
「ん、照れるな…」
こうして、焔に教えを請うことになった4人はそれぞれの道を歩みだす。
(しかし、なんだ)
水を飲みながら帰り支度をする4人、ではなく、瑛里華を見ながら焔は考える。
(戦闘は素人。魔装もできないと言っていたが…)
焔が思い出すのはグリードから伊織を分離させたとき。
そして、先程3人が焔と伊織の戦いに巻き込まれそうだったとき。
瑛里華は焔のサポートを受けながらではあるが、高いレベルで魔力操作を行っていた。
(力に気づいたら、すごいことになるかもしれないな)
甲斐甲斐しく幼馴染みの世話ん焼く少女に、焔は秘められた何かを見ていた。