第5章 -それぞれの想い-
「なんだ、お茶するんじゃなかったのか?」
遅れて合流したミラたちは席には着かず、焔を連れてフリーの屋外リングへやってきた。
片手に持ったままになっていたクッキーを頬張りながら、焔は怪訝そうにミラたちを見回す。
ニヤニヤとするミラ、何故か気合いを入れているハーク、悩んでいる様子の燿子、空笑いする伊織。瑛里華は「私はパス」と言ってリングの外へ出ていった。
フェリシアたちはついてこようとしたが、トーナメントのことで急な仕事を頼まれてしまい、生徒会室に残っていた。
ミラは「むしろ好都合」と言っていたが、焔はなんとなく嫌な予感がしていた。
「クッキーならやらないぞ」
「違うわよ」
「じゃあ何だって言うんだ?」
「私たち、焔にお願いがあるの」
「…聞こう」
食べていた手を止め、指先を舐めながら話を聞く。
「単刀直入に言うわ。私たち4人に稽古をつけてほしいのよ」
「あぁ、そんなこったろうと思った!」
「お願い!」
「ダメだ」
「どうして?」
「ちょっと俺のことを買い被り過ぎじゃないのか?全員、戦闘スタイルも得意な属性も違う。なんで俺なんだ?」
「貴方を倒すためよ」
「……はあ?」
「この先、私たちがトーナメントを勝ち上がりたいと思ったら、絶対に貴方を超えなくちゃならない。そのために、稽古をつけてほしいの」
「いや、ちょっと日本語が…。俺に自分を狙う相手を指導しろってのか?」
「ミラの言い方はちょっとどうかと思うが…。焔、ハッキリ言って、同い年の俺たちから見てお前の強さは異常だ」
「魔法、魔力量、格闘技術、身体能力、全てが私たちを遥かに上回っている」
「トーナメントで勝ち上がることは、僕たち学生騎士にとっては“今”超えるべき大きな壁なんだよ。それをとっくに超越してる焔に、強くなるための方法を学びたいんだ」
「理由はまあわかったが、ダメだ」
「何故!」
「安直に強さを求めるもんじゃない。いいか、俺と俺の組織は、騎士団なんかよりよっぽどブラックで過激な仕事を生業にしている。ただ俺が強いからと師事しても、お前たちの憧れるような未来は俺の下にはない」
「確かに、何してんだか得体は知れないが、お前は守ってくれただろ?俺たちのことも、この学園のことも」
「そんなもの、見方によって変わるさ。行くところに行けば俺は犯罪者だ」
「私、これでも人を見る目はあるのよ。闇が深いことと、悪人であることは別の話よ」
どうやらミラたちに引く気はないらしい。
毅然とした態度で向かい合ってくる。
「言い出しっぺはミラか?何故今になってなんだ?前に燿子が同じことを言ったときは止めただろう」
「あのときの燿子は復讐のための一手として危ない橋を渡ろうとしていた。だから止めたの。でも、貴方に教えを請いたいとは前々から思っていたわ。今切り出したきっかけは、命よ」
「命?」
「そう。この前友達になったの」
「いつの間に…。そのコミュニケーション能力は見事なもんだな」
「貴方と命の関係を見て、貴方と命の両方から話を聞いて、不謹慎だけど、私はちょっとホッとしたの」
「何故?」
「初めて教室で貴方を見たとき、まるで得体の知れない怪物に遭ったみたいだった。実際に話してても底も裏も見えてこないし。かと思ったら魔獣を簡単に葬るんだもの。わけわかんないわ」
(そんな風に思われてたのか…)
“普通”に溶け込めていると思っていたのだが、軽くショックだ。
「でも、燿子の件を通して優しさを見た。命の件を通して不器用な人間らしさをみた。鬼城焔という人間を、信頼できると思ったのよ」
ミラはいつもの悪戯っぽい笑みを消し、自分が焔を信頼していることを真摯に訴えてくる。
「焔、私は本当ならあの夜死んでいたはずだ。でも、お前は命だけじゃなくて私が忘れていた心も一緒に救ってくれた」
燿子は以前のように負の感情に染まった目ではなく、純粋に自分と向き合う覚悟を決めた目で見つめてくる。
「俺は子供の頃からずっとスーパーヒーローに憧れてる。笑われても馬鹿にされても変わらない夢だ。あの日魔獣から友達を救ってくれた焔の背中は、俺が憧れるヒーローたちと同じ背中だった」
どこまでも真っ直ぐなハークは、自分の憧れがそこにあると語る。
「僕は、自分の力に振り回されてばっかりで、守りたい人を守る術を見失ってた。でも、自分の力に押しつぶされない勇気を見せてもらった」
ずっと誰かを傷つけることだけを恐れてきた伊織は、大切な人のために力を使いこなす決意を見出す。
「私は強くなりたいわけじゃないけど、でも、鬼城君が伊織を助けるためによく知らない私の背中を押してくれたとき、本当に嬉しかったし心強かったわ」
瑛里華は、自分がもらった勇気は本物だったと微笑みかけてくる。
「だからこそ、私たちより沢山の世界を知ってる貴方に教えてほしい。強さと狂気の違いを知ってる貴方に教えてほしい。そして、1人の騎士として、貴方を超えてみたいの」
「俺たちも馬鹿じゃない。この前のグリードみたいに、そう遠くない内にこの学園でまた何かが起こるのはわかってる。そのときに、自分にできることすらわからないのは嫌なんだ」
「私は、自分の刀に誓って盲目に復讐を求めるだけの生き方はやめる。でも、次に影士に遭ったとき、また奴が罪のない人たちを殺すのを見過ごしたくはない。そのときに自分に負けない強さが欲しい」
「ちょっとした気まぐれでも構わないんだ。自分の信念に恥じないだけの戦いができるようになりたい」
「学園の誰もが憧れるフェリシア先輩たちは、鬼城君の背中を追ってあそこまで強くなったんでしょ?きっと鬼城君が思うより、貴方に憧れている人は多いんじゃない?」
「はぁ〜、参ったな…」
あまり口が上手い方ではないのだ。
ここまで言われてしまっては、突っ撥ねるだけの理由が見つけられない。
「…丁寧に育てられるほど器用じゃないぞ?あんまり期待するなよ?」
「謙遜しないでよ。全力で噛り付いてみせるわ!」
「わかった。組手の相手とアドバイスくらいならしてやる」
「よし!」「やった!」
「はぁ、まったく…」
はしゃぐミラたちに溜め息が出る。しかし、
(悪い気はしない、かな)
師に憧れ、必死に追いかけていたかつての自分を思い出す。
(最近会ってないな…)
自分がどれだけ期待に応えることができるのか、焔自身にとっても大きな挑戦になりそうだった。