エピローグ -濁り-
その夜。都内某所にある公安管轄の遺体安置所に焔は来ていた。
同行しているのは京と瑞乃、そして京の上司である矢車獅童だ。
ここに来たのは、マグナス達が交戦した例の4人の兵士の死体を調べるためだ。
「検死が終了した遺体はこの2体です。もう2体は現在検死待ちとなっております」
担当医から検死結果を受け取ると、白い布が被せられた遺体の側へ行く。
遺体の状態を保つため、安置所は全体的に温度が低めだ。
焔は躊躇いなく顔から上半身まで一気に布を剥がした。
「うっ…」
「瑞乃さん、無理することはない」
「いや、構わない。続けてくれ」
死体を目の当たりにしたことがないわけではないが、瑞乃はこういうことに免疫が強いとは言えない。
しかし、構うなと焔に先を促し、ハンカチで口元を隠して眉をひそめながらも目を背けなかった。
「損傷が激しいですね」
遺体は顔も身体も全身がケロイドのように爛れ、皮膚はあちこち裂け、目は異常なほど濁っている。
「ここまで部下にやらせたのか?」
「んなわけねえだろ」
獅童に乱暴にカルテを渡すと、ゴム手袋をはめて触りながら遺体の状態を確認する。
「これは…」
「セリーナの報告によれば、こいつは『痛みを感じている様子がなかった』。カルテにも『行動不可能なほどの傷を負ってなお肉体を駆使した形跡がある』とある」
「これが例の魔石か」
「細胞にも変異が見られて身元の特定が困難だ。だが、もしこの魔石がこの前のものと同じなら、こいつらは恐らく“魔力素養の極めて低い魔法使い”だ」
「非道いことを!」
「明らかな人体実験。それも違法」
「彼はが略取などによって無理矢理被験体にされたのか、それとも騙されるか何かで望んで実験体に志願したのか…」
「どちらにせよ、身元が判明しなければ捜査は進まない」
「ん?変質が激しくてわかりにくいが、こっちは女か?」
「どれどれ。『戦闘中に子宮破裂の形跡あり』。女みたいだな」
「見境いなし、か」
「焔、すまん。私はもう…」
「ああ、そろそろ行こう」
顔色の悪い瑞乃を連れて、焔たちは安置所を後にした。
「俺は本部に戻って捜査を開始する。この件は直接総理に報告させてもらう」
「わかった。京、瑞乃さんを送ってやってくれ」
「了解です。焔は?」
「もう一度学園を洗ってくる」
アルベルトが去った後、焔たちが街で戦っているときに、瑞乃と悠は学園で“他の個体より明らかに強力な”4匹のレプトルの襲撃を受けたらしい。
そして、3匹を倒すことに成功したが、1匹が片腕を失いながらも“何かの箱”を持って逃走した。
学園内を捜索すると、魔方陣によって強固に守られた形跡のある地下空洞が見つかった。
学園に到着した焔は、光魔法で明かりを灯しながら、中庭の花壇の脇にひっそりと隠されていた地下への入り口から中に入る。
レプトルたちの進入によってだいぶ荒らされているが、無数の罠がこの空間を守っていたのは明白だ。
至る所に壊れた罠と、例の強化型と思われるレプトルの死体がある。
「いったいどれだけ進入したんだ」
瑞乃によると、3匹殺すのに相当苦戦したという。
そして、迷路のようなそこを最深部まで進むと、魔法結界による封印が破壊された一室に辿り着いた。
部屋の中にも10匹近くの死体が転がっている。
「古い魔方陣だ。いったいいつから…」
壁、床、箱が置かれていたと思われる台座もくまなく調べる。
と、台座の側に千切れた札のようなものを見つける。
「これは?」
拾い上げると、擦れているが僅かに文字が見える。
「風、帝…?」
焔の頬を汗が伝う。
日本における風の魔法使いと言えば、誰よりも先に名前が挙がる人物がいる。
大戦の英雄、旧日本軍最強の兵士。
「“風の剣帝”太刀帝雹護!まさか、なぜここに?いったい奴らは何を盗んだ」
焔はポケットからビニールを取り出し、丁寧に札の切れ端をしまい込んだ。
「調べる必要がある」
馬鹿馬鹿しい都市伝説も笑えなくなってきた。
焔はもう一度部屋を一瞥すると、誰もいない地下空洞を後にした。
- To Be Continued -