プロローグ -陽ノ森命-
燿子の退院から遡ること3日。
成田国際空港の海外便発着ロビーで、星宮瑞乃とその夫、星宮錬太郎はイギリスから来る飛行機を待っていた。
「半年間、あっという間だったね〜」
「あぁ。本当はもっと楽しんできてもらいたかったが…」
「あはは。それはあの子は望まないだろうね」
「手紙でも弟妹の心配ばかりだったからな…。お、あれじゃないか?」
ゲートから出てくる人の群れの中に、白いスーツケースを引く娘の姿を見つける。
綺麗な黒髪に百合の花の絵が彫られた髪留めを付けている。
花が咲いたような笑顔は可憐で、大和撫子という言葉を連想させる美少女だ。
「本当だ。お〜い! 命〜!」
「錬太郎さん!瑞乃さん!」
「おかえり、命。長旅で疲れたろう」
「ただいま帰りました。飛行機は快適だったので、それほどでもないですよ」
「元気そうでなによりだよ。さ、行こう」
錬太郎が命の手からスーツケースを預かり引いていく。
「みんなは元気ですか?」
「そりゃあもう」
「お義姉ちゃんが帰ってくると、朝からお祭騒ぎだよ」
「みんなついてきたがってたんだけどね。流石に車に乗れないから…」
「うふふ。お土産沢山買ってきたんです」
そんな風に会話を交わす彼らは、書類上は親子だが、年齢的には兄弟のようなものだ。
家族になって2年ほどになる。
都合から父母とは呼ばないが、互いの間に壁はなかった。
駐車場で車に乗り、星宙学園都市を目指して錬太郎が運転する。
しばし他愛ない会話をしていたが、ふと会話が途切れて命が窓の外を見はじめたところで、夫婦はアイコンタクトだけで会話をする。
(おい、あいつのことを言わないのか?)
(ええ⁉︎僕がかい⁉︎怒るの必至じゃないか)
(そこをこう、なんとか…)
(なんとかってなに⁉︎ていうか、焔は知ってるのかい?)
(それが、まだ言ってないんだ…)
(いやいや、最悪の展開が見えちゃってるじゃないか!)
(わ、私はそういうことは不得手なんだ!)
(嫌という程知ってるけどさ…)
チラッとバックミラーを見た錬太郎は、機嫌の良さそうな命を見て覚悟を決める。
「ね、ねえ命」
「はい、なんですか錬太郎さん?」
「半年ぶりに弟妹たちに会うなんて、はじめてじゃない?」
「そうですね〜。修学旅行の3泊4日以上家を空けたことはありませんでしたからね」
「姉弟みんなに話を聞かせてあげなきゃね」
「はい。そうですね」
弟妹たちの顔を思い出してか、命はニコニコしながら応えてくる。
「お、お義兄さんにも話てあげたら喜ぶんじゃないかな?」
しかし、錬太郎が義兄の話題に触れた瞬間、一気に車内の温度が落ちた…気がした。
錬太郎は「ひいっ⁉︎」と心の中で叫ぶ。
「彼に話すことなんてありません」
「いや、でも…」
「居所も連絡先も知りませんし」
「そ、そうだったっけ…?」
「だいたい、義兄なんていましたっけ」
「ど、どうでしょう…」
戦国武将のような殺気を放ち、どんどん無表情になる命に錬太郎は話すのをやめる。
(やっぱり無理だって〜!)
相変わらずな義理の娘の反応に、錬太郎は冷や汗だらだらで首をぶるぶると振って瑞乃に訴える。
瑞乃はやはりか、という風に小さく嘆息した。