第一話 誕生
てっきりそのまま生まれ変わるのかと思えば、まだ記憶を有し、撫子はそこにいた。しかしそこに生前の姿はなく、今はただ光の玉となり天使の腕の中に抱きしめられていた。
「さあ、貴方の入る体の元へ行きましょう」
「え、ええ」
どの国の子供に生まれ変わるのかと、眼下を見れば、そこが明らかに地球ではない事をすぐに理解できた。
「ここは、どこなの?」
「この惑星の名前はイリュジヤ、地球のある次元とはまた別の場所にある世界です」
「そんなところに来て、問題はないの?」
「元々魂の根源は同じところにありますから」
天使は急ぐ様子もなく、道中この世界について話してくれた。
ここには魔法もあるし異種族もいるしという結構なんでもありの世界。ただ世界は魔素に満ちており、その所為で科学的なものは発展しないのだそうだ。まあつまり魔素が邪魔して上手く電気を扱えないらしい、発電とか単純なものは電気が使えるが、コンピューターとかそういった複雑な物は繊細過ぎて作れないそうだ。ただ代わりに魔法が発達しており、生活水準はそんなに悪くない。
まあ地球と同じで、先進国もあれば発展途上国もあると言った感じだ。
ふわりと降り立ったのは、巨大な森の奥深くに佇む小さな古い都市、エルフの隠れ里ヘーラル王国にある一つの屋敷。
迎えるのはシンプルではあるが、上質な素材で繕われた衣服を纏う美しいエルフの夫婦。臨月を迎えているのであろう腹の中の赤子からは魂を感じない。多分それが、私の入る身体なのだ。天使と夫婦は撫子の知らぬ言葉を交わし、夫婦はその魂を受け入れる。
途端に魂になってからは感じたことのない眠気が撫子を襲い、撫子は久々の眠りにつく。
目覚めては、柔らかな温もりを感じまた微睡みへと誘われる。たまに響くような音はまるで水の中に潜った時のようで、そこが羊水に満たされた胎盤の中なのだと気付く。
生まれたのは、魂を授かった二週間後だった。
「おぎゃああああぁ!!」
産声とは、初めて自力で肺呼吸をする時に発せられる音である。閉じられていた肺に、初めて空気が触れる音。
なるほど、結構苦しいものである。
「ふぎゃあ、うああぁ」
まだ発達していない声帯では音を出すのがやっとで、泣くことしかできない。私の両親となったエルフはとても嬉しそうに私を抱きかかえる。
私は、ステレラと名付けられた。
両親や乳母は良くステレラに話しかけていた。よく笑うステレラはとても愛らしく、見る者を幸せにさせるのだ。若い脳だということも関係しているのだろう。ステレラはまだ話しはしないものの、いくつかの言葉はすぐに理解できるようになった。ひと月も経てば随分と首の筋肉も発達して、もうすぐ自力で支えられるようになるだろう。二ヶ月目にはうつぶせで顔をしっかり上げることが出来るようになっていた。ハイハイはまだ筋力が足りずできないが、問題ない。代わりに魔力で動くことが出来るのだ。とは言ってもまだほんの少し浮くことしかできない。しかも浮いてるか浮いてないかわからないくらいなのでまだお腹がつっかえてそのまま移動は不可能だった。しかもまだ寝がえりはできないので、仰向けで浮く練習をすることが殆どだった。その場合はお尻がつっかえる。
でも三ヶ月もすれば自力で寝がえりがうてるようになった。さらに少し経って寝返り返りもできるようになった。結構早い方だよこれ。流石はある意味ズル。転生前の記憶があれば、早熟が可能なのだ。さらに四ヶ月経つころにはズリハイができるまでになっていた。しかもベビーベッドをまたいで降りられるくらいには魔力も成長していた。
ふわりふわりとベビーベッドから降り、母の座る椅子を目指しズリハイする。しかし子供にたどり着けるわけがなく、疲れて途中でベッドに返るのだ。自力で行くより魔力で飛んだまま進む方が体力を消耗しない。そしてベッドに降りたらお腹が減ったとばかりに泣きわめくのだ。お腹が満たされれば眠くなるので、そのまま眠ったりの繰り返しだ。
翌月にはハイハイができるようになった。
そしてついにステレラの脱走劇が始まるのだ。
いつものように、うとうとしてしまい椅子に座ったまま眠りにつけば、クイクイとスカートの裾を引っ張られる感覚で目が覚める。
「まーま」
そこにはベビーベッドに寝ていたはずのステレラが嬉しそうに座っていた。
「えぇえ?!」
その可愛らしさに頬がほころぶものの、ハイハイができるようになったのは知っているが、どうやってベビーベッドから降りたのかが分からなかった。抱き上げてベッドに戻せば、なんと魔力を使って宙に浮いたではないか。しかも絶妙な魔力調整で安全にベッドから降りて見せたのだ。そしてそこからハイハイで母であるセリニの元までたどり着いて見せたのだ。極上の笑顔を届けに。
「マウニ、マウニ!」
喜びを分かち合おうとセリニは乳母であるマウニを呼ぶ。二人の喜びようもすごかったが、父カエルムの喜びようもすさまじかった。
エルフといえども、親は親であるらしい。大して人と変わりはしなかった。
1歳になるころには、短い距離ではあったが、歩けるまでに成長していた。
言葉はまだ拙いけれど、意思の疎通はまあまあできるし、ステレラの転生前である撫子も無邪気で子供らしいところもあったため、成長の早い子としてしか認識されていなかった。それはステレラの気遣いでもあったのだが、元がそんな性格だったため、本人にとっても全く無理をしているわけではない。ただ、転生前の記憶があって、しかもそれが100歳のおばあちゃんだということを秘密にしているだけだ。
家の佇まいからして、それなりに地位のあるエルフなのだと思っていたが、どうやら一応王族の血を引くらしい。とはいえ既に継承権等ない家柄で一応爵位が与えられただけのようだ。父は騎士団長であるらしく、家にいる時間はあまり長くはない。
エルフは長寿で誇り高く、多種族との交流をしない。その為争い事は少なく、騎士と言ってもそうそう出番はないそうだ。ただ少し上の立場である為、訓練やらなんやらで忙しいらしい。出番は主に害獣の対策らしい。
王族10名、貴族70(内騎士30名)名、民500名という少ない種族であるから仕方がないことではあるのかもしれない。
そして圧倒的な長寿の種族である為、子供が極端に少ない。繁殖力自体も低く、長い人生の中で2人、子供を授かればいい方なのだという。繁殖期は大体8年~13年に一度だ。
16歳までの成長速度は人間と変わりなく、それから100年はゆっくりと成長していく、人間でいうと大体25歳位の見た目になると成長が止まり、それから300~600年はそのままの姿を保つ。寿命が近付くと10~20年で急速に老化し、死を迎える。因みに初潮は16歳になったころから始まる。成人式も16歳だ。国外に自由に出る許可が出るのは50歳を過ぎてからである。
これは一時期エルフという種族が奴隷として人気が出てしまい誘拐が多発した為の処置であったが、現在もまだ闇市場で取り扱われていたり、ハーフであっても価値が高い為、現在も緩和措置が取られていない。50歳以下の者はまだ精神が未発達で騙され易く、魔法も上手く扱える者が少ない為、誘拐されやすいという判断からである。
まあそもそも隠れ里であるヘーラル王国を出る者は少ない。
そんな事を学びながら、ステレラはとうとう6歳になった。
魔法は五大元素まで扱えるほどとなっており、両親からは天才だとちやほやされていた。
その年から、ステレラは王城で暮らすことになる。
それは才能がある故の措置だった。
ステレラの才能は既に両親を超えており、両親から教えられる魔法はもうほとんどなかった。けれどステレラは貪欲に知識を欲していたから、見かねた両親が友人に相談したらしい。
ていうか、相談したら王城での英才教育ってその友人何者よ。
まあ、王族の血を引いているそうなので、そういった繋がりがあっても不思議ではない。
「ステレラ、しっかり勉強するんだぞ」
「はい、お父様、お母様がくれたチャンスをものにして見せます!」
「ステレラ、寂しくないように会いに行くからね」
父であるトゥルヤルについて王城へ入り、トゥルヤルと分かれる。