プロローグ 人生の最後は畳の上で
前書きとか何かこうか迷います。
更新遅め
沢山の泣き声で目が覚めれば、孫が泣いているのが目に入る。
「おばあちゃ・・・」
どうしたの、と声を掛けようとして孫が縋るものが自分であることに気が付く。
「あらあら、私、死んじゃったのかしら」
まるで眠っているだけのようにも見えるその体には、既に死化粧が施され白装束を身にまとっていた。死に顔はとても安らかで、まるで眠るように息を引き取ったのだと想像できる。
「あと50年は生きようと思ってたんだけどねぇ」
その言葉に偽りはなく、撫子は150歳まで生きるつもりであった。
「まあでも幽霊になれたんだもの、良しとしましょう!」
死んでしまったにも関わらず、それを大して気にすることもなく撫子は明るく言ってのけた。死んでしまったものは仕方がない、意識はあるのだからそれでいいじゃない。それがどこまでも前向きな撫子の考えだった。
けれどそんな撫子でも、子供や孫、曾孫の今後は気になるところだった。
遺産分割はそこまで大変ではないと思う。遺書は60歳になった時に初めて作成し、以降10年毎の誕生日に新しい遺書を作成し、小さな金庫に保存していた。つまり今年100歳になった日にも新しい遺書を作っていたので揉めることはないはずだ。
元々自分に似て楽天的で、旦那に似て聡明で優しい子供たちだった。そして孫たちも愛らしく優しかった。元々揉めるとは思えなかったが、火種はないにこしたことはない。実家については一緒に住んでいた孫の楓に土地ごと相続して貰い、それを省いた現金は権利のあるもの全員で法律通りに分配。勿論実家を継ぐ楓もそれに含まれる。その他の現物は着物が数点あるのみだが、孫達が着れるようなものはもうすでに生前分与していたし、年配に合う着物しか残ってはいない。
その辺は実家に含むということで、楓に任せるつもりだった。
楓は私に一番似ていると思う。田舎の少し不便な土地にある家だけど、田舎だからこそ庭は広いし、のんびりとできて私はとても好きだった。
それから葬儀が終わるまではその地に留まり、見届けた。
「もう、葬式は家族葬で質素にしてと遺言にも書いたのに・・・」
質素にしていても、葬式とは金がかかるものだ。お金は死んだ者にではなく、生きている者に使って欲しかった。けれども気持ちが嬉しくない訳ではない。
遺言書もあり、遺産分割はスムーズに進んだ。
本人はまだまだ満足していなかったが、100も生きれば大往生。その後の遺族の立ち直りも早く、時折物思いに耽るものの、彼らには日常が戻っていた。
一緒に暮らしていた楓はまだたまに泣くこともあるけれど、大変だった時に精神的に支えてくれた人と付き合うことになり、時折その彼が家に遊びに来る。
「もう、大丈夫ね」
上手く進めば、このまま結婚するのではないだろうか。
幸せそうな家族達の様子に、撫子は漸く決意を固める。
「それじゃ、旅に出ましょ」
勿論それは四十九日の旅ではない。そのまんま、旅行の意味の旅だ。
「まだまだ内戦やらなんやらで治安が悪くて行けなかった国が沢山あるのよね、幽霊になったら治安なんて関係ないもの、楽しまなくっちゃ!」
―ブハッ
「?」
聞かれていたのかと慌てて周りを見渡すけど、幽霊である自分の声が聞こえているわけないかと思い当たり、気にせずそのまま空港へと向かう。電車に乗ろうとして、折角幽霊になったのだから空を飛んでいこうと思い、宙に浮かんだものの、方向が分からずかなり上まで飛ぶことになった。この調子だと飛行機にも乗らずに行けるかもと思ったけど、方向音痴なのは重々承知している。ここは大人しく飛行機に乗るべきだろう。
向かった先はアフリカ大陸、行こう行こうでまだ行ってなかったのだ。肉体がなくなったことにより野生の肉食獣に近寄っても怖くない。ということで今の状態を最大限に生かした旅行を楽しむのだ。
かなり上空まで飛ぶことが出来るのも分かったし、迷子になっても何のそのだ。
流石野生動物、かなり勘が鋭いらしい。
触れられはしないけれど、かなり警戒心を持たれてしまった。近寄れるまでに一週間も時を要してしまった。けれど良かったこともある。なんとこちらが頑張って何とかすれば、なんとなく触れるのだ。本当になんとなくだけど。
結構いろんな動物を近くで見て触ることが出来た。
そうして一年も経った頃、初めてお迎えというものがやってきた。
「さあ、行きましょう」
絵画に登場するような、可愛らしい赤子の天使。
「ごめんねぇ、まだまだ行きたいところがあるのよ」
てへぺろ、とでも言いたげに悪ぶれる様子もなく、撫子はあっという間に天使の元を去る。
「びっくりしちゃった」
他人のお迎えは実は何度か目撃したことがある。大概は死んで霊体の意識が覚醒する前に連れていかれるか、数日経っているのか、ぼんやりしているところを連れていかれるかだった。大概はさっきの赤子のような天使だけれど、時々10歳前後の天使を見かける事もあった。大人の天使も、一度だけ見たことがある。
何はともあれ、撫子は連れて行かれる事なく旅をつづけた。
北極にも南極にも行ってペンギンやシロクマとも戯れたし、海の奥底はいかなかったけど、南国のサンゴ礁も楽しんだ。
勿論、たまには実家に帰ったりもした。けれど身内に霊感のある人はいないから誰も気付かない。楓は相変わらずあの時の彼と付き合っているようだった。
翌年、またお迎えが来た。
「さあ、行きましょう」
今度は小学低学年くらいの子供の天使。
「ごめんねぇ、まだまだ楽しみたいの」
そういってまた天使から逃げ出す。まだまだ行ってない場所は沢山あるのだ。
それにしても一応はお迎えが来るのか。一度逃げてからは大して声もかけられなかったから放置されているのだと思った。たまに目が合うことがあっても、遠くから手を振るだけにしておけば、話しかけられることもなかった。
それからまた更に一年経った頃、お迎えが来た。
「さあ、もう満足したでしょう」
行きましょう、と手を差し伸べてくるのは12歳位の少年の天使。中学生になりたてくらいだろうか、まだ幼さの残る可愛らしい子供だ。
「ごめんねぇ」
またまた天使から逃げ出せば、その子は少し追って来ようとはしていた。けれど伊達に移動ばかりの霊魂生活をしていたわけじゃない。結局天使は追いつくことなく、私はまたしてもお迎えから逃げたのだ。
この頃、撫子は完全に移動は自力で各世界を回っていた。
「レオ!」
レオと呼ばれたライオンは嬉しそうに撫子に駆け寄りじゃれつく。
そう、撫子は気合を入れれば動物とじゃれ合えるくらいにはなっていた。とは言っても所詮は霊体、怪我をすることはなかった。
「さあ、行きましょう」
手を差し出すのは、高校生位の少年。幼さの残る顔立ちは、まだ少年が大人ではないことを告げている。
「あら、もうあれから一年も経つのねぇ」
「ええ、こんなに粘る方は久しぶりですよ」
「あらそう、じゃあもう少し粘っちゃおうかしら」
制止する少年の言葉を無視して、撫子はまたしても逃走を図る。少し追いかけられたものの、まだ撫子の方が早かった。というよりも、彼らは本気では追いかけてきていないように思う。お迎えだって、一年に一度しか来ないし、そんなに捕まえて行こうという感じでもない。
それに、今年は楽しみもあるのだ。孫の楓が昨年ついに結婚し、妊娠したのだ。再来月には生まれるだろう。
「このまま、曾孫の守護霊にでもなっちゃおうかしら」
なれるかどうかわからないけど、それも良いかもしれない。
生まれたばかりだからか、曾孫のスミレは良く撫子を見ていた。
泣きそうになればいないいないばぁをして遊んで、幽霊ながらに曾孫の相手をしていた。最初の一年こそは実家にいることが多かったけれど、次の迎えが来た時に旅行を再開した。ちなみに迎えに来たのは25歳位の青年だった。幼さは消え、大人の男という雰囲気の美しい天使。
「それにしても、どんどん大きくなるわねぇ」
時が経つにつれて連れて行くのが困難になるから、ベテランの天使が担当するようになっているのだろうか。
たまに実家に戻ると、スミレは私が見えているようで良くこちらを見ていた。3歳位まではたまに声も聞こえていたようだけど、5歳になるころには、殆ど見えなくなっていた。小学校に上がるころには、撫子がどんなに頑張っても見える事はなくなり、スミレもすっかり忘れてしまったようだった。
「少し、寂しいわねぇ」
「そうですね」
あれから数年、天使は25歳の青年より上はいないようで、毎年同じ天使が迎えに来るようになっていた。
「あなた、お仕事はよろしいの?」
「私まで回ってくる仕事は少ないのでね、忙しくはないんですよ」
「あらそう」
ここのところ毎日天使は撫子に会いに来ていた。とは言っても、迎えに来たという雰囲気ではなく、ただ会いに来るのだ。
「今度はどこに行くんですか?」
「どこに行こうかしらねぇ」
実を言うともう世界一周どころかみっちり三周はしている。
ここ数年はお気に入りの場所や馴染みの動物のところへ通うだけだった。けれどついこの間、一番仲良しになったライオンのレオは寿命を迎えて死んでしまった。レオの子供たちとも仲は良いけど、やはり寂しくはなる。
「宇宙にでも行ってみようかしら」
「ブハッ」
天使は以外にも感情豊かで、こうして笑って見せたりする。
「あら、冗談ではないのよ」
「貴方なら本当に行ってしまいそうだ」
「そうね」
その夜、星空を眺めて思う。
このまま行ってしまおうか。
霊体だから何も準備はいらない。そう思って空へと飛び立つ。飛ぶことに慣れた魂は、いとも簡単に大気圏に突入する。
「宇宙は、初めてね」
「それはそうでしょう」
何処から現れたのか、いつの間にか天使が並走していた。
「まさか言った夜に旅立つなんて」
可笑しそうに笑いを堪えながら天使は問いかける。
「まだ旅がしたいですか?」
「そうね、まだまだ色々な事を知りたいし、見ていたいわ」
これで終わりだなんて、もったいない。
「ならば、連れて行ってあげましょう」
「・・・どこへ?」
「違う世界へ」
そんなに長い付き合いではない。けれど分かる。この天使が嘘を言っていない事が。
「あなた、天使だと思っていたけど、違うのね」
「そうですね、私は天使とは少し違う」
その背の翼が、七色に輝く。
「私は時に神と呼ばれ、悪魔とも呼ばれる存在」
それは時に白銀に、時に漆黒へと色を変える。
この世には天使も悪魔も、天国も地獄もない。あるのはただ魂を管理する場所。そこを管理する者達。それらは時に神と呼ばれ、悪魔と呼ばれる。明確な線引きなど本当は存在しないのだ。
「ああ、楽しみだわ」
眩い光が、撫子を包む。
これから始まるのだ。
撫子の新しい人生が。
読んでいただきありがとうございます。
書いてる私は結構楽しいけど、読んでてどうでしょう。
楽しんでいただけたら幸いです。