誰も知らない物語(Re:)
あの夜、私ははじめてのものに出会った。
今までに感じたことのない熱さが、胸の辺りから広がって脳髄まで染み渡る。
でも決して嫌ではない、むしろ快感のような、もうきっと二度とこういう出会いは無いだろうと、その時の私は、その熱さに一瞬にして虜になった。
「彼のトランペットの音が、頭のどこか奥底に突き刺さってどうにも離れない」
その時付き合っていた人にそう告げた。
その人は何も言わず、翌日には次の女を傍らに置いていた。
そういう人だったのだ。
元から冷えきった上辺だけのものだったのだ。
その人は、周りの人間さえも自らの装飾品の様に扱うような人で、そしてそれが許される人だった。
そういうのもアリだと思った、その人の一部となって振る舞うことや、冷めた感じさえも、その時の私はまだそういうことに憧れていたのだ。
けれど、着飾っていたのは私の方だったのだろう────どうしようもなく好きになることを、どこか馬鹿にしていたのだ、その人のようになりたかったのだ、どちらが子供だとか大人だとか、そういうことではないのだと、彼の音は、そう言っている気がした。
彼には意地悪をしたと思う、周りには気付かれないように振る舞いながら、その実裏では私は彼を愛していると叫んでいたのだから。
あの熱さを感じたい。
彼の音を感じたい。
彼と恋に落ちたいと、ただそう願った。
彼の方も良い反応をくれていたと思っていた、ただ同じベッドには決して入ってはくれなかったけれど。
彼の中でまだ何か私に対する線引きがされているのだと感じざるを得なかった。
結局、彼は踏み込んで来てはくれず、私が踏み込んでいくことさえ、絶対的な拒絶があった。
そして、彼はその音と共に私の前から姿を消した。
結局、おしゃべりな女は要らないと言われたようなものだった。
自身のために尽くしてくれる装飾品にならなければ、私は生きていけないのだと悟った。
私は、そういう求められ方しかされない女なのだと、決定的に知らされた。
彼のためにある音楽には、私のために恋をしたかった私では、到底太刀打ちなどできるはずも無かったのだ。
私の叫びは誰にも聞き入れられず、ただ黙っていれば良いのにと言う周りに、流されているフリをした。
そして彼の友人に取り入って、恋人になって、妻になって、結婚式の招待状の裏に彼宛の手紙を添えた。
「覚えていらっしゃいますか?」
あの頃、彼と居た頃の写真を週刊誌に持ち込んだ。
彼を殺すには、音楽の道を奪う他無かった。
私が叫ぶことの自由を奪われ、殺されたように。
私はこの十数年を彼とそして私のためだけに費やした。
/Rolling In The Deep.