シカタクシー
「シカだね」
「うん、シカだ」
「そうね、シカね」
「ほへ」
明日香ちゃん、羽心音ちゃん、キャロル、私それぞれ異なるリアクションでシカと対面。しかもちょうど4頭いる。すべて立派な角が生えたオス。サイズは現実世界のシカと同じくらい。
「どこまで乗っけてくれるの?」
明日香ちゃんが訊ねた。
「望むならどこまでもさ」
「運賃はおいくらでしょうか」
私が社長として気になることを問う。
「初乗り2キロ10ペイ、または鹿せんべい10枚だ」
「安っ」
驚きの運賃に明日香ちゃんが感嘆。現実世界換算で初乗り2キロ百円だ。乗合バスより安い。
「じゃあスカまで! いい? みんな」
明日香ちゃんの呼びかけに一同同意。往路で利用した電車やバスよりも安く済みそうだ。
「スカ? ちょっと待った意外と遠方をご希望だな。そのくらいになると営業所に許可取りしなきゃいけない。あーもしもし、助役ですか?」
シカが上司と連絡を取り始めた。首輪に通話装置でも装備されているのだろう。どこまでもと威勢良く言った割には歯切れが悪い。
「あー、悪い、待たせたな。営業所から許可が下りた。大概の客は登山口のバス停までだから、少し気が動転したんだ」
私たちは敢えて、何も言わず素面でシカに跨った。
「うっひょーい! 速い速い!」
「手綱にしっかり捕まってろよ」
「はいよー!」
砂利あり段差あり、足場の悪い登山道を疾走してゆく。たまにほかの登山者と接触したような音がしたが、構わず進んでいる。かなりインモラルな乗り物だ。破天荒な走りを楽しんでいるのは明日香ちゃんのみ。ほかは舌を噛まぬようギュッと口を縛り、木の枝などが当たった際のダメージを最小限に抑えるため目を閉じている。
登山道を下りきって道路に出ると、違反で捕まったらジビエにされるらしいので通ルールに従って走行した。
辺り一帯は住宅地と畑が混在する地区。緩やかな坂もあり、まだ山地と言って良いだろう。
4頭トレイン方式で走行、最後部の客は私。赤信号で停止すると、後続の軽自動車が車間距離を詰めて停車。その距離僅か1メートルほど。振り返ってドライバーの顔を見たら、なるほど法など無関係に感情で動きそうな雰囲気。
ほどなくして後方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「緊急車両通ります! 緊急車両通ります!」
けたたましいサイレンとともに、5台のパトカーが車間距離不保持の軽自動車を横目道路の中央部、黄色い実線を跨いで通過。何やらきな臭い。
青信号になったので進行。しばらく進むとスーパーマーケットの沿道を無数のパトカーが包囲していた。店舗の出入口には鎧を纏った数十の、恐らく機動隊員が店内を睨んでいた。
「なんだ、何かあったのか?」
「只事ではありませんね。一度止まっていただけますでしょうか」
大々的には販売していないが、もふもふライフカンパニーでは武器弾薬を多く取り揃えている。何か役に立てることがあるかもしれない。
私たちは店舗の敷地は入らず、近くにいた警察官に状況を訊ねた。
「クマが立て籠もってるんだ」
「なに、クマだと!? 警察よ、悪いが匿ってくれないか」
と、餌食になりそうなシカが命乞い。クマの棲息地で営業しているとは思えないビビりぶり。
近ごろ、食に飢えたクマが市街地に出没する事案が多発している。私の故郷、青森でも度々発生しているが、開発や悪天候など、何らかの原因により棲息地が侵されるとこのような事態に至る。
「パトカーに寄ってな」
とりあえず、民の豊かで平和な暮らしをお手伝いするもふもふライフカンパニーの社長である私は腕時計型端末からカタログを呼び出し、必要に応じて使えるよう商品をスタンバイした。




