沙雪、ロケランで命を救う
『ご乗車どうもあざっしたー、まもなく終点、ブルーフォレストっすー、忘れモンないよう注意してくだっさーい』
この列車には複数の車掌が乗務しているのか、どこかで乗務交代したのか、アッパーフィールド駅を出た直後とは別人と思われる声のアナウンスが流れた。
しかし列車はなかなか減速しない。現実世界の電車のように時速90キロでホームに進入しても止まれるほど高性能な車両ではなかろうに。
命の危機を感じた沙雪はキャロルに電話をかけ、魔法でブレーキをかけるよう要請した。
『ちょっと! そういうことは早く言いなさいよ! せっかく気持ちよく眠れてたのに最悪の目覚めだわ!』
プツッと通話を切られた。
「ふぅ、そんなこと喋ってる暇があるなら黙ってさっさと魔法をかけてくれればいいのに」
通話中に列車は5百メートルほど進んだ。
沙雪は兵器開発の技術を応用して、列車の制御システムへのハッキングを試みたが、上手く行かなかった。現実世界の鉄道車両には、1990年代ころ製造された車両から列車の状態を運転台のモニターから確認できるシステムが搭載されているが、これはゲーム会社が外観重視でデザインしたハリボテ車両。そこまで本格的には造られていなかった。
メカニックにこだわる会社なら、例え創作物でもとも思ったが、敢えて古い仕様でデザインしたり、情緒重視で敢えてシステムを無視してつくるクリエイターもいる。
キャロルの魔法が効いてきたのか、徐々に速度が落ちてきた。しかしまだ時速50キロほどは出ている。
『もうダメ、止められないわ……』
「そう、ありがとう、お疲れさま」
ふぅ。溜め息をついた沙雪は、最後の手段に出る。
仕方ない、もう時間がない。
沙雪は個室から出て廊下をとことこ歩き車両を移動、個室がなくボックス席と通路しかない三等車を通過して、車端部の貫通扉前に辿り着いた。
「なになに、どうしたの?」
アッパーフィールドで三等車を指定された羽心音が付いてきた。
貫通扉の鍵をピストルで破壊し、客車と貨車の連結部分に出た。
「ふふふふふ……」
沙雪は意気揚々と小型のロケットランチャーを出して連結器とジャンパー線を破壊。機関車、貨車と客車を切り離した。
「わあ!?」
沙雪の武器使用は日常茶飯事なので驚かなかった羽心音だが、全身に降りかかる猛烈な吹雪と極寒、強風、車両を切り離した途端に非常ブレーキが作動し強い衝撃があり驚いた。
一般的に鉄道車両は空気や電力の供給が遮断された場合、からくり仕掛けで非常ブレーキが作動するようになっている。沙雪はジャンパー線を破壊して機関車から供給されていた電力と空気を遮断、更に重たい貨車、機関車を切り離して強制的にブレーキを作動させた。
これなら機関車が故障していなければ、機関士や貨車に乗っている人々も無事か軽傷で済むかもしれない。
こういうことは乗務員にやってほしかったが、そこまで気が回らなかったか、走行中の列車の連結器やジャンパー線を道具や武器を使わず手作業で切り離すのは至難の業なので諦めたか。さすがに洋画のように細いピンを抜けば簡単に切り離せるようなちゃちなものではなかった。
客車はなんとか停車、遠退く貨車と機関車はどうか。明日香は無事か。沙雪は一応心配していた。




