異世界の車窓から
シュシュポポシュシュポポシュシュポポシュシュポポポポーッ!!
夜の吹雪の中、積雪を蹴散らし猛スピードで駆け抜ける列車。私の腕時計に搭載された速度測定アプリによると、時速140キロ。昔ながらの蒸気機関車みたいにシュッシュッシュッシュッくらいの速度かと思いきや、その倍くらいの速さだ。高速走行かつこの辺りは田舎で軌道状態が悪いと思われるが、揺れが少なく快適な乗り心地。
英国紳士風の車掌の案内で私が通されたのは一人用の個室。シャワー室やベッド、窓に向かって小さなテーブルが付いている。現実世界のA寝台個室に相当する部屋だ。同じ代金なら一等車に乗りたいところだけれど、これでも十分満足。
備え付けの電気ケトルとティーバックでカモミールティーを淹れ、窓を流れる雪を目で追う。雪国の列車ならではの醍醐味。
「ふぅ、美味しい」
今回の旅行は私が全員分の代金を支払っているとはいえ、私と同じ運賃、料金をかけて屋根のない貨車に乗っている明日香ちゃんは、いまごろどうしてるかな。
◇◇◇
デュックデュックデュックデュック。
「ヘイヨー! 楽しんでるかいエブリワン! BPMアゲアゲでイッちゃうヨー!」
雪がどっさり積もったオープンカー、コトラ号。ばふばふ容赦なくぶち当たる吹雪、擦れ違う列車から振り落とされた雪塊、加えて機関車からの煙などものともせず踊るDJと十人のパリピはテンアゲマックス。そんな中、明日香は……。
「へ、へ、ヘーイ……。って踊れるかこんなドカ雪ん中でよ!! 膝まで雪に埋もれてるよ!!」
「ヘイヨー姉ちゃん! 雪ん中だから踊るんだヨー! 踊れば雪も寒さも吹っ飛ぶぜイエーイ!!」
「ひっ、ひっ、ひぇえええい……」
コイツらマジどうかしてるわ。体感温度氷点下30℃くらいだよこれ!! 車両はガタガタレールとこのクソ共の踊りでメッチャわっさわっさ揺れて脱線しそうな勢いだし!! しかもブレーキかける度に後ろの車両からガン! って押されるんだよこのベニヤ車両。きっとほかの車両よりブレーキの利きが悪いんだ。
◇◇◇
そのころ機関室では、二人の若い機関士が何やら話し込んでいた。
「なんかよお、これ、ブレーキの利きが悪いんだよな」
ハンドルを握る機関士が、何やら異変を感じた様子。
「あれじゃね? 貨車の制輪子、新しいタイプのじゃね?」
石炭を焚べる係の機関士が火室に煙草の吸殻を投げ込んで言った。
制輪子とは、車輪の踏面に押し当ててブレーキ力を得る部品。この度、重量物を積むと客車より重くなり、ブレーキが利きにくくなる貨車のブレーキ力を上げるため、通常は石炭を載せ重くなるコトラ号に改良型の制輪子を取り付けてみたが、どうも芳しくないようだ。
「あれか。でも試運転して大丈夫だったんだろ?」
「試運転は貨車1両だけでやったらしいけど、これは貨車2両に客車6両だからな。条件が違うってもんだ」
「そうか、ならブレーキが利かなくても仕方ない。新しいものに不備は付きものだ。ブルーフォレストに着くまでに助かる方法を考えよう。助からなそうなら俺たちは飛び降りて、客と荷物は諦めよう」
現実世界の鉄道会社がこのようでは安全面でも倫理面でも言語道断だが、ここは異世界。現実世界の鉄道会社では『客から運賃を収受する代わりに旅客や貨物を安全に運ぶ契約』が成立するが、この鉄道会社では安全に運ぶなんて言っていない。とりあえず運んでやるよ、労働なんてそれくらいでいいだろのレベル。無事目的地まで辿り着ければそれはこの鉄道が安全だからではなく、たまたま事故が起きなかっただけ。
何も知らない客や荷物を乗せ、列車は猛スピードで駆けてゆく。




