夜行列車ハクツル号、コトラ号
モンキーアイランドが水底に沈んだ。どうやらそれと同時に、東側の陸地が徐々に沈んでいるようだ。具体的にはモンキーアイランドの対岸にある半島、サウザントリーフからイーストノーザン地方のブルーフォレストまでの約7百キロメートルに及ぶ長い距離。
ということで私たちは、イーストノーザン地方に出向き、現地視察をすることにした。モンキーアイランドは跡形もなくなったが、イーストノーザン地方は壊滅的被害を受けているものの、まだ街は残っているそうだ。
今回の視察を提案したのは私。
わざわざ被災地に赴いたところでできることなどないが、東北育ちの私は東日本大震災の被災地を目の当たりにし、街が壊滅する哀を多少なりとも知っている。それを他のメンバーに、直接見て知ってほしいのだ。
スカからピカピカの最新型電車に乗り、途中で乗り換え、イーストノーザン地方へ向かう列車が発着するアッパーフィールド駅に到着した。私たちが乗るのは、ブルーフォレスト行きの夜行列車。
アッパーフィールドは、イーストノーザン地方など、北国から出稼ぎに来た人々が経済的事由により帰郷できなくなり、溜まり場となっている街。要するにスラム街だ。格安大衆居酒屋や闇市が軒を連ね、スカやビギンズタウンなどの南国地域と比べると治安が悪く民度が低い。
これから乗る夜行列車には、蒸気機関車、一等車、二等車、三等車と、ゴミを運ぶための貨車が連結されている。
一等車は現実世界の列車でいうところのグランクラスやプレミアムグリーン車、二等車はグリーン車、三等車は普通車。
日本の鉄道の場合、お金を積むほど高い等級の車両に乗れるが、この世界の鉄道は乗客の気品を鉄道職員が見極め、それに見合った車両に割り振るそうだ。
窓口に並んで、夏目漱石みたいな髭オヤジ係員から乗車車両を言い渡される。
私とキャロルは二等車、羽心音ちゃんは三等車に割り振られ、なんと明日香ちゃんは……。
「貨車だ」
「カシャッ? シャッター音?」
「貨物車両だ」
「貨物、車両……?」
「そうだ、貨物車両だ。安心しろ、石油を積むタンク車じゃない。コンテナの中に閉じ込めたりもしない。オープンカータイプの無蓋車だ」
「オープンカー? この寒い中、雪国に向かう列車で、オープンカー?」
「そうだ。この寒い中、雪国に向かう列車でオープンカーだ」
「おいふざけんなてめぇマジこの野郎ケツの穴かっぽじるぞこの&#≧¥∞∀*ξ!!」
ということで、私たちは列車が停車している13番線ホームへ向かった。日本とは異なりホームが低く、ステップを上がって列車に乗る方式だ。背後の男子トイレからはすっかり満たされたご様子のゲイカップルが出てきた。
列車は蒸気機関車を先頭に、無蓋貨車、コンテナ貨車(コンテナの中から「出せやクソ野郎!」など日本語を含む多言語の叫びが聞こえてくる)が1両ずつ、三等車3両、二等車2両、一等車が1両の計9両編成。
客車は車体がステンレス製、現実世界の新型車両と似たボルスタレスのボギー台車(輪軸が四つあり、カーブをスムーズに通過できる足回り)。揺れを抑える装置として、一等車はフルアクティブサスペンション、二等車にはセミアクティブサスペンション、三等車にはヨーダンパーが搭載されている。
「うわ、マジでこれ乗るの?」
明日香ちゃんが乗る貨車は、旧式の二軸車(輪軸が二つしかなく、カーブでは大きく振られ、高速走行には不向き)で、車体はベニヤ板を組み合わせたもの。壁はあるが屋根はない。ベニヤ板は黒と黄色が交互に塗られた虎模様で、その名も『コトラ号』。
面積が四畳分ほどのコトラ号には既に十数人の乗客がおり、大きなスピーカーでドゥックンドゥックンとヒップホップを流し、リズムに乗って踊り狂っている。とても賑やかで楽しい旅ができそうだが、私は絶対乗りたくない。
『まもなく13番線から、ハクツル号、コトラ号、ブルーフォレスト行きが発車します』
列車を観察しているうちに発車メロディーが流れ始めた。名曲『津軽海峡・冬景色』だ。メロディーだけとはいえ、中世情緒たっぷりの異世界で石川さゆりを聴くとは、なんとも風流。
せっかく名曲が流れているのにヒップホップがドゥックンドゥックン男子トイレからは喘ぎ声。ノイズまみれで腹立たしい。
何はともあれ、優雅な列車旅の始まりだ。




