また、救えなかった
アケミさんの後を付けると、辿り着いた先は猿の島だった。アケミさんの開発を止める手立てがなく、この島に暮らす猿を守れなかったので上陸するのはバツが悪かったが仕方ない。とりあえず砂浜に着いた。
「ところでみんな、どうしてここに?」
私は空飛ぶ絨緞に乗って一人でこの島に渡ったのだが、後から明日香ちゃんとキャロル、羽心音ちゃんが付いてきた。
「そりゃ気になるよ、地震が起きたと思ったらアケミさんが一目散に飛び出して行ったんだもん。何か事情があるに決まってる」
明日香ちゃんにしてはお利口な回答だ。
「でも、見た感じだと特に異変はないみたいね」
島を見回したキャロルが言った。
確かに、数百メートル先にあるサルの住み処を奪って建設中のリゾートホテルは中層階まで外壁工事が成され、建物を覆うように張り巡らされたガラスが陽光に反射してきらめいている。
「あらあら、みんなどうしたの?」
背後から聞こえた声に、背筋が凍った。振り返るとやはり、アケミさんがいた。ジャングルビーチにエプロン姿のおばさんが立っている光景はシュールだ。
「建設中のリゾートホテルが心配で見に来ちゃいました!」
羽心音ちゃんが正直に言った。
「あらあらそうだったの、ありがとうねぇ。このホテルが崩れちゃったら大損害だけど、いま見てきたら無事だったから良かったわ」
日本の建築基準法に適合する程度の耐震強度があるかは知らないけれど、さすがにちょっとの揺れでは崩壊しなかったか。
と、思った矢先だった。
トビより大きな鳥の群れがギャーギャー言って飛び立つと、足元にバイブレーションのような小刻みな震動が発生。地面が少しずつ沈んで行くような感覚に見舞われた。
これはまずい。私は津波の経験から反射的に海のほうを向いたが、潮が引いている様子はない。だが津波が発生しないとは限らない。
「絨緞に乗りましょう」
各々自前の絨緞に乗り、私たちは空へ舞い上がった。内陸に逃げるよりこのほうがきっと安全だ。
「なんだかよくわかんないけど、津波が起きる感じじゃないね」
明日香ちゃんが言った。
「そうね、震源地は陸地みたい」
とキャロル。
こんな感じで安堵していたのも束の間。
「いやああん!」
昭和時代のイヤーン、もう、早いんだからぁ、みたいな感じでアケミさんが悲鳴を上げた。
彼女が向いているほうを見ると、建設中のホテルが内陸側に傾き、きらきらさらさらふわっと土埃やガラスの粒子が舞い上がっている。
不謹慎ながら、その倒壊過程を私は幻想的だと思った。
強引な土地開発の末、ホテルになれなかったホテルがきらめきながら、その生涯を閉じてゆく。いや、まだ生を受けていないかも知れない。
アケミさんも、コンクリートの建物を崩す強大な力に成す術がない。
が、被害はこれだけに留まらなかった。
「うえっ!? やばい! 島も沈んできてる!」
明日香ちゃんが左の内陸方面を指差して言った。
ホテルに気を取られていた私たちだが、ジャングルの木々が内陸に向かって傾き、地に引っ張られている。この島の中央部といえば、ショットブラスト装置で法ではどうにもならない人間を無に帰す施設があるところだが、震央はその近辺とみて間違いない。
その間、翼のある生物は次々と飛び立って行ったが、そうでない生物は逃げようもなく、悲鳴らしき声が私の耳に、心に伝ってきた。
あぁ、私たちに島の救済を依頼してきたサルの長老、助からないな。殺し屋のあのお兄さんは、いまどこにいるだろう?
「沙雪、逃げるよ!」
「ほへ」
明日香ちゃんが私を急かした。
上空百メートル。それを優に超えて舞い上がる土埃。視界が悪く、島の姿はもはや見えない。
ああ、これはいけないやつだ。郷が奪われた瞬間に、また立ち会ってしまった。
どうしようもなかったけれど、私はまた土地を、誰かの思い入れのある掛け替えのない場所を、救えなかった。