非常時には本性が出る
沙雪、明日香たちがVR世界にいざなわれてから3年半が過ぎた。この間、プレイヤーはどんどん入れ替わり、現実世界へ帰還する者もいれば、不慮の事故で命を落とす者もいた。現実世界で生きていると治安の悪化や疫病の蔓延をもたらす危険性が高いとして、最初から殺処分を前提に連れられた者も3年前と変わらずいる。
ロケットランチャーおばさんことアケミは変わらず武器弾薬の仕入れや、殺処分の業務を担っている。
「あぁ、私らいつになったら帰れるんだろう。帰ったところで居場所もないような気がしなくもないけど、この世界が吹っ飛んだら一巻の終わりだし」
「さぁ。ビジネスも軌道に乗っているし、帰ったらパリピ陽キャがごった返す俗悪まみれの日々が待っているだけ。ならばいっそのこと、この世界で死に果てたほうが幸せかなって、私は最近思うようになった」
元々この世界の住人であるキャロルの前でこの話題は避けたいため、沙雪、明日香は家から少し離れた小高い丘の上に来ている。大きな枝垂れ桜の花吹雪が、眼下の菜の花畑にふわりひゅるり舞う。
「あぁ、私みたいな人生負け組のことね。私みたいなパリピ陽キャはいつの間にか陰キャに逆転されて、親会社の陰キャが子会社の陽キャをクソ安い給料でこき使う社会の構図が、この世界に来てよくわかったよ」
「陰キャだからって、大成するとは限らないけど?」
「でもさ、頭脳のつくりが違うんだよ。陽キャにも頭いい人はいるけど、陰キャのほうが努力して報われるレベルの頭脳を持ってる人が多い。陽陰問わないけど、世の中の大概の人はあきらめたり逃げるタイミングを間違えちゃうから、負のスパイラルに陥りやすいだけ」
「根性も必要だね。頑張り過ぎても頑張らな過ぎても痛い目を見る。バランスを見極めるのも、人生にはとても大事。未成年のうちから社会体験ができて、そういうことを学べるこのゲームは、ある意味神ゲーなのかも」
「なるほどねー、確かにここでいろいろと学んでおけば、現実世界に帰ってからの暮らしに有利かも」
「そうだね、私はまだ帰りたくないけど」
「私もいま帰ったところで何もできないな。いま受験シーズン真っ只中だし、一応ここでオンライン授業を受けてるとはいえ、高校合格しそうにない」
「ほへぇ」
「ええそうですよ、私みたいなおバカさんは路頭に迷う運命ですよ」
「明日香ちゃんが路頭に迷うのは勝手として」
「ひどっ!」
「現実世界はどんどん悪い方向に進んでるみたいだし、しばらくしたら現在の何万倍もの要殺処分者をこの世界で処分する予定だって、アケミさんが言ってた」
「うえっ、あっちで何が起きてんのさ」
「さぁ。世界恐慌とか?」
この世界にいる間、沙雪や明日香のような一般プレイヤーには現実世界の出来事を知らされない。アケミは特殊任務を請け負っているため、何が起きているかはゲーム会社から逐一報告される。聞いた情報に基づき、処刑装置の増備や武器弾薬の増産などを行う。残念ながら需要は伸びる一方で、いまのところ撤去や減産をされる見込みはない。
「あるかもね。地震とか大災害があると必ずそれに乗じた詐欺とか泥棒とか出てくるし、うちらがここに来て3年の間には、どっかしらでそういうことが起きてるだろうし、関東大震災くらいのレベルだったら本性を現わすヤツはいっぱい出てくる」
「非常時には人間の本性が出るからね。例えば嵐が迫っているとき、なんの対策もしないでのほほんとしている人もいれば、ちょっととか、そこそことか、しっかり対策する人もいる。それと、防災用品や日用品を必要以上に購入して市場を混乱させる人とか」
「あぁ、いたいた。大震災があったときは食糧難になったからね。いまでもよく覚えてるよ。きょうもお前のメシはない。海に打ち上がったイカ拾いに行くぞって。あ、うちはいつも食糧難だった。てへっ」
陽気にてへっ、した明日香ちゃんだけど、現代日本で常時食糧難とは、とても大変な家庭だ。いつか報われるために、この世界で修業を積むと良さそう。
一方、私も修行が必要だ。この世界でのミッションを果たさなければならないのと、和や市が営んでいる通販会社『もふもふライフカンパニー』には、競合他社もある。それらをもふもふっと包み込んで窒息させ、息の根を止めなければならない。数ある通販事業者の中でも強敵は『ブレイブマンカンパニー』。彼奴は通販のみでなく、ありとあらゆる分野でこの世界を支配し、すべての者、ゲーム会社の人間さえも隷属させようとしている。
そういうのを見ると、私の心の中のロケットランチャーがウズウズして、いますぐにでも巨大砲をぶっ放し、殲滅させたくなる。
ただ、それは到底、一人では成し得ない。ライバルとはいえ、ブレイブマンがなくなればこの世界の流通は滞り、プレイヤーの生活に支障をきたす。
だから、ブレイブマンという組織は残し、経営者を私にとって都合の良い人間に置き換え、とてもとても平和で暮らしやすく、思いやりあふれるやさしい世界にしたい。
「ふふふふふ……」
「え、どうしたの沙雪、急に笑い出して」
「ううん、なんでもないよ」
「ふぅん。ま、何を企んでるのかわからないのが沙雪だからね」
大したことは企んでいない。シンプルに住みやすい世界とは何かを真摯に追求し、苦労した人が報われる、あるべき世界を創る。それだけのこと。そこに湧いてきた邪魔者は、メッタメタのギッタギタのぐっちゃくちゃに叩き潰す。それだけのことだよ。ふふふふふ……。




