やはり私が利権を握るしかないようだ
私たちはサルの家に連れられた。大木の中腹あたりの枝分かれした部分にベニヤ板を床として置き、その上に陽に当たって色褪せた井草の絨毯が敷いてある。その周りに太めの枝を組み合わせて壁とし、屋根はバナナの葉を米のような粘着質の白い物体で接着した、原始的な住居だ。水回りも電気もない。
鍵どころか扉もない。なんて不用心なのだろう。いまどき青森の家でさえ全ての扉や窓に警報装置が付いているというのに。
座布団もテーブルもない、もはやただの巣穴としか呼べない薄暗い空間には、ピーピー鳴く小鳥やギャーギャー煩い何かの声が上空から降り注いでいる。つまりジャングルだ。
サルは私たちに茶も出さず、話を始めた。
「つい先日のことだった。浜辺にエンジン付きや手漕ぎのボートがぞろぞろ押し寄せ、浮ついた雰囲気の奴らやいかにもクスリをキメていそうな人間どもが押し寄せてきた。ほとんどが若年層で、いくらか中年もいた。男女比は男が9割以上、貴様らのように女も稀にはいるが、だいたい頭が悪そうなのかイカレてるかのどちらかだ」
「実際に頭が悪くてイカレてるのはいた?」
キャロルが問うた。
「目の前におる」
サルは明日香ちゃんを真っ直ぐに見て言った。
「ん? なになに?」
どうやらこのサルの話は信憑性がありそうだ。ちゃんと人を見る目がある。
しかし明日香ちゃんはなぜ自分が視線を向けられたか、理解していない様子。知らぬは罪だが、知らなくても良いことはある。
「よっしゃー! いざしゅっぱーつ!」
さっそくクエストに出かけようとサルの家を出て、湿り気を帯びつつもガサガサした感触の地に降り立ったとき、羽心音ちゃんが拳を天高く振り上げた。真冬の寒い日に肩を露出した服とは。青森県民の私には自殺行為にしか見えない。
「あれ? 羽心音ちゃん、いたの?」
きょとんと明日香ちゃんが言った。
「いたよ! ずっといたよ! なんだかしんないけどバンバンぶっ倒して金儲けしてテレクラのバイト辞めたいよ!」
「そういえばさ、テレクラって何?」
明日香ちゃんが問うた。私もよく知らないし、キャロルも唇に人差し指を当て、首を傾げている。
「まぁ、生きてりゃそのうちわかるよ……」
羽心音ちゃんはバツが悪そうに答えた。
テレクラとは、一体なんなのか……。
淡い疑問を抱きながら、小さな島のジャングルを進む。
しかしいまはそれより、臨戦態勢を整えなければならない。
前回の戦闘は虫が相手で、ある程度焼殺しても罪には問われなかった。ロケットランチャーを使用して逮捕、拘留されたものの死刑は免れた。
しかし今回の相手は現実世界から転送された生身の人間だ。
正当な理由なく殺戮に及んだ場合は極刑を課せられる恐れが極めて高い。
暗殺を容認してもらえるように保釈金用の貯金をしているところだけれど、どれだけ積めば許してもらえるだろうか。
そう考えると、いくらお金があっても足りないという結論が自ずと導き出される。
なぜなら私はこれから、何人もの人間と対峙する可能性が高いからだ。
例外的に殺人が許されるのは、戦争が発生した場合と、大きな利権を握る者の2通り。
現在、サル対人間の戦争が勃発している。しかし私たちが人間側からサル側に寝返ったからといって、ゲームのルール上殺人は許されていない。
こうなると、やはり私が利権を握るしかないようだ。
しかしここは所詮ゲームの世界。行動のすべては運営という神に監視されている。
ならばどうするか。
答えは簡単。
運営側の、とりわけ開発責任者やCEOの思想を把握して、可能ならば結託する。
まずはそこから試してみよう。
お読みいただき誠にありがとうございます。
更新遅くなり大変恐縮です。
現実世界ではスクールカースト下位だった沙雪の存在意義はなんなのか……!