裏がありそうな理想論
「さっ、流石だあ! 師匠! 師匠と呼ばせてください沙雪さん!!」
「ふふ、私なんて師になれるほどの大した存在ではございませんっ」
うあー、沙雪、この無邪気なジュニアハイスクールスチューデントになに吹き込んだ?
街で私に絡んできた希望に満ちた少年。名前はまだ聞いてない。その暑苦しさは私にはとても手に負えないから、連れ帰ってなんか言いくるめられそうな沙雪にパスしたんだけど、どうも何かモチベーションを上げるようなことを吹き込まれたっぽい。
「いえ! そんなことはありません! 師匠のおかげで社会の仕組みが、どうして人々が絶望に明け暮れているのか、わかった気がします! より良い社会を創るには富の分配、正当な報酬! 払うべき対価は払い、収受すべき報酬は収受する! こうして本来の輝きを取り戻した社会は次なるきらめきのステージへと飛躍する! さっそく皆にその重要性と必要性を伝えてまいります! それでは失礼いたします!」
「より良い未来のために、よろしくお願いいたしますっ」
少年は沙雪から渡されたビラを持って急降下するジェットコースターみたいにビシッと最敬礼し、私たちの借家をより一層希望に満ちた笑顔を浮かべて揚々と立ち去った。
パーティーの4人だけになった借家は静けさを取り戻し、キャロルは呆れ顔、羽心音は最年長だけど私と同じでなにがなんだかわかってない感じ。沙雪はいつものようにふぅ、と小さく息をついた。
「ねぇ、あのー、沙雪さん? 今度は一体なにをお企みで?」
「ん? このRPG世界をみんなが幸せに暮らせる、平和で争いごとのない、素敵な社会にするための私なりの考えを、彼に伝えてみたの。これが叶えばきっと私たちは、ゲームのサービス終了前に現実世界に帰還できる」
「ふぅ~ん」
なんだかこの感じ、ブラック企業の経営者と似たようなニオイがするんだけど、気のせいかな? 理想論を並べ立てて、裏では労働者を食い潰して、みたいな。当の私が悪質な清掃業者に食い潰されてるんだけどさ。とりあえず沙雪のことだから、なにか裏がありそう。
お読みいただき誠にありがとうございます!
更新遅くなり申し訳ございません。
作者的に沙雪絡みのお話が描いていて楽しい……!




