表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いざなわれた少女たち  作者: おじぃ
戦闘訓練
27/84

戦闘訓練

 あぁ、こりゃ無理だ。


 深夜、沙雪とキャロルも寝静まり、僅かな寝息だけが響くオレンジの豆電球が照らす部屋。『川』の字の真ん中に転がる私は学習アプリを立ち上げたけど、開始早々匙を投げた。だってやっぱり難しいもん。主要教科に得意科目はないけど、特に苦手な算数に手を出しちゃったのが間違いだったのかもしれない。しかもこの世界の計算問題は和差積商(イコールの右側)が予め記されてて、代わりに式が空欄になってる当て嵌め方式だから余計に混乱した。


 それにしても二人とも、私を避けるように布団の隅っこでそっぽ向いて寝てなくてもいいじゃん。そんなに抱擁ほうようされたくないの?


 私ね、この世界に来て実感したよ。学校では割と目立つ存在で、仮初めでも友だちはいたけど、たったそれだけで他に能力がなければ、いざ社会に出たときの限界値がすごく低いってことに。


 昨晩は怯えてた沙雪はロケットランチャーを手にした途端、何か吹っ切れた感じで強気になった。いまはまだ虚構の強さでしかないかもだけど、自信というのは怖いもので、自分を信じると同時に努力し、軸を強化して、その方向性が正しかったとき、本当の強さ、武器に変わる。あんまり取り柄のない私でも、公園で友だちとキャッチボールをしながらコントロールを磨いたり、体育の授業を通じて、そういうことは少しだけでも理解したつもり。


 それで、私はこの世界で強くなるにはどうしたらいい? このままじゃただの足手まといだ。


「なんだ明日香、眠れないのか」


「アキアカネ、起きてたんだ」


「あぁ。俺たち昆虫は感情に敏感だからな。情緒不安定なヤツがいると本能的に反応する。でないと敵に狙われたときに素早く逃げられないからな」


 野生生物は、敵の満腹時と空腹時の異なる心理状態を察知しながら日々を生き延びているという。この第六感シックスセンスが鈍ったり、油断をすると餌食になるリスクが高まるのだ。逆に、食する側の生物はいかに気配や空腹オーラを消せるかが勝負だと、弱い虫でありながら肉食生物でもあるアキアカネは説明する。


「そっか。自然界は厳しいね」


「いまはお前もそんな世界の一員だ。そこでだ、この世界に不慣れな明日香と沙雪のために体育の授業の一環として戦闘訓練をしてやる」



 ◇◇◇



 翌朝の食後、3人と2頭が訪れたのは街外れ中心部にある戦闘訓練場。周囲を木々に囲まれ、ゴルフ場のように雄大な芝生のフィールドになっている。第一戦は明日香と雄のアキアカネ。明日香は通販で購入した安い短剣を『訓練モード』に設定して構え、アキアカネは手ぶら。秋のひんやりした風がさやかに吹き抜ける中、数メートルの距離を取って向き合う両者。アキアカネは2メートルほどの高さでホバリングしているため、明日香を見下ろすかたちになっている。


『訓練モード』とは、実際の武器をシミュレーターとして使用し、殺傷能力を皆無にしたモードであるが、攻撃による痛みは負傷者にそのまま再現されるため、リアルに近い戦闘感覚を体感できる。痛みはあくまでも錯覚なので、命の危機には瀕さない。


「それじゃ始めるわよ。よーい始め!」


 審判を担当する雌のアキアカネの掛け声で、緊張感のない戦闘が始まる。沙雪とキャロルは数十メートルの距離を取り、ハチの巣騒動でヘマした両者は果たしてまともな戦闘ができるのか憂慮しつつ、空飛ぶ絨毯をレジャーシート代わりにカモミールティーでティータイム。ほっとしながらぼんやりと戦況を見守る。


「あの二頭、ちゃんと決着つけられるのかしら? 両者エネルギー切れで共倒れにならなきゃいいけど」


「ふふ、あの二頭ならきっと大丈夫。もしぐだぐだ長引くようなら通販で買った超小型ミサイルを試し撃ちして強制終了させるから」


 本当は愛用している高価な銃を購入したかった沙雪だが、通販ではアフターサービスがなく、故障した際に困るため5百ミリリットルペットボトルほどのサイズで安価な超小型ミサイルを選択した。


「沙雪、くれぐれも『訓練モード』で、ね?」



 ◇◇◇



 訓練試合は始まったものの、両者その場から微動だにしない。


「どうした。せっかくハンデとして攻撃してくるのを待っているのに」


「だってさー、喋るしボディーはおっきいけどアキアカネって昆虫じゃん? 害虫でもないのに攻撃するのは人間としてどうかなと」


「そうか。俺以外の益虫にはその心意気を大事にするが良い。明日香から先に仕掛ける気がないのなら、まずは俺からだ」


 ヘイヘイカモン! と明日香は右手をクイクイッと手前に仰ぎアキアカネを挑発した直後――。


「あれ? なんか目眩めまいがしてきた」


 相変わらずホバリングしたままのアキアカネだが、明日香は波動の異変に神経を掻き乱され、泥酔者のようにふらふら揺らぎ始めた。沙雪とキャロルは観戦しつつもそれに構わずのほほんとティータイムを続けている。


「なになに? アキアカネ何かした?」


 オバケのように両手を垂れ下げ、ゾンビのように白目を剥きながら掠れ声で問う明日香。


「あぁ、これは必殺技のサイコキネシスだ。今回はかなり弱めに発動しているから心配無用だ」


 サイコキネシスは超能力の一種で、能力者から発せられる特殊な力で物を動かしたり破壊できる一方、自らが何らかの傷を負うリスクを伴う危険な技である。


「あぁ、サイコキネシスね。なんでハチの巣に落ちたときに使わなかったの?」


「何を言う。それを受けてきのうお前らが出掛けている間に森で修業したんだ。若い頃に習おうとも思ったが受講料が十万ペイもして、全財産をぎ込んでも足りず、ギャンブルで儲けた今、ようやく会得できた」


 雄のアキアカネによると、各地には特殊な技を会得するためのジムがあり、現在使用している訓練場もその運営会社の持ち物だという。有料施設だが、今回はアキアカネ夫妻の粋な計らいにより人間3人は負担ゼロで使用できている。


「ふむふむ、ご説明サンクスでございます。それではわたしゃ気持ち悪いのでこの場で寝かせていただきますぐふぇぎゅほぎゅふゃっ……」


 力を振り絞って告げた明日香は泡を噴き、その場に倒れ気絶した。


 明日香を寝かせたまま、続いて沙雪対キャロルの試合が始まる。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 先日、第18話にとともろさんによるキャロルのイラストを添付いたしましたので是非ご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ