命を奪うための道具
3人は叫び声が聞こえたほうへ振り向くと、そこには軽くウェーブのかかったロングヘアの20代みられる女性が立っていた。白い七分袖のカットソーワンピースが清楚な色気を醸し出している。
「き、綺麗なお姉さん……」
これまでなかった刺激に、明日香は思わず息を呑む。
女性は小走りで3人のもとへ寄った。
「もしかして、このお店のお姉さんですか!?」
ふへぇ、ふへぇ、ハァ、ハァと明日香は興奮気味に問うた。
「ちっ、違いますっ! いいですか!? このお店は小さな女の子は入っちゃいけないんです! 法律でそう決まってるんです!」
「では、どのような方に向けた施設なのでしょうか」
このような方面では無垢な沙雪が、まっすぐな眼差しで問うと、少し紅潮していた女性の頬がりんごのように真っ赤になった。
「え、えーと、お、大人の、男の人、かな? この『18』って数字が入ったマークのあるお店は、18歳以上にならないと入っちゃいけないんですよ?」
「ふぅん、それってもしかして、キャバクラってヤツ? キャバクラはオジサンが女の人とお酒を飲みながらワイワイやるお店だって、どこかで聞いたわ。つまりここは水着姿の女の人と一緒に入浴しながらお酒を呑むお店なのね」
金髪の子ナイスだわ!!
「あぁ、そう! そうなの! そんな感じかな!?」
この人、何か誤魔化していると3人は直感したが、可哀想なので敢えて黙っていた。
大浴場を所望する明日香に応え、女性は自分が予約している旅館での宿泊を勧めた。
◇◇◇
「大浴場いぇい!」
入った瞬間、もわ~と湯気に包まれた。沙雪とキャロルはハイテンションな明日香を警戒しつつおもむろにシャワーを浴び、からだを洗い始めた。3人は通りすがりの女性に勧められた旅館に朝食付きプランでの宿泊を決めた。夕食はビギンズタウン出発時にアケミからもらったパンプキンパイだ。
「どうした二人とも~。こんなに広いお風呂、滅多に入れないよ?」
「そうね。沙雪と二人ならリラックスして入れるかしら」
「ななんとぉ!? だいじょぶだいじょぶ何もしないよ!」
ブヒヒヒヒ。ここは抱きついて逃げられるより、さりげなく目を遣って眼福に浸ったほうが賢明だもんね。私冴えてるぅ!
「ふぅ」
屋内の洗い場から露天風呂へ。沙雪は思わず息を漏らし、まばらな星空を見上げた。
「明日はシックルウェアに武器を買いに行くのよね。でも道中、今日みたいに不意に敵と遭遇するかもだから、通販サイトで手頃なものを買っておいたほうがいいわ」
通販で買えるの!? と明日香は利便性とともに恐怖を感じた。そうよと、キャロルは頷き、更衣室のロッカーの鍵として左腕に巻いた愛用のウォッチで通販サイトを開いた。明日香と沙雪も同様に、マイウォッチでサイトを開く。
「どうした沙雪? 目がきらきらしてるけど」
「癇癪玉が1個5ペイだって」
「あぁ、ちっちゃいころよく投げて遊んだわ。懐かしいなぁ」
沙雪のきらめきに唖然としつつ、棒読み口調で力なく郷愁に浸る明日香。
「ちょっと明日香! アンタもそんな危ないことやってるの!?」
「いまはやってないよ! え~と、この剣が十万ペイ、こっちの剣は5千ペイ、この銃は3万ペイでこっちが1万5千ペイ。ロケットランチャーが2億9千8百万ペイ。へ、へぇ、あはは、ピンキリなんだね……」
「そうね。でも安い剣は脆いから寿命が短い。でも銃は安いヤツのほうがメンテナンスが簡単だから、初心者にはおすすめよ」
「安い銃と高い銃はどう違うの?」
沙雪が問うた。
「安い銃は新しい設計思想で、軽くて持ちやすいものが多いわ。故障しやすいのが弱点だけど、それを補うために内部機構を二重化したタイプもあるの。メンテナンスは壊れた部品を新品に交換するだけよ。ただコンピューター制御だから、部品のほか、定期的にOSとバッテリーを交換する必要があるの。それらが寿命を迎える頃には減価償却も終えているから、本体ごと廃棄しても損はないわ」
「げげ、原価、焼却?」
「明日香、アンタの脳みそは何でできてるの? 減価償却っていうのは、ざっくり言えば買ったアイテムを使ってお金を稼いだり、その分の働きをしてもらって値段の元を取るってことよ」
出たよ脳みそ何でできてるのシリーズ。ボビーとドミニクに続いて3人目。どうせバカですよーだ。キャロルも沙雪もエリートだよね。たぶん普通の小学生の知能レベルじゃない。
「あっ、はい。そういやOLやってる親戚のお姉ちゃんもそんなこと言ってたかな……」
ゲームの世界を冒険するアニメのヒーローたちは、派手な技とか使ってハーレムでウハウハなところしか私たち観客には見せないけど、舞台裏でアイテムの寿命とかお金とかハーレムをつくる方法とか、色々計算しながら戦いに挑んでるんだね。大変だわ。
「あの、高い銃は……」
高い銃は重たいけど頑丈で故障しにくい。けど古い設計思想だしあまり売れないから部品の交換は高くつく。だから何か不具合があったら自分で直すのが普通だけど、とても面倒だし高い技術力を必要とするわ」
「ほへ~。でもなんかオモチャみたいなデザインの多いね」
オモチャみたいで中二臭いのはゲームの世界だからでは? と沙雪は思ったが、この世界の住人と思しきキャロルの前では言いにくいため黙っていた。
「実際にお店に行けば色々あるのよ。オモチャみたいなのも、日本刀も、軍隊向けのも。でもね、どんなデザインだろうとそれは、‘命を奪うための道具’よ。それだけは忘れないで。絶対」
「うん、わかってる。だから私は、できたら戦いたくない」
「でも戦わなくちゃ、今日みたいな目に遭いやすくなるわよ」
「そうなんだけどさ、私は簡単に武力行使に踏み切りたくないんだ。キャロルは平気なの?」
「平気? そんなわけないでしょ。過去に何度か戦闘経験はあるけど、その度にトラウマが増えるの。いずれも街を守るための戦闘だったけど、大義名分があるからって決して快いものじゃないし、勝利して住民から勇者として讃えられて祀り上げられる度に嫌気が差すわ。勇者は誰かが戦闘を始めた瞬間に消滅するのよ」
「平和を維持するために努力する人がホンモノの勇者っていうことかな?」
「ちょっと沙雪! オイシイとこ持ってかないで! そうよ、それでも戦闘が始まって、大切な何かを失いそうなとき、それでも戦わなかったら平和主義者も勇者じゃなくなると思うわ。結局、戦わざるを得ない状況に陥ってしまうの。だから私が平気で戦ってるなんて、勘違いしないで」
「そっか、ごめん」
この世界では戦闘が当たり前に繰り広げられてるんだろうけど、それでもキャロルは平気で戦ってるわけじゃないんだね。仲間になったばかりとはいえ、私、キャロルを奥底まで信じてなかった。その証拠を突き付けられた。きっと、傷付けちゃったよね。
3人は暫し沈黙していると、カラカラカラとガラス戸が開き、他の客の影が現れた。
「あ、さっきの綺麗なお姉さん」




