せっけんの国 あわあわらんど♪
任意同行を求められなかった明日香、キャロルは沙雪を迎えに警察署を訪れた。入口の窓口で中年の婦警に沙雪について訊ねたところ、まだ取調中とのことだった。
「沙雪、私を助けるために戦ったのに」
それに私もキャロルも参考人として同行を求められてもおかしくないのに、沙雪だけってどういうことだろう?
明日香は俯き、沙雪を心配すると同時に疑念を抱いていた。
「理由はどうあれ、実行したのは沙雪だからね。現場から逃げちゃったからどのくらいの被害が出たかは知らないけど、目的が自己防衛と害虫駆除だから、近くに誰かがいて、尚且つ人的被害が発生していなければ問題ないはずよ」
ネックはそこだよねと二人が死傷者の有無を案じていると、刑事に付き添われた沙雪が無表情に近いながらもどこか勝ち誇った雰囲気を醸し出しながら署の奥の暗闇から現れた。
「あばよ嬢ちゃん。犯罪には手を染めるなよ」
「はい。カツ丼美味しかったです。お世話になりました」
状況を呑み込めない明日香とキャロルだが、逮捕は免れたと理解。沙雪に続いて会釈し警察署を出た。しかしなぜだろう。明日香は沙雪からつい先ほどまで白黒ストライプの囚人服を着ていた者のオーラを感じていた。
「賞金もらった。3万ペイ」
警察署を背に沙雪がボソリと言った。
「うぇ!? なんで!?」
事情聴取に15分、カツ丼を食べ切るまで1時間、表彰室へ移動し警察署長による賞金授与に3分。日照時間の短い秋、空はベージュに染まり、徐々にオレンジへ移ろいゆこうとしていた。乾いた風が頬を擦り、むず痒い。しかしなんという開放感だろう。湿気たモノクロームの空間に閉じ込められた私は、彩りある世界に改めて動していた。
「人的被害を発生させずに害虫駆除をすると賞金がもらえるみたい。でも人に掠り傷ひとつでも負わせたら刑罰が科せられるから注意するようにって」
そっか。良かったと、明日香は胸を撫で下ろす。
一件落着したところで、3人は腕時計型端末を使ってアキアカネ夫妻を警察署の前へ呼び、今宵の宿探しを始めた。
「なんか不気味ね、この辺」
繁華街から一つ裏手の通りをきょろきょろと進む一行。無機質なアスファルトの道に、スナックやバーの入る薄汚れた雑居ビルが延々と立ち並び、人通りはまばら。通行人の多くは若い男で、拳を握り、肘を突き出して幅を取りながらガニ股で歩いている。宿泊施設が集中するエリアへの最短ルートとしてナビアプリに案内されてこの道を通行しているが、一行は肌に合わぬ環境に早く宿を決めたいと脚を速めていた。
「おやっ、『綺麗なお姉さんといっしょにお風呂に入ろう!』だって!」
明日香はある店舗に掲げられたピンクの看板に目を奪われ、思わず歩を止めた。
「明日香の趣味はともかく、この店、お風呂屋さんでしょ? 泊まれるわけじゃないわよね」
明日香ちゃんが入ろうとしているお店の名は『せっけんの国 あわあわらんど♪』。恐らくお姉さんがからだを洗ってくれる浴場だろう。浴場を前に欲情する明日香ちゃんの鼻息はフンフンと荒く、キャロルちゃんの空飛ぶ絨毯を使えば闘牛ごっこができそうだ。看板の右下には両手を広げ、手と手の間に『18』と記されたモノクロのマークがあるが、どういう意味だろうか。
「まぁまぁまぁ、お宿にはちゃんと行きますよキャロルさん。なになに、入浴料は50分で1千5百ペイ、90分で2千5百ペイ。お風呂屋さんにしては高いなぁ。お姉さん付きのサービス料かな? ちょっと中を覗いてみよう」
言って、小料理屋のような薄いアルミサッシの横開き扉に明日香が手を掛けようとしたとき。
「すぉっ、そこはだめええええええ!!」
背後から女性の叫び声。3人は反射的に振り返った。
お読みいただき誠にありがとうございます!
今回のお話は前回のお話と同じ回で投稿予定でしたが、文字数の都合上、分割投稿とし、代わりに2日連続投稿とさせていただきました。次回の更新は5月10日(日)以降を予定しております。