◇魔法少女キャロライン
凍てつくほどの風が吹くと同時に巣の上部は氷結され、砲弾は爆発しなかった。
「ほら、乗って。いつ爆発するかわからないから逃げるわよ!」
ツインテールの少女とアキアカネ夫妻を乗せた赤い絨毯は壁面を下降途中の明日香と沙雪のそばへ寄りふたりが跳び乗ると一気に加速。目を開けていられぬほどの風圧を受け間もなく、白黒茶色ガラス張りなど様々な色かたちのビルが建ち並ぶラチエンコーストの中心街へ降り立った。石畳が敷き詰められた街並みは明日香に故郷の商店街を彷彿させた。
数分後、乗り物酔いからの回復を見計らった雄のアキアカネが明日香と沙雪に少女についての説明を始めた。
3日前、アキアカネがパチンコで大勝し、電子化すれば良いものを愚かにも多額の紙幣を抱えてビギンズタウンの中心街をゆっくり飛翔していたところ、同じ店で大敗した大型の蜻蛉、オニヤンマに追い回されたという。オニヤンマの体長はアキアカネの2倍以上。力でも飛行速度でも到底敵わぬ相手だ。
「誰かー!! 大金払うから助けてくれー!!」
文字通り必死に叫びながら逃げ回っていたところに現れたのがこの少女、キャロラインだそうだ。キャロラインは掌からほんわかした光線を発し、オニヤンマを一時的に眠らせたという。
蜂の巣の上で沙雪の火炎放射を間一髪逃れたアキアカネは戦場を離れ、妻とともにビギンズタウンへ飛行し、キャロラインを呼んで戻ったのだ。
「つまりキャロラインさんは、魔法少女なのですか?」
「そうね。魔法で人助けをしながら旅をしているの。お代としてお金や食糧を貰ってるけど、なかなか仕事がなくて、このアキアカネが大金払うからと叫びながら逃げ回ってるのを見て、これはまたとないチャンスだと思ったわ。でも大金を受け取って散財したら、きのうのハロウィーンの夜には餓死寸前になってしまったの」
「なんだと!? 10万も払ったのに何に使ったんだ!」
「あの日の夜はハンバーグにフォアグラをトッピングして、翌朝は軽めにフカヒレスープ。ランチはトリュフのピッツァ、XLサイズのポップコーンと高級アイスのミニカップとブルーマウンテンをおともにスペシャルシートでの映画鑑賞を挟んでおやつにスコーンとダージリンティー。そんで衣類をどっさり買ったら残高が10ペイを切ってしまったの。けど幸運にも翌日はハロウィーン。物乞いでどうにか生き延びたわ。食べ過ぎで吐き気を催した翌日に空腹で吐き気を催すも胃液しか出そうにないという両極端を味わったとても有意義な2日間だったわ」
キャロラインはエッヘンと絶壁の胸を自慢げに張った。
この子、きっと普段は物凄く厳しい生活をしていて、急に大金が入ったものだから嬉しくてつい浪費しちゃったんだろうな。私も火炎放射器を買って懐が寒いけど、可能な限りの対価を支払おう。
「げひぇっ、ぎゅへへへへっ……」
さきほどからひとり、キャロラインをいやらしく見詰めながらげへげへと明らかに変質者とみられる笑みを溢す明日香。
次の瞬間……。
「ひゃあああっ!!」
「むぎゅびゅひゃあっ!! かわええのお!! 助けてくれてありがとよお!! お姉ちゃんが美味しいものなんでも食べさせてあげるから、遠慮なく言ってごらん?」
欲求を抑えられなかった明日香はキャロラインの脚に飛び付き、そこから胴体、顔へと激しい頬擦りを始めた。
たまらん、たまらああん!! ボンッキュッボンッじゃなくてキュッキュッキュッだけど、これから成長してどのように変化してゆくのか実に楽しみじゃぶうぇ~へっへっ!
「なっ!? なんなのあなた!」
「私はね、明日香っていうんだよぎゅへへ~、この子は沙雪」
「ふーん、明日香と沙雪ね。覚えたわ。私のことは『キャロル』でいいわ。ってそうじゃないっ! あなたはどういう趣向のどういう行動原理でいまこの行動に及んだのか訊いてるの!」
「ちっちゃいのに難しい言葉知ってるね。私は欲望のままに! 愛すべき対象を目一杯の愛情をもって愛でただけだよぉでへへへへ」
アキアカネ夫妻は人間とはそういう生物なのかと関心を示し、沙雪は出会って早々それはないと思いつつも予想していた事態が起きてしまったと憂いた。
その頃、切り通しの蜂の巣が爆発したと市民が騒ぎ出し、サイレンを鳴らした五台の消防車が明日香たちの目の前を通過したが、一行、取り分け沙雪は何も知らぬと言わんばかりにだんまりを決め込んだ。