金髪ツインテール再び
「貴様ら侵略の首謀者かと訊いておる。答えんか!」
声がデカイ。まるでライブ会場で喋るミュージシャンみたいにエコーしてる。
2階建ての一軒家くらいしかない巣にどんだけデカイの住んでるのさ。5メートルの女王と数千の働き蜂。ヤバいわ蜂ハンパない。
「沙雪、勝算ある?」
「ロケットランチャー」
「やっぱりそう来ると思ったよ。せっかくだから使ってみる?」
私が提案すると、沙雪は「本当に!?」と急に目を輝かせ始めた。
「でもあからさまにロケットランチャーの準備を始めたら気付かれちゃうから、私が女王蜂と会話して気を逸らすよ」
「何をコソコソと話しておるのだ。質問に答えよ!」
ヤバいヤバい怒ってるよ。仲間を殲滅したうえに問いに答えないで作戦練ってたから当然か。
「あ、はい、えーとですね、道の真ん中にこの巣がありまして~、仕方ないのでアキアカネに抱えてもらって回避しようとしたのですが~、ですがですね、アキアカネが失速してしまいまして~、この巣に墜落してしまったわけでありましてですね、そしたら異変に気付いたそちらの労働者さんたちが集まってきたということでしてね。えぇ、悪気はなかったんですよ悪気は。むしろ道の真ん中に勝手に巣を造って、ちょっと屋根に、コツンと! ころっと転がっただけで破壊もしていないのに集団リンチしようとするあなたたちに問題がおありになるのではと思わなくもないわけでして~」
明日香は胡麻擂りオジサンのごとく掌を上下に重ね擦り合わせている。
違うよ明日香ちゃん! 確かにスズメバチは明日香ちゃんたちを脅威ではと疑ったかもだけど、基本的には獲物と認識して襲ってきたんだよ!
「道? 何を言う。そんなもの、人間が勝手に森を切り開いて造ったのだろう。我々は城を吊り下げられるほどの大木を伐られたせいで地下都市を構築せざるを得なくなった」
「メトロポリス!? なにそれ凄いさすがファンタジー!」
明日香はわくわくしながら、沙雪は黙々とロケットランチャーの発射準備をしながら、メトロポリスがあるため数千もの蜂と5メートルもの女王蜂の生活空間が確保できているのだと納得した。
「ふん、都市といっても土で造成されたカプセルホテルのようなもの。からだを収容できる最低限のスペースしかない」
あれ? 心なしか女王蜂がちょっと照れたように見えたけど、これは誉めちぎれば和解できるチャンス!?
「いやいやそんな! 地下にお部屋を造るだけでも大変な、それはもう本当に大変でしたでしょう! さすがでございます!」
「そうか。もう言い残すことはないか?」
「えっ? えーと、言い残すこととは一体どのような意味でっ?」
わわわわヤバいわやっぱりうちらをエサにする気だよコイツ。ていうか会話だけでも怖いんだよ。マイク使ってないのにエコーするんだよ。
「貴様らの襲撃により新たな働き蜂を儲けねばならんであろう。故に栄養を蓄える必要があるのだ。そもそも働き蜂が貴様らを取り囲んだのも子孫繁栄のためである。城に落下しようとしまいと関係ない」
「あぁあぁなるほどお食事をご所望でございますね!? でしたらわたくしの全財産を献上いたしますので、それで何か美味しいものでもお召し上がりになってください!」
「財産だと? そんなもの、経済や商業と呼ばれるものに介入できない我々にとっては無価値だ」
「えっ!? アキアカネはギャンブル三昧なのに!?」
「人間にとって蜻蛉は自らに危害を加えぬのみならず、病原菌をばら撒く蚊や蝿を食らう益虫。かたや我々は毒針を持ち危害を加える害虫だ。故に前者は人間に歓迎され、後者は迫害されこうして城を築くにも一苦労。そのうえこの苦労の結晶さえも破壊される始末。蜂としての生を宿命的に授かり、しかし生命活動を許されない。その心情が、貴様らには理解できるというのか」
固唾を飲んで交渉を見守っていた沙雪は、ようやくロケットランチャーの発射準備を整えたが……。
ロケットランチャー、できれば撃ちたくない。
「居場所が、ないのですね」
初めて、沙雪が女王蜂との会話を試みた。沙雪も同じく、学校では異端の扱いを受け、居場所がなかった。そこに手を差し伸べたのが明日香であるのは記憶に新しい。女王蜂のからだには、未だレスキュー隊による矢が次々と突き刺さっている。
「そうだ。我々はあくまで生きるための捕食と防衛を目的として他の生物を攻撃しているのみ。それは人間とて同じであるが、遺憾ながら我々の文明構築力は彼奴らに到底及ばぬ。故に居場所を失いつつあるのは重々承知だ。おっといかぬ、話が逸れた。では、貴様らを食すとするか」
「わぁちょっとタンマ!! 和解したんじゃないの!?」
「ごめんなさい、女王蜂さん、キイロスズメバチの皆さん」
沙雪は砲撃が外れぬため時間をかけて女王蜂の頭部に照準を合わせていた。できれば使いたくないと思ったところだが割り切り、発射スイッチを押した。のだが……。
「あれ?」
「わわわわわわヤバいヤバいヤバいこれマジでヤバい洒落になんない」
どういうわけか、砲口から吐き出された弾は明日香と沙雪の足元にごろんと落下。冷や汗気味な女王蜂の「さらばだ」という捨て台詞に続き、生き残ったスズメバチ一家は遥か彼方へ避難。数十秒後には姿が見えなくなった。レスキュー隊も危険を察し、わなわなと撤退。騒がしかった周囲はものの数分で静けさに包まれた。
「ねぇ、この砲弾、なまらわかりやすいね。黒かったのに熱を帯びてどんどん赤くなってきてる」
「んだなぁ。リンゴみてぇに真っ赤だべなぁ」
このたった二言の間に3倍ほどの大きさへ膨張した砲弾。ハッとしたふたりはここでようやくえっさえっさと巣の壁に慎重に足を掛け、避難を始めたが、もう爆発寸前だ。
「ヤバいヤバいマジでバカじゃんなんで逃げるの忘れてたの!?」
「うーんと、もう諦めるしかないような気がしてた」
『この不発弾は、確実な戦力となるため、まもなく自爆します。十、九、蜂? 七……』
不発を考慮して設計された砲弾のようだ。搭載された女性の録音音声が、親切にカウントダウンを始めた。しかも状況を呑み込んで八と蜂を掛けている。
砲弾の役目は爆発して何かを破壊すること。破壊対象が敵であろうと主であろうと、砲弾にとっては無関係だ。とにかく破壊、その使命を果たして身が尽きれば本望なのだ。
「はああああっ、あうあうあうあう……」
明日香ちゃん、自我喪失してる。私はもう、目を閉じてこれまでの軌跡を顧みよう。青森で生まれ、雪掻きシャベルをソリにして遊んだり、青森駅近くのアニメショップに行ったり、辛いこともあったけど、楽しい人生だったな。
『ごぉ、よん、さん、にぃ』
そのときだった。二人の頭上に突如、身を刺すような冷風が吹き荒れたのだ。
「はーいお仕事完了! お代はありったけのお肉ね!」
振り返った二人の視線の先にいたのは、空飛ぶ赤い絨毯に乗った金髪ツインテールの小学校低学年ほどに見える碧眼の少女と、あのアキアカネ夫妻だった。
お読みいただき誠にありがとうございます!
最後に登場した少女はハロウィンイベントの際「とりにくおあトリート」と通行人に物乞いしていた子です。今回からレギュラー入りとなりますので、今後の活躍をお楽しみに!




