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いざなわれた少女たち  作者: おじぃ
はじめての戦闘

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16/91

女王蜂、現る

 沙雪、戻ってこないな。ここに墜ちてから何分くらい経ったかな。きっと私は、アキアカネといっしょにこのまま殺されちゃう。


 空はすっきり晴れていて、太陽がまぶしい。死に際といえば病室とか雨の日とか夜中とか、暗い場所をイメージしてたけど、こんなに爽やかな舞台もあるんだ。


 なのに、誰も助けてくれない。


 味方は誰もいない。それどころか、誰も通る気配はない。こんなに明るい道なのに、誰も現れない。


 ねぇ太陽さん、助けてよ。


 楽しいときもイヤなことがあったときも、太陽だけは変わらず私を照らしてくれた。それだけで救われた日もあった。でも、今回ばかりはそうはいかないみたい。っていってもそもそも本物じゃないんだよね、これ。


 暑い。秋なのに、凄く暑い。スズメバチが密集してるから。


 不思議だな。ゲームの世界なのに、太陽はぽかぽかしてて、生き物に体温があるのは同じなんだ。


 なんでかな、私いま、すっごくピンチなのに、なんか色んなこと考えられるよ。フツーさ、敵に囲まれて逃げ場のないときって、なんにも考えられないと思うんだ。


 まいったな。これじゃ今までそんなこと思っちゃいけないって圧し殺してきた思いがやっぱり嘘じゃなかったって、ホントの本当に自覚しちゃったじゃん。



 ◇◇◇



「消えたい」


 なんだよ、もう生気せいきは消えてるじゃねぇか。


「あぁ、もうすぐ天に召されるぜ。俺たち」


 だが、消えたいって感情は、俺たち蜻蛉には理解できないな。家族、学校、会社、人間っつうのは他者に縛られる生き物だからな。狩りじゃなくてカネで生活する以上、誰かの助けなしには生きられねぇ。ホームレスになるくらいの覚悟がなきゃ、一匹狼いっぴきおおかみにはなれねぇってもんだ。だがそれが奴らのアイデンティティーだ。周りに誰もいなくなって、存在意義を失い、本当に孤独になったとき、人間は人間じゃあなくなる。ときに食事のためでも縄張り争いのためでもない殺生に走る。己の人間としての感情ってヤツを爆発させるためか? その刃は俺たち蜻蛉にも、他の動植物にも向けられるからたちが悪い。


 明日香も大方、そんな葛藤を繰り返して生きてきたんだろうぜ。チンパンジーみたいなヤツが生意気な。


 まったく困ったもんだぜ人間ってのはよお。寿命が長いってのも、考えものだな。



 ◇◇◇



「天に召される? 私、別に天国に行けるようないいことしてないよ。ただテキトーに遊んで、何かトラブルが起きたら難しいこと考えたくなくて目をそむけてきた。特に両親の喧嘩なんかね、ただうるさいって思うだけでなんで二人が何度も何度も喧嘩するのか、つい最近まで深いところまで考えなかったよ。ごめん、喋り過ぎた。これで最期だって思うと、なんだか誰かに聞いてもらいたいことがどんどん溢れてきちゃってさ」


 最期の話し相手が、まさか虫だなんてね。


「なら、これからどんどん垂れ流せばいいだろ」


「そうだね。余命あと何分くらいだろう」


 明日香が自らの余命を案じたそのときだった。白いワンピースをまとった黒髪の少女が空から降ってきて、勢い余って3回転。アメーバのように両手足を伸ばし、べたっとうつ伏せになって停止した。雌のアキアカネが明日香を助けたいと言う沙雪を上空から投下したのだ。


「さゆ、き?」


「明日香、ちゃん、助けに来た、よっ」


 沙雪はおもむろに立ち上がり、落下時の衝撃で脳震盪のうしんとうを起こしたのか、千鳥足で腕時計型端末を操作すると、直径がボウリング球ほどの筒が具現化され、それを担いだ次の瞬間……。


「わあああ!?」


「おおお!!」


 沙雪が担ぐ筒から放射された炎が明日香の真横を掠め、軌道上にいたアキアカネは咄嗟に飛び上がって回避した。アキアカネはふたりを残し、そのまま蜂に狙われにくい高度まで避難した。


 明日香と沙雪は思った。


 アキアカネ、飛べるじゃん。


「ちょっ! 沙雪、どういうつもり!?」


「ごめんなさい。火炎放射器の重さと目眩で足元が覚束なくて」


 ちょうどその頃、沙雪の通報により甲冑かっちゅうを纏ったレスキュー隊が到着し、沙雪の火炎放射に驚いて逃げ出した蜂を矢で射抜き始めた。


「撃てー!! どんどん撃てー!! 蜂の巣駆除はポイント高いぞー!! カネが欲しけりゃ撃って撃って撃ちまくれー!!」


「しかし隊長、巣の上には要救助者が」


「構わん! もし矢が当たったら捕食されたと報告して蜂の死骸の山に隠しとけ!」


 的を外した数十本の矢が明日香と沙雪を目がけて降り注ぐ。沙雪はそれを利用して、周囲の蜂に向かって投擲とうてきする。それを回避した蜂は明日香が撒いた殺虫剤の影響で弱々しく舞い上がり、それを火炎放射で仕留める地道な作業がしばらく続いた。


 撃てど燃やせど巣から次々飛び出す働き蜂。沙雪の攻撃を傍観していた明日香はようやく矢を投げ始めたが力なく、蜂まで届かない。


 ここでゲームオーバーになったら、どうなるんだろう。現実世界に戻されるのかな。それとも死んじゃうのかな。せっかく沙雪が助けに来てくれて、沙雪だけは助からなきゃいけないこの状況で、私の心は空虚で、からだは動かない。


 あぁ、私、なんて薄情なんだろう。すごく感謝しなきゃいけないシーンなのに、心からその言葉が出ないのはなぜ?



 ◇◇◇



「明日香ちゃん、休んでていいよ。さっきはごめんね、置いてきぼりにしちゃって。怖くて体力消耗しちゃったよね。でも大丈夫。今度は私が明日香ちゃんを助ける番」


 と、女神のような笑顔でかっこいいことを言ってみる。


 支給金の半分を占める5千ペイを投資して購入した火炎放射器。本来は野焼き用みたいだけど、火に弱い虫の性質と、連続放射による効率的な退治が見込めるうえ、明日香ちゃんを救命できる可能性が高いと判断して購入した。ついでに、ロケットランチャーを使えない欲求不満フラストレーションを発散させる画期的アイテムだ。


「私が、沙雪を助けた?」


 よほど体力と精神力を消耗しているのだろう。明日香ちゃんの表情には生気がなく、口をぽかんと開けている。


「うん。昨夜、不安に怯えておかしくなりそうな私を勇気づけてくれたよ」


 そう、昨夜、明日香ちゃんが勇気づけてくれなかったら、アケミさんからロケットランチャーを貰わなければ、私はきっと、怖気づいて、混乱して、明日香ちゃんを救出する方法など考えられなかっただろう。


 私たちを囲う蜂の輪が途切れ途切れになり、暴走族を彷彿させる羽音は静かになってなってきた。要救助者の命など眼中になさそうなレスキュー隊の活動により降り注ぐ矢のおかげで数千頭の群れは徐々に縮小し、巣から蜂が出る間隔が徐々に開いてきたと考えられる。おそらく巣の中では女王蜂の側近にあたる蜂が危機感を抱き、防護に必死だろう。それでも残りの働き蜂は数百頭。更にレスキュー隊を攻撃する蜂を差し引いても百頭前後は残っていると考えられる。


「沙雪ちゃん! 沙雪ちゃんたちを囲う蜂はあなたたちの視界に入っている十頭しかいないわ!」


 上空から聞こえた雌のアキアカネさんの声はまるで女神のお告げ。もう勝ったも同然。よし、残りの十頭は火力を上げて一撃必殺だ。


 沙雪は普段の冷めた表情のまま無言でハンマー投げの要領で火炎放射器を振り回し、十頭を見事全滅させた。放射線上にいる明日香はしゃがみ込んで沙雪の攻撃を交わし、ことなきを得た。


「貴様らか、我が宮殿の侵略の首謀者は」


 わあわあ騒がしいレスキュー隊員たちの声に混じり、ひときわドスの聞いた声が聞こえた。騒がしい周囲の声を遮断する、威厳のある声。木々の葉が掠れる音が、しばらくぶりに意識に介在した。


 これまでの投げ槍で乱雑な戦闘など通用しないと言わんばかりの風格。


 明日香と沙雪が振り返ったとき、日の出のように巣の地平線の向こうから顔を出したのは、無数の矢が刺さった体調5メートルほどの極めて大きな蜂。女王蜂だ。


「蜂が喋った!」


 喋る蜂の登場に興奮したのか、明日香は一気に生気を取り戻し、ピンと立ち上がった。


「よっしゃーあ! なんかしんないけどたぎってきたぁ! 明日香ふっかーつ! ありがとう沙雪、こんどは私が戦うから、火炎放射器貸して!」


 沙雪は逃げればヒャクパー助かったのにわざわざ武器を調達して戻ってきてくれたんだ。私も頑張らなきゃ!


「ごめんなさい、さっき火力上げたら燃料切れちゃったみたい」


「そっか! まったくしょうがないなあ沙雪はこのこのお!」


「えへへ、ごめんなさい」


 沙雪の腕に軽く肘打ちする明日香と、ポリポリと頭を掻く沙雪。より絆を強固にしたふたりならきっと、無事この場を切り抜けられる筈だ。

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