7. 暗躍する正義
「あのブロッケンさん、ずっと疑問に思っていた事を尋ねてもよろしいでしょうか?」
「うむ、なんだ?」
「今回の帰宅部全国大会決勝戦では、八人のキタラーがエントリーしているのですよね?」
「あー、今まで映像班が捉えた選手は何人だったか」
「えー、アリア11号、レイス・ストレイ、モーラ・グーラ、ドゥウ、アレクセイ、ダンボ・スチーム、以上六名です!」
「ああ、残りは弓の名手トリシア・ヴァレンと最速の遅刻魔スマイルであるな。ある意味仕方ないと言えるか」
「? というと?」
「トリシア・ヴァレンは単純な話である。安定して飛行できるうえに隠密性が高いのだ。種族的に生まれながらの弓の名手であり、自慢の羽で空を飛ぶ。
一方、スマイルについてはよく分かっておらん。あまりに速い帰宅であるゆえに、誰もその帰宅する姿を見た者はおらんとさえ言われている謎のキタラーだ。顔もいやらしいニヤケ面の仮面で覆っているため分からんし、名前も偽名であろう」
「それは……よく担任が注意しませんね」
「そこかの、突っ込むところは。まあよいが、ともかく分からんのだ。スマイルの帰宅戦術は。ただ、出席日数が危ないらしく、遅刻魔と呼ばれている」
「仮面をつけている時点で担任の心証は良くないと思いますが」
「こだわるの」
「いえ、個人的にツボだったもので」
「まあ分からんでもない」
「おっと、噂をすればなんとやらというものですね。ブロッケンさん、ここで噂のスマイルに映像班が追いついたようです!」
「おお! つないでもらおうか、映像班!」
『見ているか――公帰連会長』
「む、私を名指しか。映像班、こちらの音声をスマイルにも通してくれ」
「……ブロッケンさん、どういう事でしょう?」
「うむ、もしや私を知っているのやもしれん。あの仮面のせいで誰なのか全く見当がつかんが」
「……ふふ」
「まったく、変な笑いのツボを持っているな」
「失礼しました。さて、どうやら音声が現場と繋がったようです」
「であるな。スマイルとやら、聞こえるか?」
『ああ、聞こえるぜ公帰連会長――ブロッケン・アームストロング』
「随分と挑戦的であるな」
「一体誰なのでしょう?」
『気になるか? なら、顔を見せてやろう! 公帰連会長――いや、』
「!! お前は!」
『親父!』
「な、息子よ!」
「これはどうした事でしょう! スマイルはどうやらブロッケンさんの実の息子だったようです!」
「そんな馬鹿な! お前は帰宅をあんなにも嫌っていたではないか!」
『確かにそうだ。最初は俺だって家庭を顧みずに帰宅道を磨く親父に嫌気がさす事もあったさ……でも。
……いや。
…………。
………………つーか、思い出したら疑問がまたふつふつとわいて来たがよ。何だでよ、おい! 帰宅を極めてるのに自宅にほぼいねぇってどういう了見だクソ親父!』
「家に帰るまでの過程が帰宅である」
『結果はどこ行ったんだよ! ってまあいい。いや、よくはないが今さら言ったって仕方ねぇ事だ。それでよ、そんな親父を見てきたからか、いつからかこのクソ親父を超えてやろうと思うようになったんだ。そして、それを実現する手っ取り速い方法が、帰宅部全国大会で優勝することだった。
でもよ、クソ親父は公帰連会長だ。俺が全国大会に出たとしても、親父のお陰だと思われてもシャクだろ? だから今まで黙ってたんだ。だが、もうその必要もない。このタイミングでコネもクソもねぇだろ?』
「……」
『いいかよく聞きやがれ! 俺は帰宅部全国大会で優勝してクソ親父を超える! それも誰か見てぇな奇策でじゃねぇ、真っ当な帰宅で優勝してやるから特等席で見てやがれ!!』
「……帰宅道はそれほど甘くはないが、来るか息子よ」
『ああ!』
「おっとこれは熱い展開になってきました! スマイル――は偽名でしたか――いや、本名が分かりませんし今聞ける雰囲気でもないので……そうですね、ブロッケンさんの息子ですしブロッケン・ジュニア(仮)でいいでしょう、なんか初めて呼んだのに妙にしっくりきますし」
「よかろう、待っているぞ息子よ!」
『おう、首を洗って待――』
「なっ!!」
「倒れた! 倒れました! 突如ブロッケン・ジュニアの大きな体が地面に伏した! 救護班が駆けつけます!」
「どういう事だ! 何があったのだ!?」
「救護班からの合図を見るにどうやら死んではいないようですが意識不明である模様です! ……これは続行不能でしょう」
『――うししし、まずは一人』
「うん? 気のせいでしょうか、ブロッケン・ジュニアと繋がっていた映像が誰かの声を拾ったようです」
「だが姿が見えん……っ、まさか! トリシア・ヴァレンか!!」
『そうでし。よく気づいたでし!!』
「な、これは……小さい。十センチ程の弓を持った小人が、ブロッケン・ジュニアの上で跳びはねています!」
「小人ではない彼女は――
――トリシア・ヴァレンは妖精だ!」
『うししっ、可愛いは正義!』
・妖精
この世界には多くの種族が暮らしている。妖精もその一種であり、一般に陽気でいたずら好きであり細かい事にこだわらない。体は成人しても十センチ程度であり、その軽い体と背中の羽を存分に生かして高速で空を舞う。弓を扱うのが上手くその飛行能力と隠密性から奇襲が得意で、見た目にそぐわないえげつない戦い方をする。スマイルがやられたのも、矢に塗られた毒のせいである。
そして、これは男女問わず全ての妖精に言える事であるが、非常にあざとい。彼らは可愛ければ何をしても許されると思っているのである。
・帰宅部全国大会
伝統ある大会で毎年夏に開催され、全国の学生やアマチュアのキタラーがしのぎを削るのが、帰宅部全国大会である。その予選における参加者は毎年五万人を超え、帰宅は既に大陸全土で最も人気のあるスポーツである。
ところで、作中でその決勝戦であるにもかかわらずブロッケン達が、選手たちの詳細を知らないのは現代帰宅道における暗黙のルールによるものである。
繰り返しになるが、キタラーは元来孤独である。東帰ポによってキタラー同士の情報交換は活発になったが、未だに帰宅中のキタラー同士で意見が交わされる事はほとんどない。そのため、現代帰宅道においては自らの帰宅を貫く事を第一義とする。つまるところ、他人に拘泥せず自らの帰宅戦術によって一位になればよいと考えるのである。
この時、他人の帰宅戦術を事前に調べて対策を打つ事は自らの帰宅道を曲げる事にもつながり、キタラー達からは非常に嫌われる。先述のヲリ戦術が嫌われる根源的な原因も、自らの帰宅道を曲げた上、他人の帰宅道の邪魔をするという姿勢を、現代帰宅道が否定しているからである。
このためブロッケンは公帰連会長としてキタラーたちの基礎的なデータは持っているのだが、それ以上の事は知らない。そして仮に知っていたとしても、知らないように振る舞う事が美しいとされているので、彼はそのように振る舞うだろう。
ちなみに、帰宅の競技人口については諸説あるが、一般に現役のキタラーが大陸全人口の二割程度、一度でもキタラーとなった事のある者は三割から五割といったところであると言われる。
そして、驚くべき事に一度でも帰宅した経験を持つ者は、なんと百パーセントにも上ると言われている。つまり、大陸に住む者であれば最低一度は帰宅をやってみた事があるのである。
このような観点から見ても、帰宅が大陸一活発なスポーツであるという事実は揺らぐ事はないだろう。