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6. 出合う者、追う者

「動きません動かない! どういうことでしょうかブロッケンさん! 開始からかなりの時間が経ちました。例え平均から見れば“自宅(ゴール)”に最も近い位置にいる二人とはいえ、天才ドゥウと占い師アレクセイの行動は不自然です! それにアレクセイの移動は“自宅(ゴール)”を目指す縦方向の動きでなく、横に細かく動いています。おそらく、天才ドゥウが真っすぐに“自宅(ゴール)”を目指した場合に通るルートの近くまで移動しているのでしょう! 妨害するつもりでしょうか?」

「ああ、それについては憶測の域は出ないが何となくわかって来た。……くそ、何たる失態だ審判よ!」

「ど、どうしたのですかブロッケンさん!?」

「『牛歩帰宅』以来か……よもや再び自由直帰権に伴う不備を突かれるとはな。アレクセイはこれを予知し、“自宅(ゴール)”を目指さず左右に移動していたのだな! この状況(・・・・)が不利と予測したのだ! く……さすがは天才と呼ばれるドゥウよ!!」

「分かりません! ブロッケンさんは彼らの行動に意味を見出したようですが、私には理解ができません。おそらくブロッケンさんは帰宅経験から、数手先を読んでいるのでしょう!」

「アラン殿! アリア11号はどうなっている!?」

「えっと……! 今現在、直帰直線上にドゥウがいます! そしてその先にはアレクセイがほぼ一直線に並んでいます! 一体どういう事でしょうか!?」

「やはりか……」

「このままではドゥウと出会い頭に衝突するやもしれません。まさかアリア11号はをドゥウに帰宅戦を仕掛けるつもりでしょうか!?」

「違う! ヲリ戦術ではない! 我々は一杯喰わされたのだドゥウに!」

「え……おっと、そうこうしているうちにアリア11号がドゥウと出会いました。言葉を交わして……おや、ドゥウが何かアリア11号に渡して彼女に肩車してもらっています」

「確定だ。ドゥウが製作者(マスター)なのだ、アリア11号はドゥウの走狗であるな」

「!」

「ドゥウはおそらく、このまま二人で協力し帰宅を有利に運ぶつもりだ。しかもアリア11号はロボットであるから製作者の意志に反する事は出来ないから裏切りもない。ゴールする前に棄権させれば彼の優勝は固いであろうな」

「それは……ルールに抵触しないのですか!?」

「もともとキタラーは直帰するため、互いに交流する事は少ないし、各々の帰宅道によって帰宅方法が異なるために歩調を合わせる事を知らない。帰宅道とは元来孤独である。

 しかし、似た帰宅技術を持った者が似たルートを選択し帰宅するのは当然のことである。そして、帰宅中に何らかの困難と向き合ったとすれば、他のキタラーと協力が必要な事もあろう。帰宅猫の群れと鉢合わせしたりの。ならば、協力を禁止する事は帰宅道に反するとまではいかないにしても、不当であろうというのが一般的な見解だ」

「しかしそれでは……」

「うむ、事前に審議にかければ公平性を欠くゆえに取れる手段もあったが、帰宅に入ってからでは自由直帰権に抵触する。明確な違反や確認事項がない限り、公帰連と言えど介入できん」

「では……あ、そうだ! ダンボ・スチームとは違い、ドゥウは機械であるアリア11号に乗っています! そこを突けば――」

「愚問である!」

「っ!」

「それは、帰宅道を貫こうとしているアリア11号を物として扱うという意味であるぞ!」

「! ……すみません、気づかず熱くなりすぎていたようです」

「……いや、こちらこそ言い過ぎた。すまん」

「……それでは、その」

「うむ、お互いさまという事で手打ちとせんか?」

「はい。おっと、ブロッケンさん、アレクセイが動いたようです。“自宅(ゴール)”から右にそれていきます」

「ドゥウ達の帰気を読んだか? しかしドゥウ達は……うむ、変速ヲリ戦術か。どうやら二人はドゥウが防御を担当しながら、アリア11号が走り抜ける戦術をとるようだな。大きな障害物はアリアの帰気で破壊していくようだ」

「変わった帰気ですね爆破した後が平地になっています」

「破壊というよりは整地か。

 うむ、読めた。アレクセイはトレイン戦術を用いる気だな。これは面白い駆け引きになりそうだの」


・戦術

 キタラーにとって戦術とは究極的には、どのように帰宅するか、という帰宅方法の構想を指す(アニーキー走法も広義にはこれに当てはまる)。本来、帰宅三原則に『既帰・直帰・安帰』が定められている以上、ほとんどのキタラーはアニーキー走法に代表されるように、帰気を用いていかに速く帰るかを考える事となる。

 しかし、実力差が大きいキタラー同士の試合で、強いキタラーの帰宅直線上に弱いキタラーが位置した時、後者が前者を妨害する事がある。本来的には歓迎されることではないのだが、キタラー達は何よりも帰宅する事を優先するので帰宅の妨げになるものを排除する事はある意味で当然と言えるのだ。よってキタラーが帰宅中に他のキタラーと戦う行為は、帰宅三原則の安帰に抵触しないとされる。これを『直帰の安帰に対する優越』という。

 そして帰宅の公式戦では一つの“自宅(ゴール)”にキタラー達が帰宅する速さを競う。だから、“自宅(ゴール)”に近づけば近づくほどキタラー同士が会う事が多く、帰宅戦に突入する事が多い。この時、本来は後述するように帰気を速度に回した方が有利なのだが、突出したキタラーを帰宅不能にすれば勝負をひっくり返す事も出来る。

 このような状況で、速度に帰気を回さず妨害を積極的に行う戦術をヲリ戦術という。

 しかしヲリ戦術を用いるキタラーが逃げるキタラーを襲うと仮定した場合、とあるジレンマが発生する。例えば、両者の帰気を10とした場合、逃げる方のキタラーは10の帰気を全て速度に回す事も出来るが、妨害するキタラーは全ての帰気を妨害に回す事が出来ない。なぜなら初撃をかわされた後、全力で帰宅されればほぼ負けが確定するため、ギャンブル性が高過ぎるのだ。

 そのため妨害するキタラーは追跡能力と妨害能力に上手く帰気を配分する必要がある。逆に逃げるキタラーは相手にせず10全部で逃走回避に徹するか、再配分して迎撃するか選択する事が出来る。

 つまるところ、逃げる側に有利である事は変わらないのだ。

 このように、ヲリ戦術を用いる際に妨害を重視すれば速度で劣り、速度を重視すれば妨害が出来ない歯がゆい状況を、ヲリ戦術を好んだキタラー、ハリー・マウスに敬意を表し『ハリー・マウスのジレンマ』と言う。ちなみにヲリ戦術の由来は、この戦術を好んだ豪傑、アルト・ウォーリアーのファミリーネームをもじったものであると言われる。


 一方、トレイン戦術とは単純で強いキタラーの後ろを追尾し帰宅する手間を省く戦法の事を言う。その姿を汽車に見立ててこういうのであるが、最後までトレインしていては一位になる事は難しい。なので、トレイン戦術を取るキタラーは一位になるためには、途中でヲリ戦法に切り替える必要があり、この切り替えるタイミングを見極めるための駆け引きによって勝負が決する。


 しかしながら、両戦術とも正統派の帰宅とは言い難く、一部のキタラーからは猛烈に忌避される戦術である。

 ただし何事にも例外はあり、ヲリ戦法を用いながらも追跡を行わず全ての帰気を妨害に費やしギャンブルに走るキタラーを、一部のキタラーは背徳的なリスクに酔いながら、一発逆転のロマンを求めるある種の硬派な帰宅道であると評価している。その雄姿は片手間に妨害をなし、片手間に追跡をする悪あがきとは一線を画するという意味で、一部のキタラー達に『夢の両手ヲリ戦術』と呼ばれる。

 まあ、そのせいで彼らは追跡しつつ妨害するキタラー(夢の両手ヲリと比較された際に片手ヲリという蔑称を賜った)を、明確に区別し嫌悪するのであるが。


・自由直帰権

 この世界の法律では、何人(なんぴと)も国民が帰宅する権利を妨げてはならない、とされている。自由直帰権は公帰連をも拘束し得る。この権利は公共の福祉うんぬんすら超越し得る、キタラー達の伝家の宝刀として燦然と輝き続けているのである。


・帰宅猫

 とても走るのが速い猫科の生き物で、長い尾を持つ。体は黄色っぽい毛皮で覆われており、背中を中心に黒い斑点がまだらに散っている。体長が一メートルを超えるほどもある、なんとも大型のにゃんこである。

 ちなみに既に察している方もいるかもしれないが、彼らは肉食である。キタラー達にはその足の速さから縁起物とされているため、帰宅中に群れに遭遇したキタラーは速やかにその場を離れる。なぜなら、向こうからは普通に狩りの対象とされる上に、帰宅猫を傷つけてしまっては縁起が悪いとされているからだ。

 最後に、これは噂に過ぎないが――帰宅猫に類似する生物は、他の世界ではチーターとも呼ばれているらしい。


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