5. 同じ道、違う道
「さて、どうやらレイス・ストレイとモーラ・グーラが海についたようです! 魔のホーヴィンス海域は目前か!」
「だが立ち往生しておるの」
「ルール上、彼らは船に乗る事ができません。そして彼らの帰宅道はアニーキー走法を用いた直進直帰! ブロッケンさん、一体どうなりますかね?」
「うむ、“自宅”のあるザラ平野は陸続きである。したがって海沿いに回っても何らルール違反にはならないのだが、それはそれで彼らの帰宅道を曲げる事になる。ここでどう出るかで勝敗すら決するといっていい場面であるな」
「はい」
「おそらくレイス・ストレイは迷いなく直進するだろうが、モーラ・グーラはレイス・ストレイより柔軟な発想をしている。魔のホーヴィンス海域を迂回した方が結果的に速く直帰出来ると思うやもしれん。直帰したくば回れとも言うしの。どちらにせよ、悔いの残らない健闘を期待する」
「おっと、ここで面白いハプニングです。ブロッケンさんの予想通り海沿いに帰宅するルートを選んだモーラ・グーラがレイス・ストレイと出会いました! 何かを話しているようです」
「うむ、不正などの可能性はほぼないであろうが一応確かめるか、音声班!」
「ブロッケンさん、不正とは何でしょうか?」
「うむ、時折キタラー同士が出会う事があるのだが、その際に八百長を持ちかける事があるのだ。単純に殴り合うぐらいであればキタラーとして帰宅道を守るためであるから罰則はないが、八百長はいかん。厳正に対応する事になるであろう」
「なるほど、分かりました。どうやら音声が繋がっているもようです。それでは聴いてみましょう」
『――残念ね、モーラ・グーラ。私は貴女に期待していたのよ。同じ女性キタラーとしても、同じアニーキー走法を使うものとしてもね』
『だからアニーキー走法を最後まで貫けというのか! 馬鹿らしいぞレイス・ストレイ!』
『逃げるの?』
『何をッ!? お前こそ現実逃避はやめたらどうだ!』
『アニーキー走法とは、ただただ真っすぐ進む事にあらず!』
『!』
『忘れていたわ。そう、気づかされたのよ、貴方のアニーキー走法を見て。気づいたの。でもだからこそ私は私の帰宅道を貫くわ』
『! ……貴様、まさか死ぬ気か?』
『ちがうわ、それにあなたは何を諦めているの? さっきまでと同じで地面を泳いで行けばいいじゃない!』
『同じではないだろう! 見ろ! この海を泳いで渡れというのか!』
『何を勘違いしているの!』
『?』
『この空に果てがあるように! 帰宅の先に自宅があるように! 海にだって底はあるッ!』
『!!!』
『不可能なんかじゃない、出来るわ。少なくとも、私はここから“自宅”まで、まっすぐ帰宅する! 初めからそう決めてたのよ!』
「……見事なり」
「はい、ブロッケンさん。私も思わずレイス・ストレイの言葉に心打たれてしまいました」
「若く拙い言葉は時としてむき出しの真実を突くものだ。しかし、真実が正しいとは限らない。レイス・ストレイに策はあるのだろうか」
「どうでしょう! おっとレイス・ストレイ選手、何やらしゃがみこんで目を閉じている。今までにない姿勢です」
「これは……風踏み、いや、まさか?」
「……どうされましたか?」
「まずい! 映像班! 最も速く飛行できる者にカメラを渡せ!」
「おっとこれはどうした事だ。しゃがみこんで動かないレイス・ストレイに対してブロッケンさんが何かを感じ取ったようですが!」
「……ところでアラン殿、通常の風踏みは短時間しか空に浮く事が出来ない。なぜだか分るか?」
「技術としての限界でしょうか?」
「いや、違う。運用目的の問題なのだ。風踏みは最短距離を出来るだけ少ないエネルギーで帰宅する事を目的とする奥義であるから、長時間の飛行は想定されておらんのだ。
所詮は迅速な障害物の回避を目指すものである。モーラ・グーラの地面の潜航やレイス・ストレイの破壊直帰と目指さんとするところは同じであるな。だからこそ、長距離を飛ぶ運用には向かぬ。地面を走ったほうがエネルギーの効率も良いしの。だが、逆に言えば違う目的で似た技術を運用すれば、理論上長期飛行は出来る!」
「というと?」
「風踏みは脚部に帰気を集約していたが、あの技はそれ以上に範囲が狭い。足の裏、ただその一点に帰気を集め放つのだ。そして帰気を常に放出し続けるのでなく、ためて放つ事で威力を爆発的に増進させる。そのあまりの急加速のため、使いこなせるキタラーは少ないが、道が絶えた何もない空間すら踏破する可能性をも秘めておる奥義よ。
ゆえにその名を――」
「――絶道」
「な! ななな、なんという事でしょうか! 公帰連の精鋭も精鋭! 最も能力が高い者がつくといわれる映像班が追いつけません! それどころかどんどん離されていきます! 高い! 既に地上にいる人間が点としても見えない程です!!」
「おそらく魔のホーヴィンス海域を上空から突破するつもりだ。海難は海の付近でしか起きんと考えたのだな」
「しかし、あの異常な速度は――」
「落ち着け」
「……はぁ、失礼しました」
「よい、確かに恐ろしい速度である。しかし真に評価すべきはあの速度を制御する集中力、帰宅進路を正しく規定するための姿勢制御、そしてそれら実力に裏打ちされた自信――つまるところ、精神力であろうな」
「公帰連のスタッフ全員、あまりのことに上空をぽかんと見上げるばかりです!」
「まだまだ修行が足りんな、モーラ・グーラをどうするつもりか?」
「え、お、おっと、映像班が左右の状況を確認し始めました! どうやらモーラ・グーラを見失ったようです!」
「絶道は一つではない。そんな事も分からんとは、鍛え直す必要がありそうであるな」
・絶道
キタラーが至るべき完成形の一つ。あらゆる地形環境をものともせずに“自宅”まで直線的に進む事を旨とする技術やそれを用いた帰宅戦術を指す。特にレイス・ストレイが作中で用いた長距離飛行術を指す事もある(なぜなら、ストレイト・アニーキーが示した一つの到達点が、この走法であったからである)。ただし、ここで言う直線的とは左右に曲がらないという意味であり、上下には激しく移動する。
レイス・ストレイの用いた絶道はストレイト・アニーキーのそれと同じものであるが、長距離飛行に向く反面、風踏みほど小回りが利かない。爆発的な加速が災いし、一歩あたりの移動距離が大きいのだ。かといって一歩あたりの移動距離を一定以上狭めると、加速に体が耐えられないし認識が追いつかない。つまるところ障害物の多い地上で使うのは自殺行為である。
ちなみに知らぬ者はいないと思うが、絶道という名の由来はストレイト・アニーキーが残した「俺の前にあった道は絶えた。何故ならここからは誰も通った事がないからだ。俺の後ろに道は出来ない。何故なら誰もついて来れないからだ」というあまりに有名な至言である。
当時最速のキタラーであったストレイト・アニーキーは、最後までキタラー達の超えるべき兄貴であり続けた。
しかしそれは同時に、彼に孤独をももたらしたのだった。
・横と縦
キタラーから見て“自宅”と自分を結ぶ直線を縦、それに直行する方向を横という。ちなみに、左右は縦を基準に“自宅”から見た場合の左右である。つまり、 “自宅”を中心に見て、右が時計回りで左がその逆であることになる。ややこしいので更に例を挙げると、“自宅”基準であるため、“自宅”を目指して帰宅するキタラーから見た右は、作中の司会・解説が言う左である。