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2. 波乱のスタート

「さあ! 気を取り直していきましょう。各選手の授業はどうですかねブロッケンさん?」

「うむ、私の経験上おそらくダンボ・スチームのスタートが遅れるな。どうやら何か問題が起こったのか、放課後に学級会が行われる気配がある。一方で他の選手は帰宅基準時には帰宅活動に入れるであろう。もしかしたら、アリア11号が若干速めに終わるやもしれんな。あの担任ならありうる」

「おや、もしかしてその担任とお知り合いですか?」

「うむ、彼は優秀なキタラーだったのだが、帰宅活動に出来るだけ速くいそしもうと教室の時計の針を五分進めたのだ。その意気は買うが不正は不正、彼は帰宅部追放処分となった。

 しかし、不正が明るみに出たのち、東帰ポにおいて垣間見られた彼の真摯なる帰宅道に心打たれ、彼の所属していた学校を中心に、オードレス地方のキタラー達が帰宅部追放処分に対して抗議運動を行った。法律に定められた自由直帰権を逆手にとって、非常にゆっくりと帰宅するものであるから、多くの者がその日の深夜どころか翌日の日の出まで家につかなかったらしい。『牛歩帰宅』と名付けられた今では禁則指定となったその帰宅法は、当時あの地方の深刻な社会問題となったものだ。

 だがそれほどの運動がおこる程に、真摯に帰宅に打ち込んだ彼であるから帰宅しようという気迫――『帰気』には敏感でな、おそらく、教室内に相当なキタラーが帰宅の時を待っている事に気づいているだろう」

「しかしそれにしては速く終わる気配がないですが?」

「うむ、彼は知っているのであろう。我々がザートの二度投げや外部との癒着などの不正を防ぐ意味で“自宅(ゴール)”を直前にしか決めない事を。それに、キタラー達は自分がその日帰宅部全国大会に出る事は誰にも教えてはいけないというルールがある。地区予選などではどうとでもなるようなルールではあるが……」

「はい、全国大会ともなると小細工を行うのは相当困難ですし、小細工を行ったところで……」

「はは! 毎年ザートが国内のどこに刺さるか分らんからの。多少の誤差がある程度では覆せんよ、帰宅しやすい位置に“自宅(ゴール)”を引き寄せるだけの帰宅運は」

「運? うん……はい、えと、それではアリア11号の担任が何を行ったとしても、帰宅道に反するのではないですか? 要は自分の教え子にキタラーがいる事を察するからこそ授業を速く終わらせるのですから。むろん、不正があったとは証明できないですが」

「いや、彼の帰宅道に対するストイックな帰宅精神はそんなものではない! まるで自宅に最短距離を直進するという理想の帰宅――かつて帰宅部全国大会で優勝したストレイト・アニーキーが好んだアニーキー走法を――今大会でもレイス・ストレイらが見せるであろう理想の帰宅を――追い求めるかのように愚直な彼なら、ああするであろう」

「ああとは?」

「……かつ目して見るがいい、全国のキタラー達よ! これぞ君たちの先輩! ストレイト・アニーキーの再来と呼ばれた彼の生き様である!」

「!! どういう事でしょうか!? アリア11号の担任が急に倒れたように……貧血? いやこれは……」

「……」

「おっと、公帰連の審判と救護班が確認に突入しました」

「……」

「原因は分かりませんが、急に担任が体調不良に陥ったようです……これはつまり授業は続行不能であり……いや、まさか……おっと、どうした事でしょう! 公帰連の審判が嗚咽を漏らしながら涙しています!」

「うむ、……立場上言わざるを得んな。彼が何をしたのかを」

「知っているんですかブロッケンさん!?」

「すでに審判より聞き及んでいるわ! 彼は……アリア11号の担任は胃薬や睡眠薬、その他複数の医薬品を飲み下した後、かの太郎ラーメン全ましましを一気食いしていたという」

「な、なんと?」

「つまるところ意図的に自身を体調不良に追いやり、授業を続行不能に陥らせ、クラスを速く帰宅させる状況を整えたのだ」

「し、しかし知っているのに審判はなぜ不正を糾弾しないのですか!?」


「できるものかっ!!!」


「!」

「一人のキタラーが! それもあの……あの事件なくば私に代わって優勝していたとさえ言われる彼が! 公務員としての立場と自らの健康をかけてまで! 夢を託したのだと理解できたのだから!!

 その危うさを分かっていてなお! 自身を捨て後進に託すその粋を見せつけられて! 未だ燃え尽きぬキタラー魂の、心意気を汲んでこその、青春であろう!

 青春をまっとうできなかった大人の気持ちは、誰よりも名を残せなかったキタラーが、プロになれずに審判となった彼らが、一番……っ! いじばん分がっでおるの゛だ、ろう……」

「……」

「……」

「……」

「……ず、ぐっ、すまん、取り乱した」

「いえ、なんとなくですが、キタラーでなかった私にも気持ちは理解できました」

「そうか、その、すまんが――」

「ああ、そういえば今さっき上がりましたが雨が凄かったですね会長。動画はともかくとして、音声は上手く拾えなかったかもしれません。折角の名解説を収録し損ね、スタッフを代表し、お詫び申し上げます」

「! ……アラン殿、恩に着る」

「……おほん、さてブロッケンさん、急病で倒れた担任にアリア11号が駆け寄りました! どうやら、共感(・・)するところがあったようですね。他人行儀ながら、遠慮なく状況を聞いています」

「ふむ、目つきが変わったの。今までは感情との折り合いがついていないようであったが、その無表情の下にキタラーとしての魂を感ずるわい」

「ええ、どんな会話を行ったのかは分かりませんが、今までロボットであるためか感情が欠落していたアリア11号の立ち振る舞いに苛立ちを感じます。自らの不甲斐無さや、仲間のひそかな支援に気づかなかった事への後悔でしょうか。新たに生まれた何らかの決意を胸に秘めているようにも見えます」

「ふむ、強いだろうな彼女は。能力的にもキタラーとして完成している。惜しむらくはロボットであるゆえに感情が希薄であり諦めが速かった事だが」

「はい」

「この表情を見るに、心配する事は彼女に対する侮辱であろうな! ははは! して、そろそろ他の選手が帰宅準備に入る頃であるな」


・東帰ポ

 東部帰宅ポスター会社の略。この世界ではポスターとは町内の掲示板に張り出される新聞のようなものである。東帰ポはもともと、オードレス地方で多発した帰宅部員殺傷事件の注意喚起のために張り出されたポスターに由来する。

 当時は帰宅についての情報のみを取り扱ったポスターはなく、また現在のように大陸東部一帯に同一のポスターを掲げるような企業も存在しなかった。しかし、帰宅部員殺傷事件以後、世界各国でキタラー同士の意見交換が必要との風潮が広がり、その時運に乗った小さなポスター会社が帰宅情報に特化したポスターを張り出し始める。これが世間で話題となり、現在の東帰ポが生まれたのである。直帰するためにキタラー同士が情報交換する機会が少ない事は以前から問題視されていたので、東帰ポは一躍キタラー必読のポスターとなった。その人気たるや、直帰のために道中のポスターを華麗にスルーしたキタラー達が、自宅に帰った後にわざわざ読みに外出し直す程であった。

 東帰ポのポスターには言わずと知れた現代帰宅道の基本的三原則、『即帰・直帰・安帰』を遂行するための情報が詰め込まれている。しかしその内容は多岐にわたっており、道路交通情報や道路工事予定表は当然として、キタラーを誘惑する飲食店への注意喚起からテスト前の心得、果ては安全に帰宅するために世界情勢や政治動向なども事細かに記されている。

 ちなみにこの東帰ポが一大勢力となるきっかけを生んだ帰宅部員殺傷事件であるが、犯人は東帰ポの注意喚起もあって逮捕された。何の因果か、あるキタラーが逮捕に協力した事もあって、東帰ポは逮捕に協力した彼の事を大いに評価した。しかし、その記事によって帰宅三原則を破ってしまった事が世に知られてしまい、彼は帰宅界から姿を消した。そのあまりに悲しい結果が帰宅界を騒がせたのは当然と言え、ある意味で情報公開の是非を世に問いかけた先駆的な事件となった。


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