12. ゴール、そして……
「さあついにクライマックスと言える局面を迎えました今大会! 勝者は絶道を極めた直進少女レイス・ストレイか! それとも天才と言われた少年、真っすぐな帰宅精神で帝国兵とともに帰宅するドゥウか! 優勝はどちらの手に渡るのでしょう!!」
「どちらが勝ってもおかしくはない……しかし、勝者が一人である以上、もう一人は敗者となる。悲しい事よの」
「はい、どちらも勝るとも劣らない大健闘を見せました。無論、脱落した他の選手も素晴らしい実力者ぞろいでしたねブロッケンさん」
「そうであるな。しかしやはり圧倒するかレイス・ストレイよ。速度がとんでもない。このままではいずれ追い抜かれるぞ!」
「かと言ってドゥウは片手ヲリや両手ヲリで妨害しようにも、レイス・ストレイならかわすでしょうね。というか、あの速度の前ではドゥウは無力に見えます」
「うむ、策はあるのか……このまままっとうに勝負しては、ドゥウに勝ちはないであろうな」
「おや? 帝国軍の兵士がおかしな動きを見せています」
「おお、部隊を分けるようであるな。そうか、少人数でドゥウを逃がし残りでレイス・ストレイを足止めする気か……しかし実力差が大きすぎよう」
「そうですね。絶道を体得したレイス・ストレイに、兵士たちは危険だからというよりは単に邪魔だから排除されているという風でしたし。これはあまりに無謀です!」
「そうこうしているうちに激突したの。やはりレイス・ストレイが――む、これは!?」
「どうした事でしょう! 今まで兵士をものともしなかったレイス・ストレイの足が止まりました!! 拮抗、いや、押されていますが、帝国兵が踏ん張っています!」
「そんな馬鹿な……いや、そうか。そうであるな」
「おっとブロッケンさん、何か気づかれましたか?」
「“自宅”だ」
「どういう事ですか?」
「今まで帝国兵は帝国を背に王国へと向かって歩を進めておった。それは理論でいくら誤魔化したところで、自宅とは逆の方向に向かっている事は自明である。そのため、帝国兵の帰気は非常に弱く質も悪かった。
しかし、今ドゥウを帰そうという気持ちが彼らの心に変化を与えたのだ! この時、この瞬間において、“自宅”たる天幕は真なる意味で帝国兵にとっても帰るべき場所、向かうべきよりどころとなった! つまり、彼らは真の意味で帰宅の道中にある!! 故に、帰気の質が一気に高まったのだ!」
「それで、レイス・ストレイと並ぶまではいかずとも、妨害出来る程度には能力が向上したのですね!」
「うむ、しかしそれだけではない……帰気を軍事転用しようとしたクロードは恐るべき人物であるな。
これは――今では廃れた帰宅部団体戦の帰気運用法である。共鳴――互いに同じ道をいざ帰らんとする者たちの帰気を共鳴させ純度を上げておる。曲がりなりにレイス・ストレイに対抗出来ている最大の要因はそれよ」
「それはまた……忘れ去られた帰宅史をひっくり返しましたね。おっと! ブロッケンさん、これは……帝国兵士たちの帰気が一人に集まっていきます!」
「うむ、帰気共鳴波だ! 同質の帰気を共鳴させ集約し放つ事で瞬間的な火力を底上げし一挙に放つ奥義よ!」
「対するレイス・ストレイは真っ向から立ち向かうつもりか――このタイミングで風踏みを絶道に切り替え突破する!! 帝国兵の放った光の塊のようなそれを真っ向からけっ飛ばす!!」
「拮抗した! いや、レイス・ストレイが押されておる!」
「これはすさまじい! レイス・ストレイの体がはるか遠くまで弾き飛ばされました!! しかしレイス・ストレイも空中で体勢を整え再びアニーキー走法の構えを取った!!」
「いや、これはしかし時間稼ぎが精いっぱいであるな……帰気共鳴波は速射性に難があるため一度は放つと……」
「あっ……」
「あのように、無力になってしまうのだ」
「レイス・ストレイの帰宅道を曲げられた怒りが炸裂! 帝国兵は皆意識を刈り取られた!! レイス・ストレイは一瞥もやらずに帰宅に戻りました!!」
「うむ、ほんの少しの時間とは言え、アニーキー走法の達人を横にいなすとは……帝国兵も侮れんな」
「はい、しかしその値千金の時間を利用してドゥウは“自宅”目前だ! レイス・ストレイ、危険を顧みず超低空飛行の絶道で直進する! 間に合うか!!?」
「まだ分からんがどうなるか。お、ドゥウの護衛についておった者たちも迎撃に回るようだの」
「同じ手は食わんとばかりにレイス・ストレイは上に避ける! しかしその一瞬で十分です! 十分な失速でした! ふらつきながらもドゥウが、“自宅”のノッカーに手をかけた!」
「む、だがレイス・ストレイも再び加速したの! この場合、家主であるクロードがキタラーを招き入れるまでが帰宅であるから、まだ分からんな。先に家に入ったものの勝ちである」
「はい! どうなる、今、天幕の扉が家主のクロードさんによって開かれた!! ドゥウがその中に入る!!」
「だがレイス・ストレイがギリギリ突っ込んだの! 最早天幕ごと壊さん勢いである」
「分かりません! どっちだ!? どっちが勝った!? 勝敗は審判の判定待ちとなります!」
・忘れられた帰宅史をひっくり返す
一時期、帰宅部世界大会には個人の部と団体の部が設けられた事があった。しかしその事実についてはある意味なかった事にされている。というのも、この区分のせいで一時期正統派のキタラーが絶滅しかけたためだ。
ところで、「キタラーは元来孤独である」という語句も実はこの団体の部に対するアンチテーゼとして生まれた。実は、帰宅部団体の部が生まれた当初こそ問題はなかったのだが、個人の部を目指すキタラーがストイックに帰宅する中、団体の部に所属するキタラー達はというと青春真っただ中にあった。主にチーム内での恋愛だとか、誰が誰を好いてどうのとか、団体同士の意見交換から発展した恋仲だとか、その様子はまさに青春であった。それを見た個人戦のキタラー達はひそかに滂沱の涙を流したという。
そしてそんな状態が続くとどんどん個人戦の競技人口は減少の一途をたどり、次第に団体戦を目指すキタラーばかりになっていた。しかもそういうキタラーは大体、個人戦を目指すキタラーと比べ個の力で劣る。加えて、団体戦を目指す彼らは、キタラー達が本来持ち合わせていた硬派でストイックな帰宅姿勢を忘れた、チャラチャラした恋愛などにうつつを抜かすウラヤマケシカラン奴らである。当然の流れとして、個人戦を行うキタラー達は彼らを軟派なものであると見下し、団体戦を行うキタラー達は彼らをぼっちと後ろ指をさした。
このような状況を重く見た公帰連は、キタラーの質をこれ以上下げないためという名目で団体戦を中止し、歴史の闇に葬ったのである。
その実、彼らも孤独な青春を過ごした者たちであるから、心の底では団体戦のキタラー達がうらや――ごほん、ともかく、複雑な事情ゆえに、簡単に触れてはいけない帰宅史の暗部なのである。