1. 全国大会、始まる
作中で本来「早い」と書くべきところを「速い」と表記している部分があります。これは、例えば「早く帰宅する」と本来表現するべきところを、帰宅部員たちは時間的速さでなく帰宅の速度としてとらえるため、「速く帰宅する」と書くのがかえって正しいように作者が感じたためです。
違和感を感じるかもしれませんが、あらかじめご了承ください。
「さあ今年も始まりました帰宅部全国大会決勝戦! 同世代の若者たちがクラブ活動や居残り授業、買い食いの誘惑に負ける中、ただただストイックに帰宅を繰り返した屈強なるキタラー(注・帰宅選手、この場合は帰宅部員)たち! 誰より気高く誰より実直な彼らのクライマックスが今! 始まるッ!
司会はこの私、全力全開の不発弾ことアラン・スミス。
解説はおなじみ、公帰連会長! ブロッケン・アームストロングさんにお越しいただいております!」
「よろしく頼む」
「ところでブロッケンさん、今年は多種多様なキタラーがそろい、一部で『キタクの世代』と呼ばれる程にアクの強いメンバーがひしめいていますが、決勝にコマを進めた選手の特徴はいかがでしょうか?」
「うむ、今年は中々に面白いメンバーがそろっておって一くくりにはできんが……今年の帰宅部全国大会決勝戦の出場キタラーは八名である。
直進系女子レイス・ストレイは近隣住民からの苦情をもかき分け直進至上主義を貫くであろうし、技術者ダンボ・スチームは新世代の発明を駆使するであろう。弓の名手トリシア・ヴァレンは空を飛びながら正確に弓を扱い、地帝モーラ・グーラは泳ぐように地中を進むと聞く。
そのほか、静かなる天才ドゥウ、完成占い師アレクセイ、燃料パンをくわえた機械人間アリア11号、最速の遅刻魔スマイルなど、見どころのある奴ばかりであると言っておこう」
「なるほど、今年はまた一味違うという事ですね! しかし、ブロッケンさんを超えるようなキタラー伝説が生まれる可能性はあるのでしょうか?」
「いや、私はそれほどのものでもないよ。単に発想を転換しただけだ」
「しかし、帰宅史に残る伝説の中でも群を抜いているのはやはりブロッケンさんの『自宅召喚』だと思いますが。まさか帰宅するといって自分は動かずに自宅の方を自分に取り寄せるとは……当時は帰宅界が一時騒然とし、帰宅界の重鎮がその是非について喧々諤々の議論を重ねたと聞きますが?」
「ははは、しかしアラン殿、帰気召喚の戦術は来年から禁止となってしまったのだ。公帰連の帰宅法典に『“自宅”を所定の位置から動かすべからず』と、明確に表記された以上はどうしようもない。まあ、縁あって公帰連の会長などやっているが、私がやらなければいずれ誰かが思いついていたであろう一発芸に過ぎんな。そんなことよりも私は、今大会の彼らが帰宅史に新たなる伝説を打ち立ててくれる事を期待している」
「そうですね、若者よ駆けよ家は遠いぞ! とはよく言ったものです。それではそろそろ帰宅基準時五分前となっております。そろそろ帰宅する“自宅”の位置を決めてしまいたいと思いますが、会長!」
「うむ、今回は八人のキタラーがしのぎを削る訳であるが……アルザ地方に刺さるとまずいな。大陸北端のトリシア・ヴァレンが圧倒的に遠くなるだろう」
「さりとて五年前のようにゴスラビア砂漠に刺さってはモーラ・グーラが、距離的にも能力的にも勝ったようなものですし……ああ、かといって七年前みたいに魔のホーヴィンス海域に刺さないでくださいよ。安全確保に既定予算の五倍を費やすってどんだけですか! しかも誰もたどり着けなかったですし! 誰も勝てないし有利でもなければ、誰一人幸せになれませんよ!」
「いや、私だって練習しているんだ。だがこの羽のついた針が真っすぐ飛んでくれなくて――と、えっとこれの名前はダークだったか?」
「ザーツとかじゃなかったですか?」
「……」
「……」
「おほん、とにかく伝統にのっとり公帰連に伝わる秘宝・ザートを大陸地図に投げ、帰宅する“自宅”の位置を決める」
「ダラッラララララララ――」
「ふんっ」
「ぬらぁ!」
「ばっ!」
「……」
「……」
「刺さりましたね」
「刺さったの」
「うわー、さすがにこれは」
「ちなみに確認だがここは……」
「グルバ帝国とアリシュリア王国の国境付近、いわゆるザラ平野ですね」
「えー、数百年スパンで仲の悪い両国の事は置いておくとして。そのザラ平野という名は東帰ポのポスターで見たような気がするのだがアラン殿……?」
「えっと、はい、なんていうか」
「うむ」
「先週の宣戦布告から……すごく、戦争真っ最中です、そこ」
・針剣『ダート』
公帰連(公明正大なる帰宅連盟の略)に伝わる秘宝。
帰宅部全国大会決勝で“自宅”を決めるため毎年大陸地図に投擲される道具である。ただし、周知のように帰宅標準時が定められている以上、全国大会決勝以外では同時に複数の試合が行われるため、全ての試合にこれを用いるのは事実上不可能である。そのため、他の試合では模倣品が使われる。
ところで、作中でブロッケンが的中させる位置を調整しようとしていたがこれは意味がない。なぜならダートはそもそも確率に干渉する機能を有した剣であり、所有者の意志を無視した軌道で対象に必中する、言わば過程を不問として対象のどこかに必ず命中する剣なのである。
度重なる戦争のために失伝していたのか、この剣の由来を誰も知らないが、もともとこの世界に現れた魔王を倒すために神によって創られた神剣である。おそらく、後世に何らかの理由で所有者の手を離れ、由来を聞きかじった者が神剣を針剣と誤解し伝えたのであろう。
この剣は前述のように攻撃する過程を無視して必中する効果を持っているため、相手の防御機構をすり抜けて攻撃する事が出来る。その効果は規格外といってよく、神剣であった当時は、絶対防御と謳われた結界を操る魔王を討つために勇者が用いた切り札であった。見事魔王をうち滅ぼした神剣であったが、その効果が一対一を想定したものだった事が災いし、もはや現在の大規模な戦争では無用の長物である(繰り返すが、対象は選べても命中する位置を所有者は選べないのである)。
余談であるが名前を覚えてもらえないのは確率操作の副次作用であり、この剣が実在する事自体がある意味で不確定なのである。時たま存在そのものが確率世界の彼方に忘れ去られる事すらある、不幸な運命を背負った悲しき剣である。
この剣はもしかしたら、戦いからは何も生まれないという事を、自らの生きざまでもって我々に訴え続けているのかもしれない。