第3話
入院や検査の色々な手続きを終えた父と二人で父の車に乗り家についたのは、やっと日が沈み始めた午後6時を過ぎた頃だった。車の中ではあまり会話をしなかった。私が
「お母さんすごい痩せてたね。」
といい、父が
「そうだなあ。」
と答えた。
「いつからあんな痩せちゃったの?」
と聞くと
「ここ1、2ヶ月かなぁ。」
と答えたので
「ふうん。」
といった。もともと父と会話をするのはあまり得意じゃないし、こういう状況でどんな話をするのか、検討がつかなかった。
玄関に入るととパタパタと音を立てて奈津子さんが居間から出てきた。
「おかえりなさーい。わあ実加ちゃん、久しぶり。大人っぽくなったわねえ。お義兄さん、おつかれさま。お姉ちゃんどうでした?」
奈津子さんはいつも元気がいい。天真爛漫という言葉がよく似合い、とても母の妹とは思えないようなところがある。
奈津子さんはおばあちゃんとお茶を飲みながらテレビを見ていたようで、居間のテーブルには二人分の湯のみがあり夕方のニュースが流れていた。といってもおばあちゃんはソファベッドに横たわってテレビを見ているのか、寝ているのか判断できない。
「お久しぶりです。」
奈津子さんに向かって、少しにっこりと笑って挨拶し、
「ただいま。」
おばあちゃんに聞こえるように大きい声を出していった。おばあちゃんはもぞもぞと動き顔を私に向けた。おぅともあぁとも聞こえるような返事をして
「実加か。」
といった。
「起きました?よかったね。実加ちゃん帰ってきましたよ〜。」
奈津子さんにニコニコされて、おばあちゃんもつられてニコっとした。奈津子さんは大きな声で歯切れよく、はっきり話す。職業的なものかも知れない。(奈津子さんは保母さんをしている。)私は奈津子さんのそういう話し方が少し苦手で気後れしてしまう。
奈津子さんは
「実加ちゃんきれいになったわね。お化粧もしちゃって、男の子からもてるでしょ?」
とか
「お姉ちゃんすごい痩せちゃってたでしょ?大丈夫かしらね。何もないといいわね。」
とか一通り色んなことを話すと、
「ああもう帰って夕飯の支度しないと怒られちゃうわ。また連絡しますね。」
といって、あっという間に3人の子供と旦那さんの待つ家に帰っていった。
「ありがとうございます。助かりました。」
玄関で奈津子さんを見送った後、家中がシンとしていた。
ニュースでは明日の天気が流れていた。
「明日も猛暑だって。」
「ああ。夕飯はどうする?出前でいいか。」
「うん。何でもいいけど。私電話しようか?お寿司?ピザとか?そういえばおにいちゃんどうしたの?」
「あいつはバイトじゃないか?たぶん。」
「ふうん。」
すべての言葉に意味がないような気がした。現実はずっしりとこの家に横たわっていて、そこに気持ちを縛り付けられていた。頭の中にはずっと、頬の肉が薄くなってしまった母の顔があった。それはたぶん私だけじゃなく、父も同じなのだと思う。