第2話
午後3時、昼間のローカル線はすいていた。線路の側には細い川が流れていて、奥には畑、田んぼ、たまに古い茶色の壁の家が2、3軒あったりする。空には雲がほとんどなく、太陽の光がまぶしかった。
私は窓枠に肘をついて窓から見える風景が自分の実家に近づくのを坦々と見ていた。大学入学以来一人暮らしをしてるアパートの近くの駅から、実家の近くの駅までは電車を3回乗り換えて2時間かかる。誰とも話さず、ほとんど動かず、蝋人形のように固まったまま窓の外を眺めながら、頭の中ではいろんな思いがめぐっていた。
母は死ぬかも知れない、重い病気かもしれない、でもきっと意外と大丈夫だったりするんだろう。父や兄はどんな気持ちでいるんだろう。私はどう振舞えばいいんだろう。
窓を突き抜けてくる紫外線のせいで顔が痛かったけど、それはもうどうでもいいと思っていた。一定のリズムで線路上をいく車輪の音や子供のはしゃぐ声、それをたしなめる母親の声。そういうものは別の世界のことのように感じられた。私はただ平行に滑っていた。いやおうない力にひっぱられて。それはずっと苦手として、逃げたいと思い、避けていたブラックホールのような現実に飲み込まれていくような感覚だった。
駅の改札を降りると、タクシーを拾い、そのまま市民病院に向かった。暑い外の空気と冷房の効いたタクシーの中の空気はあまりにも差があって、現実感を失った。たどり着いた白い建物は昔見たときより小さく薄汚れてみえた。受付で母の名前をいうと、看護婦さんが病室の場所を教えてくれた。消毒薬くさい、ひんやりとした廊下と階段。一度でも足を止めてしまったら、そこから動けなくなるような感じがして、自分を押し出すように前に進んだ。
「おう。ついたか。」
6人部屋の一番奥の窓際にある母のベッドの前に行くと、ベッドの横で小さな丸椅子に座って新聞を読んでいた父が、少し視線を上げ私を見た。前あったときの記憶より少し痩せて白髪も多くなったような気がした。無表情に安っぽい茶縁の老眼鏡をかけた顔はこの状況に戸惑っているような頼りない顔だった。
「おい。実加がきたぞ。」
母は肩より少し長いくらいの髪を無造作に束ねて、薄い水色のパジャマを着ていた。顔色は悪く、やつれた表情をしていたけど、私を見てにこっと笑い上半身を起こした。
「ごめんね。大学大丈夫?」
首のところの肉とか腕の筋肉とか前見たときよりすごく痩せてしまって、皮だけがたるんでシワになっていた。一気に老けてしまった母の姿にびっくりしてしまって、少しの間、私は何も言葉を発することができずただ呆然としてしまった。