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願い  作者: ネコミワコ
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プロローグ

 神さまは不公平だ。人は平等なんかじゃない。どんなに望んでも手に入れられないものがある。どんなにがんばっても変えられないことがある。それはほんとに些細なことなのに。


 例えばみゆきは先週の土曜日、家族で中華料理を食べに行った。あみには2つ下の妹がいて、よくケンカもするけど仲がいい。祐二のお母さんは離婚したけど、自分の仕事を持っていて、いつも忙しくしてる。

 大学生にもなって家族の話なんてお互いそんなに話そうとしないけど、時折出てくるその話題には他の話題とは違う生ぬるい温度がある。安心とか生活とか依存とか信頼とか幸せとか。

 私はその手の話題がちょっと苦手、照れてるわけじゃない。怖いんだ。自分がなんでもないような顔でちゃんと聞き流せているか。うらやんだり、傷ついたりした顔をしてないか。たまには自分で笑い飛ばすこともある。「うちの親仲わるくってさー。」そうするとどうでもいいことのように感じられる。本当は夜中に一人で泣いたりするくせに。

 

  家族の中では私は母親と一番仲がいい。自分勝手で外面がよくて、家族よりも体裁と自分の欲が大事な父親より、中学生の時から家族と会話をしなくなり、大学を卒業してからもちゃんとした就職もせず、地元の友達からもおいていかれ、少しのことで切れるくせに、実家を出ようとしない兄より、姑として母親にきつくあたりながら、年をとったら体が動かなくなり、結局母親の介護を受けている祖母より。

 母親は19のときに結婚した。高校を卒業してすぐお見合いをして、すぐに婚約したそうだ。父のことは特に気に入っていなかったか、少し嫌いなタイプだったかもしれない、と私は思う。昔の結婚は経済的な事情が大いに関係していたらしい。ずっと母親のことを、可哀相だ、と思っていた。実際、母親は少し壊れかけていた。ちょっとのことですぐヒステリーをおこして、父親とケンカした。会話もしない兄に対しては献身的にふるまい、いつでも食事ができるように準備し、食事をしないと何があったんだろうと心配していた。私はいつも言った。「26歳でバイトもしてるんだから、それくらい自分でどうにかするでしょ。」

 どうしたらこの人は幸せになれるんだろうと、小さな頃から私は考えていた気がする。母の日には必ずプレゼントをしたし、家の手伝いだって周りの同級生と比べたら、かなり積極的に行ってきた。家族旅行だって提案するのはいつも私だった。だけど母親の目から不幸の色は消えなかった。それどころか家族に対する憎しみさえ感じられた。

 

 私の”幸せな母親”ごっこも中学3年の夏で終わった。些細なきっかけだった。

 それはいつもの夫婦喧嘩だった。でも時間が夜中の1時を過ぎるころで、母親の甲高い声と父親の怒鳴り声は寝静まった近隣の家々にもきっと聞こえていたと思う。

 私はベッドから抜け出して、二人がケンカしていた居間に降りて言った。

「うるさいんだけど、もう夜中なんだからやめてよ。はずかしい。」

二人の声に負けないくらい大きく、怒りをこめて。感情が高ぶって少し涙ぐんでいたと思う。

 二人とも争いを中断して私をみていた。私はひどく悲しい気持ちだったから、冗談みたいに言った。少し鼻で笑いながら。

「なんで別れないの?離婚しちゃえばいいのに。」

 何を期待して私はそんなことを言ったんだろう。へらへらと怖気づいて謝ってもらえるとおもったんだろうか。

その後の母親の声を私はずっと忘れられない。その言葉こそ本心だと思った。

「あんたたちのせいで、別れられないんでしょう!!こんな家・・・」

さすがに母親もはっとして口をつぐんだ。言ってしまったという後悔の表情が更に言葉に真実味を与えた。私は頭を殴られたみたいなショックだった。もう終わりだ。と思った。

「ふざけるな。子供を言い訳にするんじゃないよ。」

涙があふれてきて、うまく言葉にならなかった。


 私は自分の部屋までのすべての扉を力いっぱい閉めながら部屋に逃げ帰った。どうしようもない思いをぶつけるように。なんとなく気づいていたことが、形として現れてしまった。もうごっこは続けられない。そこまで馬鹿にはなれない。

 少したってから母親は私のベッドのそばにくると

「ごめんね。」

といった。私はそれを無視した。呼吸を整えることができなかったから、泣いていることはすぐ分かったと思う。でも壁に向かって横になり、布団をかぶり寝ているフリをした。私の髪に何かが触れて、母親が髪を撫でようとしているのを感じて、クビを動かして手を振り払った。母親はすぐ手を引っ込めて

「おやすみ。」

といって部屋を出て行った。静かな悲しい声だった。

 次の朝、普通に起きて、学校に行った。母親も普通に起きて朝食の準備をしていた。言葉数は少なく、空気の重さは感じていたけど、それでも特に変わらない日常だった。次の日も、次の日も。あの日のことは誰も話さなくて、何もなかったように思えるくらいだった。父親も母親ももう忘れてしまったのかもしれない。私も母親と普通に話すようになった。ただあの日のことは忘れられないし、母の日のプレゼントを贈るのもやめた。

 

 それでも私は母親と一番仲がいいし、まだ、どうしたらあの人は幸せになれるんだろう、と考える。どうしても叶えられない願い。どんなに望んでも、がんばっても手に入れられないもの。

 あの人の幸せ。


 でも神様お願いします。もう時間がないんです。なんとかしてください。

 どうしたらあの人を幸せにできますか?私になにができますか?

 あの人の不幸な顔を思い出しながら、生きていくことは苦しいです。

 あの人はあと一ヶ月で死んでしまうそうです。

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