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81(エイティーワン)  作者: 雨後乃筍
終章

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リ・ライト

 色とりどりの飛行機が、絶え間なく離着陸を繰り返している。轟音とともに飛び立っていく飛行機を横目に眺めながら、竹川明美たけかわあけみは空港デッキを歩いていた。

 大して面白いものでもないが、「もったいないから」と屋上デッキに上がってきたのだった。


 竹川たけかわは、マレーシアで実施されるIAEA国際シンポジウムに出席するために、成田空港に来ていた。

 先月の話だ。竹川たけかわの上司が、興奮した様子で電話してきた。


竹川たけかわさん、IAEAの国際会議に招待されましたよ!」


「はあ? 何それ?」


遠野とおのさんを覚えているでしょう? 彼が昨年の原子力発電所事故のことで出席することになって、そのサポート役で招待されたんですよ!」


「めんどくさ……」


「え……? IAEAですよ? 世界一権威のある……各国の首脳が集まる……」


「……所長でいいじゃん。ジイさん同士で話が合うよ?」


「……いや、でも所長が……もう返事を……」


「……あのジジイ!」


 叩きつけるようにPCをタイピングする音が電話の向こうにも響いていた。


「リモートは? Zoomでいいじゃん」


竹川たけかわさん、これIAEAの国際会議ですよ。各国の首脳が一堂に集まる。なんで、そこに竹川たけかわさんだけがZoomなんですか……」


「だってめんどくさいじゃん……」


「そこに行けること自体、名誉なことなんですよ? オリンピックに出れるみたいな……」


「……オリンピック興味ないし」


「できるなら、自分が行きたいぐらいですよ! それなのに……」


「……じゃ、それでいいよ、行ってきて。代理ってことで、よろしく〜。日本のために頑張ってこい〜、爪痕残せよ〜」


 電話の向こうで絶句している様子が目に浮かぶようだった。


「ねぇ、それっていつ?」


「はい、2ヶ月後の第2週ですね」


「……あ、その週末ソシャゲのイベントあるんだよねー」


「そうなんですね……、えっと、それが?」


「いやー、結構おいしいイベでさ。レアキャラゲットできるチャンスなんよ。だからさ、パスってことで」


「そんなの、どこでもできるでしょう……。ネット繋がっていれば世界中でできるのがソシャゲでしょう?」


「だってのんびりソシャゲしたいじゃん」


 電話の向こうで、一瞬沈黙が流れる。呆れているのか、憤慨しているのか……。


「……だから竹川たけかわさん、今回特別にファーストクラス使っていいから!」


「使って、『いい』!?」


「あ、いや、会社でファーストクラスを用意するので……」


「……ファーストクラスって高いんでしょ?」


「……それはもう、会社の経費でドーンと……」


「はぁ? だったらその分、給料上げてよ!」


 結局、泣きつかれた所長が「ポケットマネー」で旅費を出すことで決着がつき、『レジャー』気分で参加することにした。


 たまには海外旅行もいいかもね。しかも人生初ファーストクラス♪


 ファーストクラスって、どんな食事が出るんだろう? ラウンジって無料だよね? シャンパンとかって飲み放題だよね?


 遠野とおのから資料は送られてきていたが、飛行機の中で読めばいい。見た目は綺麗だけど、中身は大したことなさそうだし。


 そういえば、向こうで遠野とおのと会うんだった。


 また娘の話を聞かされるのか? それとも、原子力発電所の偉大さ?


 チョーどうでもいい……。まだサムい一発ギャグの方がマシだよ!


 『元気に出発、原発だ!』とか? あれ? これ結構イケてない?


 資料に混ぜ込んでみようかな? 焦るオジサンが全世界に中継されたらウケる!


 確かクラウドストレージに保存していたから……パスワードは娘の名前と誕生日とか? まあ聞き出すのは他人に道を聞くより簡単だ。二段階認証でも、ショルダーハックが使えるだろうし。


 思いついたナイスなアイデアと、そこから展開される映像を思い浮かべて、満足そうに滑走路を眺めた。滑走路には多種多様な飛行機が止まっている。


 マレーシアの旅行ガイドブックを片手にデッキを一回りしていたとき、デッキの端に立っている女性が目に入った。


 何しているんだろう?


 西の方に向かって拝んでいるように見える。


 一人で?


 思い詰めている?


 まさか、飛び降り?


 いやいや、フェンスあるし。


 どうしたんだろう。気になる。


 普段、他人のことなど気にも留めないが、今回だけは気になって意を決して声をかけた。


「あのー……」


 女性の目には涙が溜まっている。


「……大丈夫ですか?」


 涙を拭って振り返った。


「すいません、大丈夫です」


 次の言葉を探していると、女性がポツリと言った。


「亡くなった人のことを思い出しちゃって……」


 あちゃー、苦手な話っぽい……同情はするけど、あたしイタコじゃないしなぁ……とっとと切り上げよう。


「んー、よくわかんなくて悪いけど、元気出して。生きていればいいこともあるからさ。まだ若いんだし」


 明らかに自分より年下の竹川たけかわに言われ、戸惑っているようだった。


「……ありがとうございます」


「それにさ」


 振り向いた女性を見て、彼女が一人ではないことに気づいていた。


「子供ってのは笑っているママが大好きなんだよ」


 その女性に抱っこされている、まだ小さい赤ん坊を指差した。


(あたしには縁がないけどね)


 彼女は、再び泣き出しそうな、でもどこか愛おしいものを思い出しているような、不思議な微笑みを見せた。


「……そうですね」


 やばっ、なんか苦手な空気感……。


「……じゃ、あたし行くね。元気出しなよ」


 手をひらひら振った時、赤ん坊が竹川たけかわの方を見てフニャッと笑っていた。


 どこかで会ったっけ? 人の顔って覚えられない……番号でも書いてあればね……。


 デッキから降りる時、振り返ると先ほどの女性はまだ空を眺めていた。もう表情までは見えない。


 空って、そんなに面白いものかな……。


 それより、ラウンジ! タダ飯! ファーストクラスのタダ酒!

 あ、一応、所長に感謝しておくか。


 酒とか……。いや、あのジイさん糖尿だっけ?

 コロンとかでいっか。五千円ぐらい……。


 白檀とか……なんだっけ? サンダルウッド?


 自分の名案に満足げに頷くと、ガイドブックを小脇に挟んで軽快な足どりでエスカレーターを降りて行った。彼女が通り過ぎた後、少しだけ熱をもった風が吹き抜けていった。


 <81(エイティーワン) 完>


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