リ・ライト
色とりどりの飛行機が、絶え間なく離着陸を繰り返している。轟音とともに飛び立っていく飛行機を横目に眺めながら、竹川明美は空港デッキを歩いていた。
大して面白いものでもないが、「もったいないから」と屋上デッキに上がってきたのだった。
竹川は、マレーシアで実施されるIAEA国際シンポジウムに出席するために、成田空港に来ていた。
先月の話だ。竹川の上司が、興奮した様子で電話してきた。
「竹川さん、IAEAの国際会議に招待されましたよ!」
「はあ? 何それ?」
「遠野さんを覚えているでしょう? 彼が昨年の原子力発電所事故のことで出席することになって、そのサポート役で招待されたんですよ!」
「めんどくさ……」
「え……? IAEAですよ? 世界一権威のある……各国の首脳が集まる……」
「……所長でいいじゃん。ジイさん同士で話が合うよ?」
「……いや、でも所長が……もう返事を……」
「……あのジジイ!」
叩きつけるようにPCをタイピングする音が電話の向こうにも響いていた。
「リモートは? Zoomでいいじゃん」
「竹川さん、これIAEAの国際会議ですよ。各国の首脳が一堂に集まる。なんで、そこに竹川さんだけがZoomなんですか……」
「だってめんどくさいじゃん……」
「そこに行けること自体、名誉なことなんですよ? オリンピックに出れるみたいな……」
「……オリンピック興味ないし」
「できるなら、自分が行きたいぐらいですよ! それなのに……」
「……じゃ、それでいいよ、行ってきて。代理ってことで、よろしく〜。日本のために頑張ってこい〜、爪痕残せよ〜」
電話の向こうで絶句している様子が目に浮かぶようだった。
「ねぇ、それっていつ?」
「はい、2ヶ月後の第2週ですね」
「……あ、その週末ソシャゲのイベントあるんだよねー」
「そうなんですね……、えっと、それが?」
「いやー、結構おいしいイベでさ。レアキャラゲットできるチャンスなんよ。だからさ、パスってことで」
「そんなの、どこでもできるでしょう……。ネット繋がっていれば世界中でできるのがソシャゲでしょう?」
「だってのんびりソシャゲしたいじゃん」
電話の向こうで、一瞬沈黙が流れる。呆れているのか、憤慨しているのか……。
「……だから竹川さん、今回特別にファーストクラス使っていいから!」
「使って、『いい』!?」
「あ、いや、会社でファーストクラスを用意するので……」
「……ファーストクラスって高いんでしょ?」
「……それはもう、会社の経費でドーンと……」
「はぁ? だったらその分、給料上げてよ!」
結局、泣きつかれた所長が「ポケットマネー」で旅費を出すことで決着がつき、『レジャー』気分で参加することにした。
たまには海外旅行もいいかもね。しかも人生初ファーストクラス♪
ファーストクラスって、どんな食事が出るんだろう? ラウンジって無料だよね? シャンパンとかって飲み放題だよね?
遠野から資料は送られてきていたが、飛行機の中で読めばいい。見た目は綺麗だけど、中身は大したことなさそうだし。
そういえば、向こうで遠野と会うんだった。
また娘の話を聞かされるのか? それとも、原子力発電所の偉大さ?
チョーどうでもいい……。まだサムい一発ギャグの方がマシだよ!
『元気に出発、原発だ!』とか? あれ? これ結構イケてない?
資料に混ぜ込んでみようかな? 焦るオジサンが全世界に中継されたらウケる!
確かクラウドストレージに保存していたから……パスワードは娘の名前と誕生日とか? まあ聞き出すのは他人に道を聞くより簡単だ。二段階認証でも、ショルダーハックが使えるだろうし。
思いついたナイスなアイデアと、そこから展開される映像を思い浮かべて、満足そうに滑走路を眺めた。滑走路には多種多様な飛行機が止まっている。
マレーシアの旅行ガイドブックを片手にデッキを一回りしていたとき、デッキの端に立っている女性が目に入った。
何しているんだろう?
西の方に向かって拝んでいるように見える。
一人で?
思い詰めている?
まさか、飛び降り?
いやいや、フェンスあるし。
どうしたんだろう。気になる。
普段、他人のことなど気にも留めないが、今回だけは気になって意を決して声をかけた。
「あのー……」
女性の目には涙が溜まっている。
「……大丈夫ですか?」
涙を拭って振り返った。
「すいません、大丈夫です」
次の言葉を探していると、女性がポツリと言った。
「亡くなった人のことを思い出しちゃって……」
あちゃー、苦手な話っぽい……同情はするけど、あたしイタコじゃないしなぁ……とっとと切り上げよう。
「んー、よくわかんなくて悪いけど、元気出して。生きていればいいこともあるからさ。まだ若いんだし」
明らかに自分より年下の竹川に言われ、戸惑っているようだった。
「……ありがとうございます」
「それにさ」
振り向いた女性を見て、彼女が一人ではないことに気づいていた。
「子供ってのは笑っているママが大好きなんだよ」
その女性に抱っこされている、まだ小さい赤ん坊を指差した。
(あたしには縁がないけどね)
彼女は、再び泣き出しそうな、でもどこか愛おしいものを思い出しているような、不思議な微笑みを見せた。
「……そうですね」
やばっ、なんか苦手な空気感……。
「……じゃ、あたし行くね。元気出しなよ」
手をひらひら振った時、赤ん坊が竹川の方を見てフニャッと笑っていた。
どこかで会ったっけ? 人の顔って覚えられない……番号でも書いてあればね……。
デッキから降りる時、振り返ると先ほどの女性はまだ空を眺めていた。もう表情までは見えない。
空って、そんなに面白いものかな……。
それより、ラウンジ! タダ飯! ファーストクラスのタダ酒!
あ、一応、所長に感謝しておくか。
酒とか……。いや、あのジイさん糖尿だっけ?
コロンとかでいっか。五千円ぐらい……。
白檀とか……なんだっけ? サンダルウッド?
自分の名案に満足げに頷くと、ガイドブックを小脇に挟んで軽快な足どりでエスカレーターを降りて行った。彼女が通り過ぎた後、少しだけ熱をもった風が吹き抜けていった。
<81(エイティーワン) 完>




