愛はとっくに無くなりました。貴方はわたくしにとって看板でしか価値はありませんわ。
エラウディア・リテル公爵令嬢は、扇を手に微笑んでいた。
今日のドレスは、アルド王太子が贈ってくれた、グリーンを基調とした細かい刺繍が施されたドレス。金の髪は縦ロールに巻いて、耳飾りも首飾りも深紅の宝石をあしらった高級品だ。
何もかも完璧なはず、はずなのに。
アルド王太子は、違う令嬢をファーストダンスに誘って踊っている。
どうしてなんで?わたくしが貴方の婚約者なのよ。
金の髪に青い瞳のそれはもう美しいアルド王太子殿下。
歳は18歳。二年前から同い年のエラウディアと婚約を結んだ。
ただ、アルド王太子は王国一の美しさだ。
婚約者がいるにも関わらず、色々な令嬢達の憧れの的である。
そんなアルド王太子は、婚約をした後も、色々な令嬢達と交流を持った。
浮気をしている訳ではない。
夜会でも令嬢達の中に入って行き、楽しく話をしていたりして、親しくしているのだ。
特定の令嬢だけに親しくしている訳ではないから浮気ではない。
だからエラウディアは注意することも出来なかった。
夜会でファーストダンスを踊るのは、婚約者と決まっているのに、別の令嬢を誘って踊っている。
わたくしは貴方にエスコートされて会場に入ったのよ。
そのままファーストダンスを踊るのが筋じゃなくて?
それなのにあの令嬢は誰よ。下位貴族かしら。顔に見覚えがないわ。
わたくしは完璧なはずなのに。
なんでわたくしを軽んじるの?わたくしが貴方の婚約者なのよ。
アルド王太子は、婚約者としての贈り物はちゃんとしてくれる。
だけれども、それだけだ。
色々な令嬢と親しくしているものだから、特別という感じがまったく感じられない。
エラウディアは努力してきた。
アルド王太子に相応しい婚約者であるために、勉学から、マナーから、美しさから全て磨きをかけてきたのだ。
それなのに。
ファーストダンスを他の令嬢と?
ダンスを終えてアルド王太子がこちらにやってきた。
しかし、違う令嬢に声をかけられて、その令嬢と親し気に話しながら、ダンスを踊りに行ってしまう。
エラウディアは怒りに震えた。
前の夜会の時だってそうだ。
ファーストダンスをその時はエラウディアと踊ってくれたけれども、すぐに他の令嬢達の所に行ってしまった。
どうしてなんで?わたくしが出席しているのよ。
わたくしを一人にしないでよ。
そう責めたかった。
でも、アルド王太子は、
「色々な人達と交流を持つのは王太子として大事な事だ。そうだろう?エラウディア」
でも、貴方は女性とばかり交流を持っているじゃない?男性との交流はどうしたのよ。
心の中で叫びたい。でも、嫉妬を丸出しにするのはあまりにもみっともない。
だから微笑んで、
「確かに交流を持つことは大事ですわね」
と同意してしまった。
本当は頭に来ているのよ。
わたくしだけを見てよ。
わたくしだけを愛してよ。
わたくしだけを。お願いだから。
翌日、王宮の庭に面したテラスで二人でお茶をした。
爽やかな春の風が吹き、庭には色とりどりの花が咲き乱れ、良い天気である。
アルド王太子は優雅に紅茶を飲んでから、エラウディアに、
「結婚したら、三人程、側妃を持とうと思うんだ。子は沢山いる方がいい。私は子が好きだし、君がもし子が出来なかったら、私の血筋が絶えてしまうからね。私は自分の子に王国を継がせたい」
「確かに血を残すことは大切ですけれども、わたくしが沢山子を産むかもしれませんわ。わたくしの子が出来なかったら側妃を持とう思いませんの?」
「君の子が沢山出来たら、勿論、王位継承権は君の子しか持てないようにするよ。でも、子供は更に沢山いた方がいいだろう?それに私は色とりどりの花を愛でたいんだ」
「だから、側妃を?」
「そうだね。もちろん、君は最高の女性だと思っているよ。私にはもったいない婚約者だ」
だったら、側妃なんてやめてっ。わたくしだけを大事にしてっ。
そう叫びたかった。でも、叫べなかった。
「解りました。確かに子が沢山いた方が、貴方の血を残せますもの。了承致しましたわ」
心にずきりと棘が刺さった。そんな気がした。
エラウディアは幼い頃から両親にも愛されなかった。
リテル公爵夫妻は夫婦仲が悪く、完全に仮面夫婦だった。
食事も別々に取っており、エラウディアは母と食事を共に取っていたのだが、
母は父親似のエラウディアに、
「本当に可愛げが無い子に育ってしまって。まぁいいわ。この公爵家の為に、貴方はいずれアルド王太子殿下に嫁ぐことになるわね。しっかりと学びなさい。でないとわたくしが贅沢出来なくなるわ」
と、家庭教師を何人もつけて、幼い頃からエラウディアは勉強ずくめだった。
両親は別々に愛人を作ったりして、エラウディアは、王太子に嫁がせる政治的な駒としてしか見ていなかった。
だから、寂しかった。
アルド王太子に会った時に、
なんて美しい人なんだろう。この人に愛されて、沢山子供を作って、幸せになれるといいなと、心の中で望んでしまったのだ。
この婚約は政略。自分に求められているのは、このベリア王国の王妃になる身として、有能であること。それだけなのに。
涙がこぼれる。
婚約者としての贈り物はくれるし、交流も持ってくれる。
でもでも、他の令嬢達と仲良くしないでっ。わたくしだけを愛してよ。
心が張り裂けそう。
わたくしはわたくしはわたくしはっーーーーー。もうっ。いやぁーーーーー
メイドのアンが、落ち込むエラウディアに向かって、
「エラウディア様。他に気を紛らわせたら如何でしょう。何か夢中になることが出来れば少しは気が紛れるかもしれません」
「確かにそうね。わたくし、いつもアルド王太子殿下の事ばかり考えていて、泣いてばかり」
それではいけないと、エラウディアは思った。
なので前からやりたいと思っていた福祉活動に力を入れることにした。
教会にいる孤児達に自分の出来る範囲で寄付したり、孤児達と交流を持ったり、
勿論、王太子の婚約者としての教育や、やることは山ほどある。
その中でも時間を見つけては、教会の孤児達に会いにいくことにした。
お菓子を持って行って配ったり、一緒に、芋掘りをしたり、本当に楽しくて気が紛れる。
「お姉ちゃん。いつも美味しいお菓子を買ってきてくれて有難う」
「こら、公爵令嬢様だ。お姉ちゃんは駄目だろ」
「エラウディア様が来てくれて、とても嬉しいわ」
皆、エラウディアが来ると慕ってくれる。
そして思った。
将来の王太子妃としてもっとこの子達の為に力になれないだろうか?
わたくしの生きる道が見つかった。そんな気がした。
アルド王太子の事はどうでもよくなった。
アルド王太子が他の令嬢とファーストダンスを踊っている。
エラウディアは、一人の男性と話をしていた。
「そういう訳で、貴方様が福祉に熱心だとお聞きしたものですから、わたくしも教会の子供達がもっと幸せに暮らせるように、心を砕いているのです。もちろん、子供達だけでなく、困った人たちの為に、わたくしに何が出来るのか?日々考えておりますのよ」
話しかけられた男性はゼラス王弟殿下だった。
国王陛下と歳が離れたゼラス王弟殿下は30歳。
王族らしい金髪碧眼の整った顔をしている。
「それは良い心がけですな。貴族の皆に、働きかけて寄付を求める催し物を開催したら如何でしょう」
そこへ、アルド王太子が戻って来た。
王弟殿下と話しているエラウディアに向かって、
「浮気者」
「え?わたくしはただ、王弟殿下と福祉について話をしているだけですわ。わたくしだって交流を広げて、先々、王太子妃になった時に役立てたいと思っておりますの」
「浮気者だろう。私という者がいながら叔父上と」
ゼラス王弟殿下は、眉を顰めて、
「浮気者というなら、お前こそ浮気者だろう。色々な令嬢達と交流だと言って、エラウディアをないがしろにしているではないか。それに側妃を持ちたいだと?兄上が呆れていたぞ。結婚前から側妃。どれだけエラウディアを馬鹿にしているんだ?」
エラウディアは言ってやった。
「側妃は貴方様が望むのですもの。わたくしは口出し致しませんわ。ゼラス王弟殿下、話の続きを致しましょう。アルド王太子殿下。わたくしだって交流をしなければなりませんの。ですから、邪魔しないで下さいませんか?」
「お前は私だけを見ていればいいんだ」
「あら、それじゃ、わたくしは先行き、王太子妃としての仕事が出来ませんわ。貴方こそ、ほら、令嬢達が待っているではありませんか。さっさと行ったら如何です?」
浮気者と言われて頭に来た。
ただ、ゼラス王弟殿下と福祉について話をしていただけで浮気者?
それじゃ色々な令嬢達と話をしていた貴方は何なのよ。
浮気者でしょう。浮気者。
アルド王太子殿下は、
「女は慎ましく、男は色々な女性と付き合っても許されるんだ」
カチンと来た。
「あら、それは酷い話ですわ。男も女も平等でなくては。貴方とくだらない話をしている時間がもったいないわ。さぁゼラス王弟殿下。福祉の話の続きを」
「だから、浮気者っーーーー」
そこへ、怪しげな男達がやってきた。
王宮の近衛兵に化けているが、エラウディアは一目で変…辺境騎士団の連中だと解った。
情熱の南風アラフ、北の夜の帝王ゴルディル、東の魔手マルク、西の三日三晩エダルである。
エラウディアは四人の前に進み出て、
「近衛兵ではありませんね。なんの用ですの?」
金髪美男のアラフが、
「屑の美男を捕えに来た。アルド王太子は屑だろう?」
周りの貴族達が驚いた。
伝説だと思われていた変…辺境騎士団が実在して、さらいにきたのだ。
アルド王太子を。
変…辺境騎士団は高位貴族や王族の屑の美男をさらって、正義の教育をするという騎士団だ。どこの王国にも属していない。
王宮の警備兵はどうした?
不埒な連中をこんな簡単に王宮に潜入させていいものか?
エラウディアは四人に向かって、
「アルド王太子殿下をさらう事は禁止致します」
アラフが驚いたように、
「どうしてだ?屑の美男だろ?俺達が教育するって言っているんだ」
アルド王太子は慌てたように、
「近衛兵っ。何をしている。こいつらを捕えろっ」
叫んだが近衛兵は現れなかった。
大男のゴルディルが、
「近衛兵達は倒した。廊下で寝ている」
エラウディアは、四人に向かって、
「ともかく、アルド王太子殿下をさらう事はお断りします」
ゼラス王弟殿下も、
「確かに、我が王国としては王太子殿下をさらわせる訳にはいかない」
エラウディアは、
「アルド王太子殿下がさらわれたら困りますわ。でないと、わたくしは王太子妃として働けないじゃない。貴方達が屑の美男と認定したとしても、わたくしには必要だわ」
アルド王太子が目を輝かせて、
「やはり、私の事を愛しているのか。エラウディア」
「いえ、全く。愛しておりません。貴方のわたくしを軽んじる態度に、愛はとっくに無くなりましたわ。わたくしが貴方を必要としているのは、夫としての看板です。ああ、側妃を作って頂いてもかまいませんわ。でも、わたくしは貴方と子作りなんてしたくありません。貴方はわたくしが仕事をするのに必要な看板。看板ですので」
「看板っ???私が看板?」
「貴方の妻だからこそ、わたくしは自分の仕事が出来るのです。さぁこれから福祉の為に頑張らないと。この王国を良くするために。そのためにも貴方、わたくしとちゃんと結婚して下さいませね」
アルド王太子は叫んだ。
「婚約破棄だ。なんて傲慢で不敬な女だ。私と褥を共にしないって?失礼だろ。これだけの美男なんだぞ」
アラフが、エラウディアに、
「さらわなくていいのか?最低の屑だぞ」
エラウディアは扇を手に、
「困りますわ。婚約破棄されたら、わたくし、仕事が出来なくなってしまいますわ」
アルド王太子はエラウディアに、
「泣いて縋れば婚約破棄を撤回してやる。お前は私を愛しているはずだ」
「しつこいですわね。愛はとっくに無くなったと先程、言いましたでしょう。貴方はわたくしにとってただの看板です。看板でしか価値はありませんわ」
そう言うと、アルド王太子殿下の顔を見つめて、はっきりと、
「婚約破棄、受け入れました。なので、わたくしにとって看板としての価値がなくなりましたわね。変…辺境騎士団の皆様。お好きなように扱って下さいませ」
アラフが頷いて、
「それじゃお好きなようにということで、この王太子、頂いていく。屑の美男だからな」
アルド王太子は皆が見ている前で簀巻きにされた。
「ちょっと待ったーーー。私は王太子、王太子なんだっーー。父上母上っつーー」
残念ながら国王夫妻は外遊中だった。
ゼラス王弟殿下が、
「王位継承者が私になってしまったな。私は若い頃、妻と離縁して、独り身だ」
エラウディアに手を差し出して、
「私を君の看板に使って貰えないだろうか」
エラウディアは、まさか、ゼラス王弟殿下にプロポーズされるとは思わなかった。
思わなかったが、彼と結婚すれば、思いっきり働ける。あの孤児達をもっと笑顔にするためにも。
「お受け致しますわ。わたくしは王太子妃に、のちに王妃になれればいいのです。貴方と結婚して、王妃になりますわ」
「ああ、それでいい。私と君とでは気も合いそうだ。二人で王国の為に働こう」
ゼラス王弟殿下と婚約をした。
国王夫妻は、アルド王太子が変…辺境騎士団にさらわれたと聞いて、驚き涙したが、もうどうにもならないので、諦めた。彼らはどこの王国にも属していない集団なので。
ゼラス王弟殿下も福祉に熱心なので、共に病院や孤児院等に訪問し、出来る事は無いか、頭を悩ませている。
でも、とても楽しくて。
今宵は夜会。
ゼラス王弟殿下から贈られた青のドレスを纏って豪華な金の首飾りと耳飾りをつけて、彼にエスコートされて王宮の会場に入場する。
会場の中央に来ると、
ゼラス王弟殿下はエラウディアの手の甲にキスを落としながら、
「ファーストダンスを我が婚約者と共に」
「嬉しいですわ」
彼の事を愛しているかどうかまだ解らない。
でも、こうして最初にダンスを誘ってくれて、とても自分を尊重してくれる。
エラウディアはダンスを踊りながら、心から幸せを感じるのであった。




