「語られる問題」と「本当に深刻な問題」は、しばしば一致しない (´・ω・`)
TVや新聞で教員不足は大きく報じられる。
採用倍率はかつての十倍前後から低下し、現在はおおむね二倍から三倍程度。
この数字だけを見ても、「なり手が減っている」という危機感は確かに理解できる。
だが同じように数字を見るなら、もう一つの現実に目を向ける必要がある。
介護職である。
こちらは採用倍率という形で語られることは少ないが、構造はもっと単純だ。
必要な人数に対して応募者が足りていない。
仮に十人必要なところに五人しか来ないとすれば、倍率は〇・五倍。
つまり競争があるどころか、全員採用してもなお足りない。
教員は二倍から三倍の競争が残っている。
介護は〇・五倍前後、すなわち競争そのものが成立していない。
この差は、感覚ではなく、数字としてすでに現れている。
ここで重要なのは、「どちらがつらいか」という主観ではない。
人がどちらを選び、どちらを避けているかという結果である。
人は嘘をつくが、行動は嘘をつかない。
そしてその行動は、倍率という形で可視化される。
二倍三倍の競争をくぐってでも目指される仕事と、募集しても埋まらない仕事。
この違いは、「割に合うかどうか」の客観的な評価そのものだ。
そしてもう一つ、見過ごしてはならない点がある。
社会的に必要とされる度合いと、職業の倍率が逆転しているという事実である。
教育も介護も、どちらも社会の基盤である。
だが、とりわけ高齢化が進む現代において、介護の重要性はますます増している。
それにもかかわらず、その担い手は集まらず、倍率は一倍を下回る。
これは単なる職業選択の問題ではなく、公的に見て明らかに歪んだ状態ではないだろうか。
本来であれば、社会的に不可欠な仕事ほど人が集まり、持続可能な形で維持されるべきである。
しかし現実には、必要性が高いほど人が来ないという逆転が起きている。
語られやすい問題は、必ずしも最も深刻な問題ではない。
むしろ本当に深刻な問題ほど、構造が固定化し、日常に埋もれ、ニュースとしての鮮度を失っていく。
教員不足は「語られる問題」である。
介護不足は「語られにくい問題」である。
しかし、倍率という冷たい指標を並べたとき、どちらがより人に敬遠されているかは明白だ。
……数字は、すでに答えを出しているのだから ( ˘ω˘ )
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