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社畜スキルでアイドルに?~死んだ社畜おじ、サバイバルオーディションを生き残る~  作者: 無限大


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6 生存戦略と、リストラ

「次はFクラス。課題曲は『IGNITE』」


 MCのアナウンスと共に、会場の照明が落ちる。

 暗闇の中、俺たちはステージ上の定位置についた。

 心臓が肋骨を蹴破りそうなほど跳ねている。客席からは、遠慮のない囁き声が聞こえてきた。


「Fクラス? あの落ちこぼれ集団か」

「見てらんねえよ。こっちがハラハラする」


 それが俺たちの評価なのだ。

 審査員席ではプロデューサーの黒沢が腕を組み、値踏みするような冷たい目をステージへ向けていた。ダンストレーナーの白鳥レン、ボーカルトレーナーの勝又拓斗、ラップトレーナーのKENZIもそれぞれ言葉少なに座っている。

 Aクラスの連中が座るVIP席からは、余裕の笑みが漏れているのが見えた。

 誰も期待していない。俺たちが無様に失敗し、笑いものになることを予期している空気。


(上等だ。このアウェイ感、炎上案件の謝罪面談に比べれば、微風みたいなもの!)


 俺は暗闇の中で深く息を吐き、ありもしないネクタイを締める動きをした。

 こうすると、スイッチが入いるんだよなあ。

 意識を切り替える。

 ここはステージじゃない。最終プレゼン会場だ。


 ドンッ、ドンッ、ドンッ……。

 重低音のイントロが鳴り響き、スポットライトが爆ぜた。

 プレゼン、開始!


 ――瞬間、会場の空気が凍りついた。


 センターが動かない。

 孔明が、曲が始まっても微動だにしないからだ。


「ん? ミス?」

「固まってる?」


 ざわめきが広がった、そのコンマ数秒後。

 孔明が、スッと顔を上げた。

 焦りなど微塵もない。王が民を見下ろすような、圧倒的なタメ。

 彼が指を鳴らすと同時に、他のメンバーが一斉に弾けた。


(今だ! 接待ゴルフ打法・あえての遅延スタート!)


 孔明の動きは、周囲よりわずかに遅れている。

 だが、それが逆に、孔明が周りを操っているように見せた。

 まるで、クモの糸が張り巡らされているかのように。

 まるで、マリオネットを操るかのように。

 このリズムのズレが、ミスではなく演出だと認識させる。


(よし、順調! 次はゴウタ!)


 筋肉ダルマのゴウタが前に出る。

 彼の丸太のような剛腕が、目の前の空間を薙ぎ払う――かに見えた。

 だが、その指先は絹糸を紡ぐように繊細で、品がある。


 ――秘儀、一億円の契約書・奉納の舞!!


 ゴウタの瞳が血走る。「落としたら倒産、落としたら倒産」という強迫観念が、彼の筋肉にブレーキをかけた。

 その絶妙な力加減が、奇跡的なラグジュアリーさを生み出している。


「な、なんだあの動き」

「ゴリラなのに妖精みたいだ!」


 客席からどよめきが起きる。


(イイ! いける!)


 だが、ステージには魔物が棲んでいた。

 サビ前。

 フォーメーション移動の最中。

 緊張で足がもつれたメンバーの一人が、俺の導線上に倒れ込んでくる。


(ッ?! 衝突コース!)


 避ければフォーメーションが崩れる。ぶつかれば転倒。どちらにしても失敗の烙印が押されてしまう。

 どうする――?

 俺の社畜脳が、0.1秒で最適解を弾き出す。


(これだあぁぁぁ!)


 俺は倒れ来るメンバーを抱き留め――るのではなく、流れるような動作で彼の手を取った。

 エスコートするように回転させ、逆サイドへ送り出す。


 ――これぞ社畜スキル、エレベーター前の譲り合い!!


『お先にどうぞ』

『あ、恐縮です』


 サラリーマンが狭い廊下ですれ違う際に見せる、あの無駄に洗練された、譲り合いの精神。

 それを、ステップに組み込む。

 はたから見れば、それは高度なペアダンスに見えたはずだ。


「おい見たか今の」

「アドリブ?」

「神対応すぎる」


 客席の評判も悪くない。いいぞ!

 危機を演出に変え、俺は定位置に戻った。

 そして訪れる最大の見せ場。

 ハルカのソロパートだ。


 ふと見ると、ハルカが震えている。

 数千人の視線。Aクラスの圧力。

 声が出ないかもしれない。

 それでも、やるしかないんだ!

 俺は、後ろから小声で囁いた。


「ハルカ、電話だ! 相手は激怒した取引先だぞ!」


 その単語が、ハルカのスイッチを押した。

 ハルカはガバッと前傾姿勢になり、マイクを両手で握りしめ、床に向かって叫ぶ。


『――愛してるなんて、言わないでぇぇぇぇぇ!!』


 それは歌詞だった。が、魂の叫びは「誠に申し訳ございませんでしたァァァ!!」のバイブスそのものだ。

 腹の底から絞り出された高音が、会場の空気をビリリと震わせる。

 悲痛で、切実で、誰よりもエモーショナルな響き。


(イイ! 最高だァ!)


 俺はその横で、ひたすらリズムに合わせて首を縦に振った。

 脳内の上司に向かって、「はいッ!」「仰る通りですッ!」「善処しますッ!」「直ちにッ!」と、高速の相槌を打ちまくる。

 それがハルカの絶叫と重なり、狂気的なグルーヴを生んだ。


「おぉぉぉ!」


 客席の歓声が聞こえる。

 気持ちいい。

 アイドルって、気持ちいいんだ――。


 そして、曲が終わる。

 肩で息をしながら、最後の決めポーズを取った。

 もちろん、メンバー全員での土下座ポーズだ。

 数秒の沈黙。

 そして。


 ――ワアアァァァッ!!!!


 割れんばかりの歓声と拍手が、俺たちに降り注ぐ。

 やった。やりきった!

 横を見ると、孔明がニヤリと笑い、ハルカが泣き崩れ、ゴウタがガッツポーズをしている。

 俺たちのプロジェクトは、成功したんだ。


 ***


 評価タイム。

 ステージ上に並んだ俺たちへ、白鳥レンが声をかける。


「策を練ったな、西園寺。会場の盛り上がりは認めるよ」


 褒めてはいるが、レンの目は笑っていない。

 なんだよ、その目。

 冷たい汗が俺の背中を伝った。

 レンが続ける。


「西園寺の見せた、個々の欠点を隠し、長所だけを一点突破で見せる構成。エンターテインメントとしては優秀だ。……だが」


 レンの言葉が、冷水を浴びせるように響く。


「中間チェックから進化してないよね? オーディションって、成長を見てるんだよ。奇策は二度も通じない。基礎能力の低さは、誤魔化しきれていない」


 会場が静まり返る。


「正直、がっかりだよ。そこ、よく考えてほしかったな」


 そう言って、レンはマイクを置いた。

 視界がぐにゃりと歪む。

 たしかに、そうだ。成長を見せる。俺は、そんな基本的なことを忘れていた。

 ここは商談の場ではないのだ。

 自分たちの良いところを見せるだけでは、駄目だった――。


「では、合格者を発表します」


 黒沢プロデューサーの声が響く。


「竹ノ内孔明」


 名前を呼ばれた孔明がブルリと身体を震わせ、「ありがとうございます!」と頭を下げた。


 「協調性は皆無だが、華がある。次の審査に進んでください。それから――」


 黒沢プロデューサーが机の上へ視線を落とした。


 「湊ハルカ。メンタルに難ありだが、あの歌声は武器だ」


 プロデューサーは、ふう、とため息をつく。


「あとはね、本当に酷かった」


 そう言って、黒沢プロデューサーは目を閉じてしまった。

 ……え?

 それは、合格者は以上ってこと?

 手足の先が冷える。血の気が引いていく。


「西園寺ルキ」


 目を開いたプロデューサーが俺を見る。


「スキルは最低。でも、現場対応力と、チームをここまで持ってきたマネジメント能力は評価する」

「は、はあ」


 なんだ、その慰めの言葉は。

 そう思う俺に、プロデューサーはニヤリと笑いかけた。


「ギリギリだ。……合格」

「やっ――」


 やったあ、と言いかけて、慌てて口を閉じる。

 まだ名前を呼ばれていない人がいる。

 結果を聞かなければ。

 しかし――。


「残りは不合格。退場してください」

「え……?」


 無慈悲な声が響いた。

 ゴウタが顔を上げる。他のメンバーも、呆然としている。


「ちょっと待ってください!」


 俺は思わず声を上げた。


「彼らがいなければ、このステージは成立しませんでした! ゴウタのあの動きがあったから……!」

「西園寺」


 ダンストレーナーのレンが俺を睨む。


「これはチーム戦ではない。個人のサバイバルだ」


 レンは冷徹に言い放った。


「お前の演出で彼らは輝いた。が、彼らには、自力で輝こうとする姿勢が足りない」


 レンの言葉に、歯を食いしばる。

 俺は知っている。これが社会だ。

 プロジェクトが成功しても、リストラの対象になれば、あっさり切られる。

 俺はそれを、何度も見てきたじゃないか。


「ルキ、いいんだ」


 ゴウタが、震える声で言った。

 その目には涙が溢れていたが、口元は笑っている。


「俺、人生で初めて、あんな拍手もらったよ。お前の言う通り、丁寧にやってよかった。ありがとうな、マネージャー」

「ゴウタ」


 退場を促され、ゴウタたちがステージを降りていく。

 その背中は、練習の時よりもずっと小さく見えた。

 Fクラスで残されたのは、俺と、孔明と、ハルカだけ。

 スポットライトが俺たち三人を照らす。

 それは栄光の光のはずなのに、俺には、仲間を切り捨てて生き残った罪人への、尋問のように感じられた。


 サバイバルオーディション。

 これが、誰かを蹴落として上がるということ。


(背負うしか、ないのか)


 去っていくゴウタたちの背中に、俺は深く、深く頭を下げた。

 それはパフォーマンスでも社畜スキルでもない。

 ただの、田中洸希としての、心からの謝罪と感謝だった。


 こうしてFクラスは消滅し、俺たちはさらなるサバイバルへと足を踏み入れることになったのだった。

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