35 7つの王冠
「それでは、投票結果を発表します」
MCの声に導かれ、俺とタクミはステージの中央へ歩み出た。
タクミが俺を見て、ふわりと微笑む。そこにはただ、ライバルをたたえ合う穏やかな視線があった。
「栄えある第1位は」
静寂。世界中の視線が、俺たち二人に注がれる。
「帝都タクミ!」
王者の名前が呼ばれた。爆発的な歓声がスタジオを揺らす。
やはり王座は揺るがない。
悔しさはなかった。胸の奥から込み上げてくるのは、熱い、溶けるような安堵感だ。
(届いたんだ)
タクミが俺に歩み寄り、右手を差し出してきた。俺はその手を握り返す。
「怖かったです。あなたが」
タクミが耳元で囁いた。
その一言だけで十分だった。何も持たなかった俺が、最強の怪物を震え上がらせる存在になれたのだ。
スタッフからマイクを渡される。
2位としてのスピーチを控え、スポットライトが俺一人を射抜く。客席のペンライトが、俺の色で揺れている。
俺は震える唇を開いた。
「正直、夢を見ているみたいです」
声が震える。俺は客席の奥、暗闇の向こうを見つめた。
そこには、かつての俺――田中洸希がいるような気がした。
「俺は、空っぽな人間でした」
言葉が溢れ出してくる。
「毎日、何かに追われるように生きて。自分が何者かも分からなくて。誰の記憶にも残らず、ただ消費されて。世界のどこにも、俺の居場所なんてないと思っていました」
それは前世の俺への手向けであり、懺悔だった。
誰にも真に必要とされず、ただ会社のため孤独に死んでいった、あの日の俺。
「でも」
俺は顔を上げた。目の前には、泥だらけになって一緒に戦った仲間たちがいる。涙を流して俺の名前を叫んでくれるファンがいる。
「この場所で、最高の仲間に出会えました。ぶつかり合って、支え合って。初めて、自分の色を見つけることができました。グレーだった俺の世界に、みんなが光をくれたんです」
涙が頬を伝い、顎から滴り落ちる。
もう、過去の鎖に縛られるのは終わりだ。
俺は息を吸い込み、カメラの向こうを見据えた。
「俺は今日、ここで過去の自分と決別します。何者でもなかった俺はもういません」
俺は胸に手を当て、高らかに宣言した。
「俺は、アイドル『西園寺ルキ』として生きていきます。……あなたと一緒に!」
会場中から割れんばかりの拍手が降り注ぐ。
それは、田中洸希への鎮魂歌であり、西園寺ルキとしての産声だった。
そして。
俺とタクミがそれぞれの順位の席に着き、また静寂が訪れた。これから最も残酷で、最も劇的な瞬間がやってくる。
今から決まるのは、デビューメンバー最後の1枠。第7位の発表だ。
モニターに映し出された候補者は3名だった。その中に、湊人とARATAがいる。
(っ……)
息を飲む。チームWildfireを支えた、特攻隊長とムードメーカー。二人三脚で会場を沸かせた二人が、たったひとつの椅子を争うのだ。
「第7位は」
長い、長い沈黙。
誰もが息を呑み、祈る。
「持ち前の明るさと活気でチームを盛り上げました。……、……湊人!」
名前が呼ばれた瞬間、湊人は目を見開き、信じられないという顔で立ち尽くした。全身の力が抜けたようで、今にも倒れこみそうだ。その瞬間、誰よりも早くARATAが動いた。
「っしゃあ! 湊人ッ!」
ARATAが満面の笑みで湊人の肩を抱き寄せ、強く揺さぶった。
「やったな! お前ならやると思った!」
呆けていた湊人がまじまじとARATAを見て、顔を引きつらせていく。
彼は気づいてしまった。湊人の名前が呼ばれたということは、ARATAの名前は呼ばれなかったということだ。
「……ッ、ARATA……」
湊人の目から大粒の涙が溢れ出した。湊人はARATAの腕を掴み、首を横に振る。
「俺じゃねえよ。俺なんかより、ARATAの方が……。だって、俺……あんたのおかげで頑張れたのに」
罪悪感と悲しみが喜びを塗りつぶしていく。そんな湊人の肩を、ARATAはバシンと強く叩いた。
「シケた面すんな」
ARATAは笑っていた。目元は赤く滲んでいたが、その口元は力強く弧を描いている。
「お前が選ばれたんだ。選んでくれた多くのファンの気持ちを無下にする気か? いいから行けよ、湊人。胸を張って行け」
「でも」
「俺の分まで吠えてこい! 俺たちの心を、お前が連れて行くんだよ!」
ARATAが湊人の背中をドンと押した。
それは、夢を託す者から託される者への、力強いエールだ。
湊人は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、ARATAの目を見た。湊人は何度も頷き、袖で涙を拭う。そのまま決意を込めて、ステージへと上がっていった。
*
放送が終了し、カメラの赤いランプが消える。華やかな紙吹雪が積もるステージに、7人のデビューメンバーだけが残っている。
帝都タクミ、西園寺ルキ、桐生、リクト、JO、ケイト、湊人。
グループ名はSeven Crowns。これから俺たちが背負う、王冠の名前だ。
客席の照明が落ち、スタッフたちが撤収作業を始めている。
祭りの後の独特な静寂の中、俺はふと、誰もいないステージの袖を見た。暗闇の中に人影が見えたのだ。
くたびれたグレーのスーツ。猫背で、疲れ切った顔をした男。
――田中洸希。前世の俺だ。
彼は眩しそうにステージ上の俺を見つめていた。そして小さく頷き、満足そうに微笑む。
彼の口が、「よかったな」と動いた気がした。
彼はゆっくりと背を向け、暗闇の奥へと歩き出す。その背中は、もう重たくなかった。
(さようなら、俺。そして、ありがとう。俺の人生)
お前が必死に生きてくれたおかげで、今の俺がある。
俺はお前で、お前は俺だ。
「行くぞ、ルキ!」
桐生の声がして振り返る。新しい仲間たちが視界に飛び込んできた。
タクミが手を差し伸べ、JOが微笑み、湊人が目を擦りながら笑っている。そこにあるのは、鮮やかな色彩の世界だ。
大きく息を吸い込む。俺にはもう、迷いはない。
「ああ、行こう!」
光の中へ歩き出す。
社畜だった男の物語はもう終わり。今から、最高のアイドルの物語が始まる。




