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社畜スキルでアイドルに?~死んだ社畜おじ、サバイバルオーディションを生き残る~  作者: 無限大


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34/35

34 審判

 熱狂の嵐が去り、会場は深海のような静寂に包まれていた。

 ステージの上には、生き残った20名の練習生が一列に並んでいる。

 頭上から降り注ぐ無機質なスポットライト。その白すぎる光が、俺たちの顔から血の気を奪っていく。

 審判の時だ。MCが重々しく口を開く。


「これより、デビューメンバーを発表します」


 会場の空気がピリリと張り詰める。


「新たなグループとして羽ばたくことができるのは、……7名です」


 ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。

 7名。俺は震える手を隠すように、強く拳を握りしめる。少ない、というのが正直な思いだ。デビューは10人前後じゃないかと、以前、不確かな情報を誰かが言っていた。が、やはりそんなに甘くはない。

 もちろん、俺はやりきった。悔いはない。だが結果が出るまでのこの時間は、いつだって心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような恐怖がある。

 俺の最高順位は11位。デビュー圏内に入ったことのない俺にとって、この7つの席はあまりにも遠い。


「下位の順位から発表します。ただし、ボーダーラインである7位は一番最後に発表します。では、第6位の発表です」


 静寂。数千人の観客が息を止め、その瞬間を待っている。


「その歌声は、天から降り注ぐ光。傷ついた人々の心を癒やす、天使の歌声を持つ練習生です」


 MCの言葉に、会場の一部がざわめく。天使の歌声。該当者は限られる。俺じゃないことは確かだ。


「第6位……ケイト!」


 わぁっ! と歓声が爆発する。

 Diamond Crownのメインボーカルを務めたケイト。彼は名前を呼ばれた瞬間、崩れ落ちそうになり、隣にいたタクミに支えられていた。みんながケイトの周りに集まって、肩をたたき、言葉を投げかけ、彼を祝福する。――本当は、そんな余裕なんてないのに。

 透き通る高音を持つ彼は、涙を流しながら深々と頭を下げ、ステージ中央へと歩み出た。


(納得だな)


 実力者であるケイト。彼の感動のコメントを聞きながら、俺は胸の奥が冷えていくのを感じた。ケイトがデビューを掴んだのは、至極当然のことだ。でも、彼で6位なら、俺はどうなる?

 俺は目をぎゅっと閉じ、感情を押し殺した。


「続いて、第5位の発表です」


 再び、真空パックされたような息苦しさが訪れる。


「彼は、嵐の中でも決して揺らがない大樹。迷えるメンバーを導き、チームの精神的支柱となった練習生です」


 その紹介文を聞いた瞬間、俺の胸がドクンと跳ねた。揺らがない、精神的支柱。それは――。


「第5位。……JO!」


 会場が揺れた。

 JO。俺たちのリーダーだ。

 JOは名前を呼ばれた瞬間、驚いたように少し目を見開き、それから静かに合掌した。マイクの前に立つ彼の姿は、後光が差しているように見える。


「ありがたいことです。この身を捧げ、チームの柱となれるよう精進してまいります」


 その落ち着いた声に、俺は張り詰めていた息を吐き出した。

 だけど、俺の心は晴れない。焦燥感と、諦めに近い感情がせめぎ合って、窒息しそうだ。

 モニターに映し出された順位を見て、首を振る。

 俺の実力で、これより上の順位に入れるわけがない。

 呼ばれる可能性があるとすれば、せいぜい6位か7位だ。6位でも5位でもないなら、もう7位にかけるしかない。


「第4位」


 MCの声が続く。


「王の隣で、静かに刃を研ぎ続けた参謀。その知性と冷静さで、グループの頭脳となる男」


 王の隣。参謀。

 ……あいつしかいない。会場内もそれを察したのか、どよめきが起こる。


「第4位。……リクト!」


 ずっと2位を走っていた男が、4位。リクトは思いのほか低い順位に一瞬だけ顔を歪め、静かに一礼した。

 会場から「おめでとう!」という声が飛ぶ。が、会場内には動揺した空気が広がっている。


(あのリクトが、4位)


 正直、リクトはタクミと1位を争うだろうだと思っていた。

 それでも、最後の最後に順位が落ちる。誰が脱落するかわからない。まさにサバイバルだ。


(……終わったな)


 絶望が黒いインクのように心に広がっていく。人気者であっても順位は落ちる。じゃあ、最高順位が11位だった俺は、どうなる?

 20人中、最下位かもしれない。何も残せず、消えていくのかもしれない。

 絶望と共に、前世の記憶がフラッシュバックする。

 誰にも名前を呼ばれず、誰の記憶にも残らず、ただ消費されて死んでいった田中洸希の人生。

 俺はまた、あそこへ戻るのか。スポットライトの外側へ。


「いよいよトップ3です。第3位」


 MCの声が、遠くから響くように聞こえる。


「一度は翼を折られた不死鳥。地獄の業火をくぐり抜け、最強のエースとして帰還した練習生です」


 翼を折られた不死鳥と聞いて、ピンときた。あいつしかいない。


「第3位。……桐生!」


 爆発的な歓声。桐生が拳を突き上げる。彼は晴れやかな表情でステージ中央へ歩み出た。

 残るは1位と2位。そして、最後の7位のみだ。

 俺の隣でARATAが祈るように手を組んでいる。湊人が唇を噛み締めて下を向いている。彼らですら、まだ呼ばれていない。


(……すごいな)


 俺はふと、他人事のように思った。

 このオーディション期間は、まさに夢のような時間だった。社畜だった俺が、こんなにすごい人たちの中で、あんなに輝くステージに立てた。凄いことだ。これ以上のことを望んだら、バチが当たる。

 俺はゆっくりと息を吐き、覚悟を決めた。

 せめて最後は、選ばれた人たちに笑顔で拍手を送ろう。

 上位合格者をしっかり見届ける。それが、これまで一緒に戦ってきた俺にできる最後のことだ。


「それでは、1位候補を発表します」


 MCの声が響く。会場の照明が落ち、巨大なモニターだけが光を放っていた。誰もが息を呑んでいる。

 モニターが左右に分割された。

 パッと左側に映ったのは、涼しげな顔をした帝都タクミ。

 そして右側には、呆然と口を開け、魂が抜けたような顔で立ち尽くす俺が映った。


「……え?」


 思考が停止する。

 間違いか? 放送事故? スタッフが映像を出し間違えた?

 会場内が過去一大きな歓声に包まれている。それを間抜けな顔で聞いている俺が、延々と映し出されている。なんで切り替わらないんだよ。

 ひと呼吸おいて、MCが高らかに叫んだ。


「1位候補は、帝都タクミ! そして、西園寺ルキ!」


 ――ドォォォォォンッ!


 比喩ではなく、本当に地面が揺れた。

 地鳴りだ。数千人の観客が、一斉に俺の名前を叫んでいた。悲鳴に近い歓声。驚愕と、熱狂の渦。


「ルキ! ルキ! ルキ!」


 会場中が俺の名前を呼んでいる。音の圧力で鼓膜が痛い。視界が白い光で埋め尽くされる。

 隣にいたARATAが、驚きのあまり飛び上がり、俺の肩を激しく揺さぶっているのが見えたが、何を言っているのか全く聞こえない。

 膝から力が抜けた。俺はよろめき、その場にへたり込みそうになるのを、必死で堪えた。


(嘘だろ? 何も持っていなかった、俺が?)


 モニターの中で、呆然とする俺と不敵に微笑むタクミが並んでいる。

 今まさに、運命の審判が下されようとしていた。

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