33 熱を帯びたステージ
ついに、その時が来た。
数千人の観客が埋め尽くす特設ステージ。無数のペンライトが揺れ、地響きのような歓声が轟いている。
サバイバルオーディション、最終ステージ。
生放送のカメラが回る。その向こうには、数百万人の視線がある。今日の投票で、デビューメンバーが決まる。
「ファイナルステージ、スタートです!」
MCの絶叫と共に、照明が落ちた。
先攻は帝都タクミ率いるDiamond Crownだ。
ステージが冷たく澄んだロイヤルブルーの光に包まれる。
スモークの中から現れた10人のシルエットは、神話の彫刻のように美しかった。
イントロが流れる。
壮大なストリングスと、最新のビートが融合したEDMナンバー。
センターのタクミが、スッと指先を天に掲げる。そのたったひとつの動作で、会場の空気がピンと張り詰めた。
(凄い)
舞台袖でモニターを見つめながら、俺は息を呑んだ。
中間評価の時とは、さらにレベルが違う。
10人のダンスは「揃っている」という次元を超えていた。まるでひとつの巨大なクリスタルが、光を乱反射させながら回転しているようだ。
足音すらしないような浮遊感。メインボーカルのケイトが、透き通るようなハイトーンボイスでサビを歌い上げる。参謀のリクトが、計算し尽くされた完璧な導線でフォーメーションを繋ぐ。
そして、帝都タクミ。彼はカメラに向かって、微かに微笑んだ。
慈愛と、絶対的な自信に満ちた王者の笑み。会場から悲鳴のような歓声が上がる。
審査員席で、ダンストレーナーの白鳥レンが溜息をつくのが見えた。
「鳥肌が立つな。これは練習生のレベルじゃない。完成された芸術品だ」
隣でプロデューサーの黒沢も頷く。
「欠点のないことが欠点になり得るが……。タクミ君がいることで、それが神聖さに昇華されている。勝負あったかな」
彼らがそんな言葉を吐いていたことを、俺はあとから知った。
曲が終わる。
完璧なフィニッシュ。
誰もが「彼らの勝ちだ」と確信するほど、絶望的なまでの美しさだった。
タクミたちは優雅に一礼し、ステージを去る。その背中はあまりに遠く、高く見えた。
*
会場の余韻が冷めやらぬ中、セットチェンジが行われる。
俺たちWildfireのメンバーは、暗闇の中で円陣を組んだ。
「ビビってんじゃねえぞ」
桐生がニヤリと笑った。その目はギラギラと輝いている。
「あっちが氷の城なら、俺たちは溶岩だ。全部溶かしてやれ」
「南無。地獄の業火で焼き尽くしましょう」
JOが穏やかに言い放ち、ARATAがパンと手を叩いた。
「よっしゃあ! かましてやろうぜ!」
「おう! 噛みついてやらあ!」
湊人が吠える。
俺は深く息を吸い込んだ。
恐怖はない。あるのは、腹の底から湧き上がる熱だけだ。
「行くぞ。俺たちの生き様を見せつけろ!」
俺たちはステージへ飛び出した。
照明が真っ赤に染まる。
不穏なサイレンの音と共に、重低音のベースが響き始めた。
俺たち10人は地面を這うような低い姿勢で構える。
静寂を切り裂くように、ARATAがマイクを握りしめ、叫んだ。
「Wake up!! Wildfire is here!!」
ドォォォンッ!
爆発音と共に、俺たちは一斉に床を踏み鳴らした。
Diamond Crownのような軽やかさはない。あるのは、質量だ。
10人が全力で地面を叩きつける音。ズシン、ズシンと、会場の床そのものが揺れる。
「な、なに⁈」
観客がざわつく。
形は不揃いにすら見える。シオンは独特の軌道を描き、湊人は荒々しく暴れ、イブキはしなやかに絡みつく。だが、全員が腰を落として観客を睨みつけ、グルーブを完全に一致させていた。
桐生の修正が効いている。
個性を殺さず、全員が同じ深さでビートを共有する。
バラバラに見えるのに、巨大なひとつの生き物のようにうねるグルーヴ。
「Haaa!!」
トウマが野太い咆哮を上げ、JOがそれを安定した低音ボーカルで支える。
ラップトレーナーのKENZIが、席から立ち上がって頭を振っていた。
ダンストレーナーの白鳥レンも、目を見開いて身を乗り出している。
(いける! 心に訴えかけられてる!)
会場の空気が変わる。
最初は呆気にとられていた観客たちが、次第にその重低音に体を揺らされ始めていた。
ただ鑑賞しているのではない。共鳴だ。
そして、ラストのサビ前。
音がブレイクし、一瞬の静寂が訪れる。センターに立つ、俺。スポットライトが俺だけを射抜いた。
俺は踊った。
前世で押し殺してきた感情。誰にも認められず、ただ消費されて死んでいった田中洸希の叫び。そして今、仲間と共に生きている西園寺ルキの喜び。その全てを指先に、視線に、汗の一滴にまで乗せて、客席へ叩きつける。
(見ろ! 俺はここにいる!)
鬼気迫る俺の表情が、巨大モニターでアップになる。
「……ッ!」
舞台袖で見ていた帝都タクミが、息を呑んだのが分かった。
プロデューサーの黒沢が、震える手で眼鏡を直している。まるで、スターを見つけたときの驚きを隠しきれないように。
俺が右手を突き上げる。
それに呼応するように、桐生が、JOが、全員が俺の背後に集結する。
ラスサビの爆発。
「Burn it up!!」
会場中が総立ちになった。
誰もが手を挙げ、俺たちと一緒にジャンプしている。青かったペンライトの海が今は真っ赤に染まり、燃え上がっている。
限界まで体を酷使し、酸素が足りない。意識が飛びそうだ。
だが、楽しい。死ぬほど楽しい。
――ジャンッ!
最後の音が鳴り止むと同時に、俺たちは倒れ込むようにフィニッシュのポーズを決めた。肩で息をする俺たちの耳に、一瞬の静寂の後、爆発的な轟音が降り注いだ。
歓声。悲鳴。
そして、誰からともなく声が上がる。
「アンコール! アンコール!」
オーディション番組のファイナルステージで、アンコールが起きるなんて前代未聞だ。
俺は汗だくの顔を上げ、隣にいた桐生を見た。彼もまた、汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ニカッと笑っている。
「……やったな」
「ああ、最高だ」
俺たちは立ち上がり、互いの拳をぶつけ合った。
俺たちは確かにこの会場を、そして世界を燃やしたのだ。
ステージを降り、裏通路へ入る。
そこにはDiamond Crownのメンバーが待っていた。
タクミが俺たちの前で足を止める。その涼しげな顔に、初めて焦りの色が滲んでいた。彼は俺と桐生を交互に見つめ、悔しそうに口元を歪めた。
「熱かったです。少しだけ、火傷しました」
思ってもない言葉だ。まるでタクミが俺たちを脅威に思ったみたい。
その隣を、ボーカルトレーナーの勝又がハンカチで目頭を押さえながら通り過ぎる。
「君たち最高だったよ。これじゃあ、投票の結果は誰にも読めないな」
そんな言葉に胸が躍る。
全てのパフォーマンスが終わった。いよいよ運命の時が来る。
俺は震える手を強く握りしめた。
デビューメンバーがいま、決定する。




