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社畜スキルでアイドルに?~死んだ社畜おじ、サバイバルオーディションを生き残る~  作者: 無限大


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31/35

31 すべてを飲み込むグルーブ

 全体の撮影が終わったあと、スタジオを飛び出した俺は、あてどなく夜の闇を走っていた。

 桐生が行きそうな場所に心当たりなんてない。だが、あいつのプライドの高さと今の心理状態を考えれば、人が大勢いるような場所には行かないはずだ。俺はひとつの場所を思い出し、裏庭へと続く小道を抜けた。

 ボロボロの広場。そこに彼はいた。


 コンクリートの地面の上、月明かりの下で桐生は踊っている。

 Wildfire。その動きは完璧だ。

 指先まで神経の通った美しいライン。音の粒を正確に捉えるリズム感。回転の軸は微動だにせず、着地音すらさせないほど軽やかである。誰がどう見ても、一流のダンサーの舞だった。


「間違ってねえ」


 桐生は踊りながら、吐き捨てるように叫んだ。


「俺は間違ってねえんだよ! これ以上どうしろってんだ!」


 ダンスの申し子と言われた桐生。彼は自分のダンスに絶対の自信を持っている。それが「汚い」「ノイズだ」と全否定されたのだから、許せるはずがない。痛みがヒリヒリと伝わってくる。


「桐生」


 俺は意を決して声をかけた。桐生は動きを止め、肩で息をしながら振り返る。その目は充血し、苛立ちに満ちている。


「なんだよ。説教しに来たのか? 帰れよ」

「説教なんてしない。迎えに来たんだ」

「あ? 俺がいなくてもいいだろ。俺は浮いてるらしいからよ」

「いや、お前がいなきゃ勝てない。エースは桐生、お前だ」


 俺の言葉を聞いて、桐生は鼻で笑った。


「口先だけで慰めるな。センターはお前。お前が正しいんだろ、全部。……クソ。俺のダンスの何が悪い。俺は完璧だ。トレーナーの目が節穴なんじゃねえのか。チッ」


 桐生はまだ自分の正しさに固執している。

 俺は何も言わず、上着を脱ぎ捨てて彼の隣に立った。スマホを取り出し、Wildfireを再生する。


「何してんだ、お前」

「踊るぞ」


 俺は体を動かし始めた。

 桐生のような美しいアイソレーションはできない。洗練されたステップも踏めない。ただ、地面を踏みしめ、泥臭く動くだけ。


(汚い。醜い。俺のダンスだって酷評だ。正しくない。でも桐生のダンスも評価されなかった。結局、正解なんて誰もわかってない)


 俺はただ踊るしかなかった。

 踊り続けて、何かを掴むしかない。

 桐生がそうしていたように、俺も踊る。


 そんな俺のダンスを、桐生は馬鹿にしたような目で見ていた。

 だが、次第にその表情が変わっていく。

 苛立ちが消え、探るような困惑したような目をした桐生は、俺の動きを凝視し、何かを確かめるように自分の足元を見た。


「待て」


 サビに入ったところで、桐生が俺の腕を掴んで止める。


「なんだよ。下手すぎて見てられないって?」

「ああ、下手だ。……だが、重い」


 桐生が真顔で言う。その声は侮蔑ではなく、冷静な分析の色があった。


「重い?」

「ルキ。お前、音の取り方がおかしいんだよ。ジャストのタイミングより、ほんの少し遅れてる」

「……悪かったな、下手で」

「いや、悪くない。必死すぎて体が沈んでるのか? 重心が低く、重みがある」


 桐生はブツブツと独り言を言いながら、俺の周りを回り始めた。


「俺はずっと、この曲を綺麗に踊ろうとしていた。音の粒を点で捉えて、鋭く、高く。それこそ、Diamond Crownのように」


 桐生がまるで真実の扉を開くように、はやる気持ちを乗せた声で言う。


「だが、この曲はWildfireだ。空を飛ぶ曲じゃねえ。地面を這いずり回る曲だ。必要なのは重さ。重厚感。計算された苦しみ……?」


 桐生がハッとしたように顔を上げた。


「ルキ。もう1回だ」


 桐生の目が鋭く光る。


「俺に合わせようとするな。お前の一番重たいリズムで、全力で床を踏み抜け」

「あ、ああ」


 再び音楽が鳴る。

 俺は無心で踊った。疲労で重くなった体を、重力に任せて叩きつける。

 ズシン、ズシン。不格好な足音が響く。


 その隣で、桐生が動いた。

 驚いた。彼のダンスから、鋭利さが消えている。

 膝を深く曲げ、腰を低く落とす。俺の鈍重なリズムに、桐生のスキルが同調する。

 俺が踏み込む瞬間、桐生も踏み込む。

 二人の足音が重なり、倍の音量となって響く。グルーブが完全に一致する。


「……ははッ」


 踊りながら、桐生が乾いた笑い声を上げた。


「これかよ。これだったのかよ!」


 曲が終わる。俺たちは肩で息をしながら、夜空を見上げた。


「ハァ、ハァ。桐生、なんかわかったのか?」

「ああ。お前らの泥臭さ、俺が重厚なビートに変換してやる。汚いなんてもう言わせねえ。俺がまとめてやるよ」


 バラバラだったはずの呼吸が、今は心地よく揃っている。


「俺は完璧の意味をはき違えていたみたいだ。合わせるのはシルエットじゃねえ。質感だ」


 桐生が俺を見た。その目には、もう迷いも傲慢さもない。


「戻るぞ、ルキ。修正だ。一睡もさせねえから」

「望むところだ、鬼軍曹」


 俺たちは拳を軽くぶつけ合い、寮へと走り出した。

 練習室へ戻る。

 メンバー全員が桐生の帰りを待っていた。


「みんな、すまなかった」


 開口一番、桐生が深く頭を下げた。

 ARATAが目を丸くし、湊人が口を開けたまま固まる。あのプライドの塊だった桐生が、自分の非を認めて頭を下げている。


「俺の指導は間違っていた。俺のエゴを押し付けて、このチームの良さを殺していた。本当にすまん」


 みんなが顔を見合わせる。誰も口を開かない。

 そんな中、頭を上げた桐生は、真剣に言った。


「残り時間はないが、修正を行う。俺についてきてもらいたい」


 静寂。

 それを破ったのは、JOの穏やかな拍手だった。続いてトウマが、真琴が、全員が力強く頷く。

 誰も桐生を責めなかった。彼の本気を、全員が知っていたからだ。


「で、どうすんだよ? また指の角度合わせか?」


 湊人が憎まれ口を叩く。桐生はニヤリと笑い、首を横に振った。


「いや。全員、腰を落とせ。もっと低くだ」


 桐生はスタジオの中央に立ち、床をドンと踏み鳴らした。


「とにかく音を聞け。音を踏み潰せ。ワイルドに、力強く」


 新しい指導が始まった。

 それは窮屈な矯正作業ではない。全員で円になり、同じリズム、同じ重心で、地面を揺らすセッションだ。


 ズン! ズン!


 不揃いだった10人の個性が、重さという共通言語で繋がり始める。

 鏡に映る俺たちの動きにはズレがある。だが、そこから放たれる殺気と重圧はひとつにまとまり、巨大な塊になって見えた。


(……イケる!)


 鳥肌が立った。

 美しいクリスタルのようなDiamond Crownに対し、俺たちは形を持たない溶岩だ。全てを飲み込み、焼き尽くす。まさにWildfire。

 準備は整った。

 いよいよ、最終決戦の幕が上がる。

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