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社畜スキルでアイドルに?~死んだ社畜おじ、サバイバルオーディションを生き残る~  作者: 無限大


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30/35

30 プライド

 中間評価の日、レッスンスタジオの空気は処刑場のように張り詰めていた。

 長机の向こうに並ぶのは、数々のアイドルを育て上げてきた鬼トレーナーたち。彼らの手元には、俺たちの運命を左右する評価シートが置かれている。


「それでは、課題曲Diamond Crownチーム。スタンバイしてください」


 純白のレッスン着をまとった10人が進み出る。

 センターに立つのは帝都タクミ。彼がスッと右手を挙げた瞬間、スタジオの温度が2度下がった気がした。

 音楽が鳴る。

 瞬間、俺は息をするのを忘れた。


(美しい)


 悔しいが、その一言に尽きた。

 10人の足音が、たったひとつの音に聞こえる。指先の角度、視線の配り方、呼吸のタイミングに至るまで、完全に統制されていた。それは人間味を排除した機械的な正確さではなく、磨き上げられたクリスタルが光を反射し合うような、計算された芸術だ。

 完璧なシンクロ率が生み出す、圧倒的な魅力。リクトが不敵に笑い、ケイトの透き通るような高音が天井を突き抜ける。そしてタクミの王冠をいただくのにふさわしい気品と、誰も寄せ付けない孤高のオーラが空間を支配していた。


(……勝てるのか? これに)


 俺の背筋に冷たい汗が伝う。

 隣で見ていたARATAが口を開けたまま固まり、湊人がギリッと奥歯を噛む音が聞こえた。

 曲が終わる。

 わずかな静寂のあと、トレーナー席から拍手が鳴り響いた。


「文句なしだね」


 ダンストレーナーの白鳥レンが短く告げた。


「修正点が見当たらない。このままデビューしても通用するレベルだと思う。プロの仕事を見せてもらったよ」


 タクミは涼しい顔で「ありがとうございます」と一礼する。その姿は、あまりにも遠い。同じ練習生という肩書きが嘘のように、彼らと俺たちの間には、透明で分厚い壁がそびえ立っている。


「続いて、課題曲Wildfireチーム」


 俺たちの番がやってくる。

 スタジオの中央へ歩き出したが、異様に足が重い。さっき見た完璧な光の残像が、網膜に焼き付いて消えない。


「気合入れろ。俺たちは俺たちの戦い方をするだけだ」


 桐生が低い声で囁いた。その声は微かに震えていたが、俺たちは頷き合った。

 そうだ。綺麗に勝つ必要はない。泥臭く、熱く、心を揺さぶればいい。

 JOが呼吸を整え、ARATAがカッと目を見開く。

 音楽がスタートする。


「Make some noise!」


 ARATAの咆哮が炸裂する。

 俺たちは獣のように床を蹴った。

 湊人が怒りを込めて暴れ、イブキが妖艶に舞う。俺は死に物狂いでセンターとして表情を作った。

 熱量は高い。気迫もある。

 今までで一番のパフォーマンスができているはずだ。


 だが。

 鏡に映る自分たちの姿を見て、俺は認めざるを得なかった。


(汚い)


 Diamond Crownを見た後だと、俺たちのダンスはあまりにも雑だった。

 腕の高さはバラバラ。ターンの軸もブレている。個性と言えば聞こえはいいが、それは未完成の言い換えに過ぎない。俺たちが必死になればなるほど、その必死さが、タクミたちの余裕との格差を浮き彫りにしていく。

 

 曲が終わった。

 俺たちは肩で息をしながらトレーナー席を見上げたが、拍手はなかった。重苦しい沈黙が、スタジオを支配する。

 やがて、プロデューサーの黒沢がため息交じりにマイクを取った。


「……汚いね」


 その一言が、鋭利な刃物のように俺たちの心臓を突き刺した。


「君たちが情熱とか野性とか言いたいのは分かるよ。でもね、それは基礎ができた上での話だ。今の君たちは、ただ暴れているだけ。ダンスとして成立していない」


 視線が、桐生に向けられる。


「桐生くん。君、ひとりだけ浮いてるよ」


 桐生の肩がビクリと跳ねた。


「君は上手い。でも、周りと合わせようとしていない。いや、合わせるのを諦めたのかな? 君のダンスからは、チームへの苛立ちしか伝わってこない」


 図星だったのだろう。桐生の顔から血の気が引いていく。トレーナーは容赦なく、決定的な宣告を下した。


「はっきり言うけど、さっきのDiamond Crownを見た後だと、君たちは前座にしか見えない。いや、彼らを引き立てるためのバックダンサーなら、いい仕事ができるかもね」


 バックダンサー。主役にはなれない、引き立て役。

 それは、アイドルを目指す俺たちにとって最大の侮辱だ。


「……っ」


 湊人が何かに噛みつこうとするように前へ出ようとしたが、JOがそれを制した。

 反論できない。悔しいが、プロの目は正しい。俺たちの熱は、技術の拙さを隠すための言い訳だ。俺たちは無言で立ち尽くすしかなかった。

 その時、視界の端でタクミがこちらを見ているのに気づいた。

 ただ無関心に、路傍の石を見るような目で、かつてのチームメイトである桐生を見ている。


(ああ、そうか)


 俺は悟る。

 タクミにとって、桐生はもうライバルですらないのだ。過去の遺物。その無関心こそが、何よりも残酷な答えだ。

 桐生もまた、タクミのその目に気づいてしまった。


「……クソ」


 小さく呟いた桐生は、脱兎のごとくスタジオの出口へと走り出した。


「おい、桐生!」


 俺の声も、トレーナーの制止も届かない。

 桐生は扉を乱暴に扉を蹴破り、逃げ出した。

 プライド。執念。努力。積み上げてきた全てを、圧倒的な才能と現実に否定された桐生の背中は、あまりにも小さく、惨めだった。

 残された俺たちWildfireのメンバーは、凍りついたように動けなかった。

 スタジオには冷ややかな静寂だけが残っている。


「本番まであと3日だけど」


 ダンストレーナーのレンが感情のない声で告げた。


「このままだと、放送事故になるよ」


 最悪だ。

 エースが逃亡し、実力差は歴然。絶望という名の分厚い雲が、俺たちの頭上を覆い尽くしている。


(チクショウ)


 俺は拳を握りしめ、爪が食い込む痛みを噛み締めた。

 ここで終わってたまるか。ここで終わったら、俺たちは本当にただの負け犬だ。

 顔を上げる。

 行くしかない。あの不器用でプライドだけが高い、傷だらけの鬼軍曹を連れ戻せるのは、泥水をすすってきた俺しかいない。

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