3 プロジェクトマネージャー西園寺ルキ
「あー、あー。本日はお日柄もよく……なんて言ってる場合じゃないな」
俺はスタジオの隅からホワイトボードをガラガラと中央へ引きずり出した。
その音に、喧嘩をしていた孔明と、泣いていたハルカ、そして他のメンバーたちがギョッとして振り返る。
「おい、無能。何してんだ?」
孔明が不機嫌そうに睨みつけてくる。
無能って俺のことかよ。まあ、その通りだけど。
俺は構わず、ボードに赤と黒のマーカーで線を引いた。
「これより、緊急工程会議を始める」
俺の声は、もはや怯えた練習生のものではない。
納期三日前の深夜に覚醒した、プロジェクトマネージャーの声だ。
「は? 何言ってんだお前。頭打ったか?」
「黙って聞け。竹ノ内孔明、君の不満は『周りのレベルが低すぎて練習にならない』ことだな?」
図星を突かれた孔明が眉をひそめる。
「そして湊ハルカくん。君の不安は『自分が足を引っ張って怒られるのが怖い』ことだ。違うか?」
ハルカがビクッと肩を揺らし、コクコクと頷く。
「現状、我々の進捗はゼロだ。このままでは一週間後、全員仲良く『不採用』だ。俺は死にたくない。君たちもそうだろう?」
俺はホワイトボードに素早く工程表を描き殴った。
横軸に時間、縦軸にタスクと担当者名。
「いいか、今の君たちに足りないのは才能じゃない。タスクの切り分けと、リソース管理だ」
俺は手でバンッ! とボードを叩いた。
「竹ノ内、君は今日から『技術顧問』だ。しかし君のダンスは完璧だが、教えるのは下手。だから教えなくていい」
「は? じゃあどうすんだよ」
「君は『俺たちが君の動きに合わせるためのガイドライン』だけをひたすら見せてくれ。君は王様のように踊るだけでいい」
「……王様」
孔明の表情が少し緩んだ。単純で助かる。
「次にハルカ。君は『特任スペシャリスト』だ。ダンスは捨てろ」
「えっ、でも」
「君のリソースは歌に全振りだ。サビのハイノート、あの一瞬のためだけに喉を温存しろ。本番であの一音を外したら、俺たちは終わりなんだ。その責任、負えるな?」
「……っ!」
ハルカが顔を上げる。「全部やらなきゃ」という重圧から解放され、その瞳にわずかな覚悟が宿る。
「他のメンバーは、高得点を取れるふたりのサポート要員だ! 休憩時間のドリンク補充と、タオル管理を担当。俺たちはダンスの竹ノ内、歌のハルカを全力で引き立たせる! それが生存戦略だ!」
俺の熱弁に、呆気にとられていたメンバーたちが、次第に顔を見合わせ始めた。
誰かがボソッと、「なんでFクラスの落ちこぼれに指示されなきゃいけないんだ」と言ったのが聞こえる。
冷たい視線が俺に向く。
「……チッ。まあいい。水、買ってこいよ、マネージャー」
馬鹿にしたように、孔明が俺に指示した。
孔明が受け入れたとなれば、他のメンバーも受け入れずにはいられない。
渋々頷いているみんなの顔が見える。
これなら、なんとかまとまるかもしれない。
俺は最速で自販機へダッシュした。
それから三日間、俺は文字通り馬車馬のように働いた。
孔明がイラつけば絶妙なタイミングで冷えたタオルを差し出し、ハルカがパニックになればスタジオの外で甘い缶ジュースを奢りながら「大丈夫、君の声は世界一だ」とひたすら自己肯定感を高める。
「西園寺さん……ありがとう……」
ハルカが少しずつ、俺の目を見て話してくれるようになった。
ハルカは丸顔で、可愛らしい顔つきをしている。あの伸びやかな高温と相まって、きっと、デビューしても人気者になるに違いない。
「おい西園寺、ここのステップ、お前遅れてんだよ。もっと早く入れ」
孔明は罵倒ではなく、指導するようになっていた。
好き勝手踊って良いって言ったのに、鏡に映るメンバーを見ていたら、「ああしろ」「こうしろ」という指示が頭に浮かぶようになったのだろう。
チームはまとまり始めている。
だが、圧倒的に時間が足りなかった。
物理的な練習時間が足りないのだ。
そして迎えた、中間チェックの日。
ダンストレーナーの白鳥レンが、氷のような視線で俺たちを見つめている。
音楽がスタートした。
(頼む……! うまくいってくれ……!)
俺は祈りながらステップを踏む。
しかし、現実は非情だった。
ズレる。
決定的にズレる。
孔明のダンスは鋭すぎて、周りがついていけない。
俺たちが遅れる分、孔明がイラついてさらに動きを荒くする。
その殺気に当てられたハルカが萎縮し、肝心の歌声が震える。声量が落ちる。
(ダメだ……!)
孔明は「俺を見ろ!」とばかりに突っ走り、ハルカは視線に耐えきれず下を向く。
音楽が止まる。最悪の空気だ。
白鳥レンはしばらく無言でバインダーを見ていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
その目に、光はない。
「……期待外れもいいところだ」
低い声がスタジオに響く。
「竹ノ内、お前はただの暴走列車だ。チームが見えていない。湊、お前はハッキリ言って、ステージに立つ資格がない。観客が怖いなら家に帰って布団にくるまってろ」
孔明は拳を握りしめ、ハルカは泣きそうになっていた。
彼らを見て、俺は視線を落とす。
「そして西園寺」
名前を呼ばれ、俺はハッと顔を上げた。
「お前がリーダー気取りでまとめていたのは知ってる。が、結果はこれか? お遊戯会にもなっていない」
レンが冷酷に言い放つ。
「このチームは解散だ。評価に値しない」
最悪の結末。
この言葉が出た瞬間、俺の社畜センサーがレッドゾーンを振り切った。
駄目だ! ここで終われば、プロジェクトは失敗。全員懲戒解雇!
それだけは防がなければ!
俺は一歩進み出る。
「お待ちください!」
レンの冷たい視線が刺さる。
「何? 言い訳する?」
「いえ、言い訳ではありません。仕様説明です!」
「はあ?」
俺はポケットから折り畳み指示棒を取り出した。
パァンッ!
同時に、後ろ向きのホワイトボードを力いっぱい裏返す。
そこには、徹夜で書き上げた戦略的フォーメーション概要図があった。
「白鳥先生! 先生は今、我々のダンスが『揃っていない』と評価されました。それは誤解です!」
「いや、どこからどう見てもバラバラだっただろ」
「いいえ、違います。これは、あえて揃えていないのです。名付けて、カオス・セオリー・フォーメーション!」
「カオス……、は?」
俺は必死のハッタリをかます。
「現在のエンタメ市場におけるトレンドは、多様性。全員が同じ動きをする軍隊的な美しさは、もはや時代遅れです。我々が目指したのは、それぞれの個性がぶつかり合うことで生まれるビッグバン。個性の造形美です」
俺は孔明を指した。
「竹ノ内を見てください! 彼の突出した動きは、集団からの逸脱を象徴する、反逆のカリスマ。周りが遅れているのではなく、彼が未来を先取りしているのです」
孔明が「え、俺、そうだったの?」という顔でポカンとしている。
「そして湊! 彼が下を向いているのは、自信がないからではありません。圧倒的な歌唱力を爆発させる前の、嵐の前の静けさ。内なるエネルギーを凝縮する演出なのです」
ハルカもまた、涙目のまま驚いて俺を見ている。
「我々は、あえて不協和音を奏でました。それにより、観客へ、違和感という名のフックを引っ掛ける。これこそが、Fクラスの生存戦略なのです! 完成度は現在、計画通り80%! 本番ではこのズレが、芸術に昇華されます!」
一息にまくし立てた俺は、肩で息をした。
スタジオ中が静まり返る。
俺のひたいに、冷たい汗が垂れる。
完全に詭弁だ。通用するのか――?
白鳥レンは俺の顔と、ホワイトボードのめちゃくちゃな理論図を交互に見ている。
彼のこめかみがピクピク動いているような気がした。
……さすがに、怒られるか。この雰囲気、慣れている。怒られる前の静けさ。俺は、直立不動で結果を待つ。
やがて、レンが口を開いた。
「カオス・セオリー・フォーメーション?」
「は、はい!」
「……ふっ、くくく……」
レンが肩を震わせ、笑い出す。
「なにそれ。自分の無能さをここまで堂々と演出って言い張る奴、いる? アハハ」
ひと呼吸おいて、レンの目が鋭く光った。
「西園寺、お前のダンスはゴミだ。でもその口八丁と、チームの欠点を武器に変えようとするプロデュース能力だけは認めてやるよ」
レンはバインダーを閉じた。
「本番、楽しみにしてるからな。そのビッグバンとやらが不発だったら、お前を一番最初に落とす。……いいな?」
「承知いたしました!」
俺は頭を180度近くまで下げる。
レンが出て行った後、俺はその場にへたり込んでしまった。
今になって、全身から冷や汗が吹き出る。
「おい、西園寺」
上から手が差し伸べられた。孔明だ。 彼はニヤリと笑っていた。
「お前、詐欺師の才能あるよ。反逆のカリスマ、悪くねえじゃん」
「そりゃどうも」
ハルカも俺を覗き込んで言う。
「ルキくん、すごかった……僕、エネルギー凝縮してたんだね」
そう言って、小さく笑った。
俺は二人の手を取って、立ち上がる。
未熟で、問題児だらけのチーム。
だが今、俺たちは初めて共犯者になった気がした。
(さて。大嘘ついちゃったけど、あと三日でどうすっかな)
ギリリ、と胃が痛む。
本番まで治りそうになかった。




