29 リーダーの覚醒
練習が続く。
「ユズル、遅い! 移動がワンテンポ遅れてるせいで、全体の絵が崩れてんだよ!」
桐生の怒号が飛んだ。器用貧乏なユズルは、青ざめて縮こまってしまう。
(うぅん)
ユズルの技術力を考えると、これ以上のことを求めるのは酷だと思う。時間的にも、指導の限界だ。どれだけ怒ったところで、どうにかなるものではない。
(……だとしたら)
能力不足を嘆く時間があるなら、上司がその穴を埋めるべきだ。社畜時代、俺はそんな場面をよく見てきた。
ここで穴埋めできるのは、センターとしてダンスの見せ場を担う俺だ。
「ユズル、そのままでいい! 俺が合わせる!」
俺は本来の立ち位置よりも大きく右へ踏み込み、遅れているユズルのスペースを強引に埋めた。さらに、振りを覚えきれていない真琴のために、踊りながら大声で指示を出す。
「次、ターン右! ARATA、視線前だ!」
俺は踊りながら叫び、走り、全員のミスをカバーするために動き出した。
フォーメーションの歪みは俺というパテで埋めてやればいい。俺が最前に居るのだから。
「おいルキ! お前がバタバタしてどうする!」
音楽が止まると、桐生が苛立ちを露わにした。
「センターのお前は軸だろ。お前がフラフラ動いたら、何を見せたいのか分かんねえんだよ!」
「でも俺が動けば粗は隠せるし、帳尻も合う。全体のクオリティは保てるはずだ」
「そうじゃねえ! お前、なんのためのセンターかわかってるか? お前が輝かなきゃ意味がねえんだよ!」
桐生の言い分はもちろんわかる。センターはセンターとして輝くべき。
だが、今は時間がないのだ。最短距離で形にするには、俺の動きでカバーするのがベストだ。
(だったら、やるしかないだろ)
練習が終わり、みんなが眠りについた深夜2時。
練習室で俺は一人、ノートを広げていた。
「ここの移動は真琴が遅れがちだから、俺が視線誘導して誤魔化すか。……ユズルのターンは軸がブレるから、俺が半歩寄って壁になって」
俺は鏡の前で、全員分のパートをシミュレーションし、自分の動きに修正を加えていく。
それはメンバーを成長させるための練習ではない。メンバーの欠陥を隠蔽するために俺の見せ場を削る、後ろ向きな戦術だった。
(俺が動けば、どうにかなる)
疲労で鉛のように重い体を、気力だけで動かす。
俺はWildfireの炎だ。
俺が燃え尽きて灰になっても、チームさえ勝てればそれでいい。そんな悲壮な決意に酔っていた俺は、練習室のドアの隙間から、じっとこちらを見つめる視線があったことに、気付いていなかった。
翌日。
トレーナーによる中間評価を明日に控えた、最後の通し練習。
俺の疲労はピークに達していた。睡眠不足と、過剰な運動量。手足が自分のものじゃないように、感覚がない。
曲がサビに入る。一番激しいパートだ。
視界の端で、ユズルがバランスを崩すのが見えた。
(カバーしなきゃ)
その思考より先に、体が動いた。俺は無理な体勢でターンをねじ込み、ユズルを支えるように動く。
その瞬間。プツン、と意識のヒューズが飛んだ。
――ガクッ。
世界が回転した。気付いた時には、俺は床に転がっていた。センターである俺が倒れたことで、後ろのフォーメーションも将棋倒しのように崩れる。
「――ッ!」
音楽が止まる。
静寂、そして。
「ふざけんな!」
桐生が床を蹴る。
「センターのお前が倒れてどうすんだよ! 本番ならこれで終わりだぞ! 何回言ったら分かるんだ!」
「す、すまん」
俺は震える手で床をつき、立ち上がろうとした。だが、足に力が入らない。
「ユズルもだ! お前がしっかりしねえから、ルキが無理すんだろ! やる気あんのか!」
桐生の怒りの矛先がユズルに向く。ユズルが泣きそうな顔で縮こまる。
(まずい。チームが壊れる)
俺はふらつく足で、桐生とユズルの間に割って入ろうとした。
「やめろ、桐生。俺が不甲斐ないだけだ。俺がもっと動けば」
「まだ言うのか! その自己犠牲が鼻につくんだよテメエ!」
桐生が俺の胸を突こうと手を伸ばす。俺は目を閉じて、衝撃に身構えた。
だが。
――ダンッ!
爆発音のような轟音がスタジオを揺らした。
桐生の手が止まる。全員が凍りつく。
音の出所は床だった。誰かが全力で床を踏み鳴らしたのだ。
全員の視線が、その人物に集中する。
JOだ。
いつもニコニコと穏やかな笑みを絶やさない彼が、今は表情を消し去っていた。開かれたその瞳には、底知れない光が宿っている。
JOが腹の底から声を放った。
「喝ッ!」
空気がビリビリと振動する。
怒鳴り声ではない。魂を直接揺さぶるような、重く、鋭い一喝。桐生ですら気圧され、後ずさる。
JOは仁王立ちになり、静かに、しかし絶対的な威圧感で全員を見回した。
「センターに介護をさせて、自分たちは守られている。恥を知りなさい!」
その言葉はユズルたちだけでなく、厳しく言うだけで支えられなかった桐生、そして何より、自分自身に向けられた刃のようだった。JOは俺の元へ歩み寄ると、強引に俺の肩を抱き、その場に座らせた。
「ルキ。もう動かなくていいです」
「でも、俺がやらないと」
「君の仕事は穴埋めじゃありません。誰よりも高く燃え上がることでしょう?」
JOの手のひらが俺の背中を優しく、強く叩いた。
「土台がグラつくなら、私が支えます。泥を被るのも、リズムを刻むのも、リーダーである私の役目です」
JOは立ち上がり、桐生に向き直る。桐生は何か言おうとしたが、JOの気迫に言葉を飲み込んだ。
「桐生くん。君の理想は正しい。でも、彼らを追い詰めてルキの良さを殺すなら、私が許しません。……文句ありますか?」
そこには、ただ優しいだけの聖母はいなかった。泥の中でも決して揺らがない蓮の花。炎の中でも動じない不動明王。真のリーダーとしての覚悟が、そこにある。
「チッ」
桐生がバツが悪そうに視線を逸らし、舌打ちした。
「分かったよ、クソ坊主」
JOは「ふぅ」と息を吐き、いつもの穏やかな顔に戻る。だがその背中には、以前とは違う、頼もしい大きさが備わっていた。
「では練習を再開します。ルキ。あなたは一旦、そこで見ていてください。よく休むように」
JOがスタジオの中央に立ち、大きくパンッと手を叩いた。
「焦らない。音を聞いて。私の呼吸に合わせて」
JOがリズムを刻み始める。正確で、深く、温かいリズム。それに合わせてメンバーが動き出す。ユズルも、真琴も、JOの呼吸に導かれるように、落ち着きを取り戻していった。
(すごい)
俺が必死にバタバタと走り回って埋めていた穴が、JOの作る空気によって自然と埋まっていく。
(……勝てないな)
俺は床に座り込んだまま、整っていくチームを見上げた。
俺は独りよがりだった。「俺がやらなきゃ」と背負い込み、仲間を信じきれていなかったのかもしれない。やっぱり、JOがリーダーで正解だ。
彼はチームの精神的支柱だ。あとは明日の中間評価で、この歪で熱いチームがプロの目にどう映るかだ。




