28 まとまれ、まとまれ
ARATAのおかげでチームは良い方向へ進み始めた。
が、それはあくまで応急処置だ。絶対に勝つ。そのために、桐生のスパルタ指導はいまだ続いていた。
「湊人。雑」
桐生の冷徹な声が飛ぶ。童顔の熱血漢、湊人が顔を歪めた。
「もっと丁寧に動け。お前のダンスは動きがデカいだけ。見ていて疲れる」
「あぁ? 俺は全力でやってんだよ!」
「それがダメなんだよ。強弱がない。まるで子供が駄々こねて暴れてるみたいだ」
ピキリ、と空気がひび割れる音がした気がした。湊人のこめかみに青筋が浮かぶ。
「子供、だと?」
彼はその愛らしい顔立ちとは裏腹に、ナメられることを極端に嫌う。子供というワードは彼の最大の地雷だ。
桐生はそれを知ってか知らずか、澄ました顔のまま指摘を続ける。
「基礎のできてない奴が暴れても、ガキの遊びにしか見えない。見苦しいんだよ。ガキのお遊びなんかで金がとれるか」
バシャンッ!
湊人が持っていたペットボトルを床に叩きつけた。キャップが吹っ飛び、水飛沫が散る。
「やってらんねえな。丁寧、丁寧って、ここは書道教室か」
「湊人くん、落ち着いて」
桐生を睨みつけ距離をつめる湊人に、リーダーのJOが慌てて止めに入る。沸点を超えていた湊人は、JOの腕を荒々しく振り払った。
「どけよ。おい桐生、テメェさっきから偉そうによォ」
「湊人くん、暴力は駄目です。因果が巡って――」
「うるせえな、説教坊主!」
JOが突き飛ばされ、よろめいた。湊人は猛犬のような勢いで桐生に掴みかかり、胸ぐらを締め上げる。
「俺はガキじゃねえ! その減らず口、二度と利けねえようにしてやろうか!」
「フン。やるか?」
桐生も引かず、冷ややかな目で湊人を見下ろしている。一触即発。完全に喧嘩の空気だ。
俺やトウマが駆け寄ろうとした、その時。
「――フッ。騒がしいな、下等生物ども」
不意に部屋の電気が消された……わけではないのに、空間が暗黒に包まれたような錯覚がした。
「な、なんだ⁈」
全員の視線がひとりの人間に集中する。
シオンだ。
彼は右目を手でおさえながら、ゆっくりと湊人と桐生の間へ歩み出た。
「クッ。貴様らの殺気、我が右腕のブラック・ドラゴンを刺激する」
シオンは急に苦しそうな声をだし、右腕を押さえてうずくまる。
「鎮まれ、我が右腕よ。まだ暴れる時ではない……! 今ここで解放すれば、このスタジオごと虚無に帰してしまう」
あまりの唐突な茶番に、湊人の動きが止まった。
「……何言ってんだお前」
呆気に取られる湊人。だが、カオスはそれだけで終わらない。
「んもう、ダメよシオンちゃん。男の子がカリカリしちゃ肌に悪いわぁ」
ぬるり。
背後から、湊人の腰に手が回された。――イブキだ。
長髪の中性的なダンサーが湊人の耳元に顔を寄せ、あろうことか「ふぅっ」と息を吹きかけたのだ。
「ヒヤッ!」
湊人が素っ頓狂な声を上げて飛びのく。
「な、ななな、何すんだテメェ!」
「だってぇ、湊人くんガチガチなんだもぉん。ほらぁ、肩の力を抜、い、て?」
イブキは妖艶な流し目で、自身の腰をくねらせた。
「男の子なら拳より腰を使わなきゃ。ね? 怒りを情熱に変えてぇ、優しくぅ、激しくよん!」
「き、気持ち悪っ! 寄るな!」
飛び退く湊人の隣で、シオンがまたうめき声をあげる。
「我の結界を破るとは。イブキ、貴様もまた闇の住人か」
「やぁん。シオンちゃんも可愛い顔してぇ。食べちゃおっかなあ」
「貴様ッ! 我に触れるな! 封印が解けるッ!」
「えぇ、なによぉ」
目の前で繰り広げられる、厨二病とオネエのカオスな攻防。
湊人は桐生の胸ぐらから手を離した。その顔からは怒りの赤みが完全に消え失せ、代わりにドン引きの青ざめた色が浮かんでいる。
「なんなんだよ、お前ら」
毒気を抜かれるとはこのことだ。
喧嘩の殺伐とした空気は、一瞬にして変人たちの動物園へと変貌している。
俺とJOは顔を見合わせた。JOは「南無」と小さく呟いている。どうやらトラブルには聖母の祈りより、魔王と蛇の劇薬の方が効くらしい。
騒ぎが落ち着き、シオンとイブキが満足げにストレッチへ戻った後。
湊人は部屋の隅で、膝を抱えてうなだれていた。俺はスポーツドリンクを二本持っていって、彼の隣に座る。
「なんというか、災難だったな」
「なんだよこのチーム。まともな奴いねえのかよ」
湊人がドリンクを受け取り、乱暴に口をつける。俺は苦笑した。
「まともじゃないから面白いんだろ」
湊人は鼻を鳴らし、それから悔しそうに桐生の方を睨んだ。
「俺はガキに見られるのが嫌なんだ。だから必死に強く見せようとしてきた。舐められたくなくて、オラついて。なのに、あの野郎は俺をガキとか言いやがる」
湊人のコンプレックス。強がりは弱さの裏返しだ。
「まあ、ムカつくよな。桐生の言い方」
「ああ。ぶん殴ってやりてえ」
「じゃあ殴ればいいさ」
「は?」
俺の言葉に、湊人が目を丸くする。
「ただし、拳じゃない。ダンスで殴れ」
「……いや、無理だろ。相手誰だと思ってんだよ」
「無理じゃない」
俺は湊人の肩を叩いた。
「お前のエネルギーは凄いよ。さっきJOくんを吹っ飛ばしたパワー、あれをそのままステージで客にぶつけてみろ。多分、全員ビビって腰抜かすぞ」
湊人が押し黙る。
「お前は子供じゃない。それを証明してみせろよ。桐生を黙らせるくらいのパフォーマンスで」
湊人はしばらく黙っていたが、やがてフンと鼻を鳴らし立ち上がった。
「へぇへぇ。言われなくても、やってやるよ。おい変態ども! 練習再開すんぞ! 遅れたら噛みつくからな!」
湊人はシオンたちのいる方へ歩き出し、大声で叫んだ。
シオンが「フッ……野犬が吠えるか」と笑い、イブキが「キャッ、怖い」と喜ぶ。湊人は桐生の前まで行くと、あえて挑発的に顎をしゃくった。
「俺のダンスがガキの遊びかどうか、もう1回見てみな」
桐生が口角をわずかに上げる。
音楽が鳴る。
湊人が動く。
丁寧さなんてクソ食らえだ。だが、さっきまでの雑な暴れ方とは違う。
怒りを推進力に変え、床を踏み抜くような重厚なステップ。睨みつける視線には、確固たる殺気が宿っている。
湊人は子供なんかではない。誰も触れられない、特攻隊長だ。
(大丈夫、大丈夫)
トレーナーによる中間評価まで、あと2日だ。




