表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
社畜スキルでアイドルに?~死んだ社畜おじ、サバイバルオーディションを生き残る~  作者: 無限大


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/35

26 覚悟を燃やす

「いいか。最初に言っておく」


 練習室の鏡の前、ダンスリーダーに就任した桐生が、氷のような視線で俺たち9人を見回した。


「Diamond Crownに勝つ方法はひとつ。練習量だ。あいつらが10やるなら、俺たちは100やる。寝る間も惜しんで、基礎から叩き直す。ついて来られない奴は置いていくからな」


 その言葉に、鬼気迫る覚悟があった。

 タクミにアイドルとして否定された男の、執念の炎。俺たちはその熱に当てられ、深く頷いた。


「望むところだ。やってやろうぜ」


 俺が答えると、桐生はニヤリともせずスピーカーの再生ボタンを押した。

 それが、終わりのない悪夢の始まりだった。


 *


 練習開始から3時間。

 練習室は酸素が薄くなったかのように息苦しい。


「止めて」


 桐生の鋭い声が響く。

 これで何回目だ? もう50回は止めている。


「真琴。お前、今のターンで0.5秒遅れた。そのせいで後ろのユズルが詰まってる」

「す、すみません」

「謝罪はいらねえ。修正しろ」


 真琴が慌てて位置を直す。真琴は何でもそつなくこなす優等生タイプだが、ダンスの専門家ではない。桐生の求めるプロ基準の高さに、明らかに青ざめていた。


「もう1回。頭から」


 音楽が鳴る。激しいビート。

 俺たちは必死に手足を動かす。だが桐生の目は節穴ではない。どんな些細なズレも見逃さない。


「止めて」


 まただ。全員の肩がビクリと跳ねる。


「ARATA、ヘラヘラすんな。動きが軽い」

「いや、俺は楽しくやろうかと」

「楽しいのとふざけるのは違う。客は金を払って見てんだぞ。学芸会じゃねえんだ。真剣にやれ」


 桐生の言葉に、ARATAが押し黙る。いつも練習室を明るくしていたムードメーカーがしょぼんと縮こまる姿は、見ていて苦しかった。

 桐生の言っていることは正論だ。

 技術的に正しい。プロとして正しい。勝つために正しい。

 だからこそ、反論できない。正しさという凶器で追い詰められていく。


 休憩時間。

 緊張感が続いていて、誰も口を開かない。室内には、ただ荒い呼吸音だけが響いている。

 俺はボトルの水を飲みながら、部屋の隅にいるJOと視線を合わせた。JOも眉をひそめ、首を横に振っている。


(まずいな。空気が死んでいる)


 俺は意を決して、桐生に歩み寄った。


「桐生。少しペースを落とさないか? みんな集中力が切れかけてる」


 桐生は鏡から目を離さず、タオルで汗をぬぐいながら答えた。


「休んでる暇なんかねえよ。今のレベルじゃ、タクミたちの足元にも及ばない」

「でも、これじゃチームが壊れる。焦りすぎだ」

「焦る?」


 桐生が振り返り、充血した目で俺を睨みつけた。


「お前、センターに選ばれた時、なんて言った? 『泥水をすすってでも勝つ』『執念を見せろ』そう言ったのはテメェだろ?」

「それは、そうだけど」

「これが泥水だろ! 這いつくばるってことだろ! 口先だけの覚悟ならセンターから降りろ!」


 言葉に詰まった。

 自分の吐いた覚悟が、逆にメンバーを縛り付ける鎖になっている。

 俺には技術がない。桐生の方針を否定できるだけの代案も、実力もない。

 リーダーのJOが困ったように苦笑しながら、俺の肩をポンと叩いた。


「とりあえず、桐生くんに従いましょう」

「……うん」


 歯がゆい思いのまま、またレッスンが始まる。

 レッスンは延々と続き、時刻はもう深夜3時。

 さすがにみんな、心身ともに限界を超えていた。

 激しいステップの最中、ドンッと鈍い音がした。真琴だ。足がもつれ、派手に床に転がった。


「ッ、痛っ」


 真琴が膝を押さえて顔をしかめる。

 駆け寄ろうとした俺やJOよりも早く、桐生の冷たい声が降ってきた。


「チッ。……立てよ」


 見下ろす桐生の目には、心配の色など微塵もない。


「その程度の疲労で足元ふらつかせんのか? タクミなら足の骨が折れてても、顔色ひとつ変えずに踊り切るぞ」

「……タクミ、タクミって」


 真琴は立ち上がらない。うつむいたまま、ポタポタと床に涙を落とし始めた。


「俺たちはタクミくんじゃない!」


 震える声が、静まり返った練習室に響く。

 顔を上げた真琴は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。


「機械みたいに正確に、完璧になんてなれないよ! 俺たちは人間なんだ! こんなの無理だよ!」


 悲痛な叫びだった。それは、ここにいる全員――ARATAも、湊人も、俺ですらも心の奥底で抱えていた感情だ。

 俺たちはエリートじゃない。天才でもない。必死に背伸びをして、傷だらけになって頑張っている。それでも届かない現実が、絶望となって突きつけられた。

 桐生は無表情で真琴を見下ろしていたが、やがて小さく舌打ちをした。


「帰れ。やる気がない奴は邪魔だ」


 真琴は泣きながら荷物を掴み、部屋を飛び出して行った。ユズルが慌てて追いかける。

 残されたメンバーは、床に視線を落としたまま動かない。チームWildfire。その炎は燃え上がる前に、冷たい水で消し止められてしまったみたいだ。


 *


 解散後。

 俺は忘れ物を取ってきたフリをして、こっそりと練習室に戻った。ひとりでもう少しだけ、身体を動かしたかったのだ。

 だが、照明の消えた部屋に、一人だけ残っている気配がある。そっと覗いてみる。

 桐生だ。

 彼は鏡の前で、体育座りをしてうずくまっていた。その手にはスマホ。画面の明かりが、彼の青白い顔を照らしていた。

 流れているのは、ライバルチームDiamond Crownの練習動画だ。


「クソッ」


 桐生の苛立った息づかいが静寂に響く。


「なんで。なんで俺は、そっちにいねえんだよ」


 絞り出すような声だった。


「怖い。負けたくない。負けるのが、怖い」


 震えていた。

 昼間、俺たちを怒鳴り散らしていた鬼軍曹の姿はどこにもない。そこにいたのは、プライドを粉々に砕かれ、居場所を失い、恐怖に怯える一人の迷子だった。

 彼は誰よりも勝ちたかった。自分を不要だと切り捨てた奴らを見返したかった。だからこそ完璧を求め、自分も他人も追い詰めてしまったのだ。


 俺はドアノブから手を離した。

 声をかけるべきではないと思った。今の俺には、彼を救うだけの言葉も、実力も、覚悟も足りていない。

 廊下を歩きながら、俺は拳を握りしめる。

 このままじゃ全滅する。チームも、真琴も、そして桐生自身も。


 俺たちが選んだのはWildfire。今はまだ、燻って息苦しい煙を上げているだけ。

 だが、この煙を晴らす方法が必ずあるはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ