25 野性的な炎
ついにこのサバイバルオーディションも最終局面を迎えた。
スタジオに集められた俺たち生存者の前で、MCが最後の課題を発表する。
「デビュー評価。これが最後のミッションです」
モニターに2つの楽曲が表示される。
「曲A:Diamond Crown
コンセプトは王道、気品、完成された美。
衣装は純白のミリタリー風スーツ。選ばれし王子たちが、玉座を継承する物語。」
「曲B:Wildfire
コンセプトは野性、情熱、破壊と再生。
衣装は黒と赤を基調としたストリートスタイル。荒野に放たれた火種が、すべてを焼き尽くす革命の物語。」
ごくりと息を飲む。
Aは、いかにも王道アイドルといった雰囲気だ。まるで帝都タクミのために用意された曲にさえ思える。一方Bは、まさに俺のような、王道になりきれない練習生向けに見えた。
どうせならBで攻めたい。それでこそ、俺の良さが光るはずだ。
「では、チーム編成のルールを説明します」
緊張感のただようスタジオに、MCの声が響く。
「下位の練習生から順に、希望する楽曲を選択してください。定員は各10名。定員が埋まった場合には、後から選ぶ上位の練習生が、既にいるメンバーを他方の曲へ放出できます」
会場がざわついた。下位の人間の選択権など、あってないようなもの。人気者が「どけ」と言えば、強制的に移動させられる。この番組は最後まで弱肉強食だ。
とはいえ、希望曲以外を選ぶ選択肢などない。
選択が始まり、下位メンバーが恐る恐る希望する曲へ移動していく。俺は迷わずWildfireの枠に入った。続いてシオン、8位に躍進したJOも、迷わずB曲を選択する。
選択が進む。残すは2位のリクトと、1位のタクミだけ。すでにDiamond Crownの枠は埋まっている。
「まあ、当然こっちだよね」
2位のリクトはDiamond Crownを選択。定員オーバーのため下位の練習生一人を指名し、「ごめんね」と笑顔でWildfireへ弾き出した。
そして1位の帝都タクミ。彼も当然のようにDiamond Crownへ進む。
タクミは誰を追い出すのか。ダンス最強の桐生や歌のケイトは追い出されないだろう。だとすれば、ギリギリで枠に入っていた下位メンバーが弾き出されるはずだ。
しかし。
「桐生。ごめん」
名前を呼ばれた桐生が、信じられないという顔でタクミを見る。
「は? 俺?」
「うん。君のダンスは鋭すぎる。この曲のアイドル性には、君のような『ダンスの人間』のキレは邪魔なんだ」
「邪魔って、お前」
会場が凍りついた。実力不足ではない。ダンサーとして強すぎるという理由での放出。それは桐生のプライドや存在価値を、最も残酷な形で傷つける宣告だ。
「……そうかよ」
桐生は拳を震わせ立ち上がる。荒い足取りでWildfire側の席へと移動し、ドカッと椅子に座る。その瞳には、タクミへのどす黒い憎悪と復讐心が渦巻いて見えた。
*
こうして決定した、チームWildfire。
練習室に集まったメンバーのなかでも桐生はひときわピリピリしていて、その緊張感が部屋全体に伝わっている。
遅れて練習室へ入ってきたARATAが、「うっわ、空気重ッ! なんでこんな空気悪いの!」と大声を上げる。クラスのお調子者がそのまま大きくなったようなARATAは、陽気な声で室内の緊張を軽く笑い飛ばそうとしているようだった。
「うるせえな。黙ってこっち来い」
そんなARATAに噛み付いたのは、湊人。湊人はその愛らしい童顔からは想像できないほど、ドスの効いた声をしている。熱意のある青年で、場の空気も読むタイプだ。湊人はARATAの言動がこの場から浮いているのを察知して、助け船を出したように見える。
その隣にいた強面の男、トウマも、湊人とともにARATAを手招きしている。トウマの見た目は完全にインテリヤクザだが、実際にはとても優しい。その声は驚くほど繊細で、最強のボーカルだと思う。
壁際で黙々とストレッチしているのは、長髪のイブキ。中性的な顔立ちと、蛇のようなしなやかな筋肉を持つダンサーだ。シオンとは別ベクトルの、生々しい色気を放っている。
そしてユズルと真琴のふたりは、冷静にこの状況を観察していた。ユズルは器用貧乏なバランサーで、真琴は何でもそつなくこなす優等生タイプ。そこに俺やシオン、JO、殺気立つ桐生が加わって、室内は異様な空気に包まれていた。
「じゃあ……えっと、まずはリーダーを決めようか」
俺が口火を切ると、ARATAがバッと手を挙げた。
「俺はJOくんがいいと思う!」
「賛成」と、湊人が続く。
「俺もJOさんならついていけるっすよ。前回、優しくチームメイトをケアしてるところ見せられたじゃないっすか。ガチでリスペクトしてるんで」
視聴者にも認められたJOは、練習生からの信頼もすっかり厚くなっている。俺も異論はなかった。
JOが「やれやれ」と肩をすくめ、合掌する。
「これも因果かな。では、迷える子羊たちを導かせていただきましょう。南無、南無」
リーダーはJOに決定。次に、センター決めだ。センターはまさに曲の顔。大事なポジションだし、視聴者の印象にも残る。デビューを目指すなら、センターになっておいた方がいい。
だが、立候補したのは三人だった。ダンスで復讐を誓う桐生。色気で勝負したいイブキ。そして、俺、西園寺ルキ。
(無謀だったか? ……いや、そんなことは言っていられない!)
ここまで、俺はこれといって特出する部分なんてなかった。ここで爪痕を残さなければ、視聴者へアピールできない。なにがなんでもセンターを取るしかない。
「じゃあ、立候補者はそれぞれ踊ってみてくれるかな。それで、誰が一番センターにふさわしいか投票するとしよう」
JOの提案に一同が頷いた。
まずは自信満々の桐生が踊る。
凄まじかった。長年鍛え抜かれたそのダンスは、練習生の中でもトップの迫力がある。技術は間違いなくNo.1だ。
踊り終えた桐生が、肩で息をしながら俺を睨みつける。
「見たか。これがAクラスのダンスだ。タクミを見返すには、スキルで圧倒するしかねえ」
メンバーの誰もが納得した。次にイブキが踊り妖艶な色気を見せつけたが、桐生の衝撃には及ばない印象だ。
最後は、俺。
俺はスタジオの中央に立ち、目を閉じた。
(桐生のダンスは完璧だ。でも、あれじゃ『Diamond Crown』の劣化版にしかならない)
曲が始まる。
俺は動かなかった。
イントロの重低音が響く中、俺はただ、重たい荷物を背負ったように背中を丸め、うつむいていた。まるで全てに絶望した敗残者のように。
「おい、入り遅れてんぞ」
ARATAが声を上げようとした、その瞬間。
――ドンッ!
ビートが弾けた瞬間、俺はバッと顔を上げた。その目は、獲物を狙う獣の目。
俺は踊り出した。
だがそれは、桐生のような洗練されたダンスではない。
地を這うような低い重心。
見えない鎖を引きちぎろうとするかのように、腕を乱暴に振り回す。
ステップは重く、しかし一歩一歩が床に食い込むように力強い。
綺麗に見せようなどという余裕は一切ない。
(ここで死んでたまるか!)
それは、なりふり構わぬ生存本能の発露だ。
サビ。
俺はセンターで、カメラを鷲掴みにするようなジェスチャーをした。顔を歪め、歯を食いしばり、必死の形相で手を伸ばす。
そこに居るのは、アイドル・西園寺ルキではない。
社会という荒野で焼かれ、踏みにじられながらも、種火を絶やさずに燃え上がろうとする人間の執念そのものだ。
曲が終わる。
俺はその場に崩れ落ち、荒い息を吐いた。スタジオは静まり返っていた。
「……はぁ、はぁ。……以上だ」
俺が顔を上げると、全員が呆然としていた。沈黙を破ったのは桐生だ。
「あんた、わざと崩したな?」
桐生が歩み寄ってくる。その表情は険しい。
「リズムの取り方もセオリー無視だ。ダンスとしては減点対象だらけ」
「ああ、そうだろうな」
「……なのに」
桐生は悔しそうに拳を握りしめる。
「なんで俺のダンスより、目が離せねえんだよ」
桐生の言葉が核心だった。俺は立ち上がり、全員に向かって言う。
「桐生。お前のダンスは凄いし、美しい。……でも、それだけじゃタクミには勝てない」
俺は断言した。
「タクミたちは圧倒的な技術力で、美しく攻めてくると思う。でも、俺たちの曲はWildfireだ。管理された美しい炎じゃなく、野性的な情熱の炎なんだよ。俺たちが美しさを求めたって、解釈違いでしかないんだ」
俺は自分の胸を叩いた。
「俺たちが表現するのは、一度は燃え尽きた場所から泥と灰にまみれて、それでも這い上がってくる不気味な炎だ。エリートのような綺麗なダンスじゃない。見る人の喉元に食らいつくような、飢えなんだよ」
俺は桐生を真っ直ぐに見据えた。
「その飢えやみっともなさを一番表現できるのは、Fクラスから這い上がってきた俺だ」
みんなが目を見張り、黙った。そんな中、JOが静かに手を挙げる。
「僕はルキくんがセンターになるべきだと思う」
それを聞いて、シオンも頷いた。ARATA、トウマ、真琴……次々と手が挙がる。
最後に残った桐生がギリっと歯ぎしりをし、脱力したように息を吐いた。桐生が俺の胸をドンと小突く。
「ああ、わかった。認める。今の俺じゃ、あんな泥臭さは表現できねえ」
「桐生くん」
「その代わり、ダンスの基礎は徹底的に叩き込むからな。センターが下手くそじゃ、俺たちが恥をかく」
「助かるよ、師匠」
チームWildfire。
エリートたちを焼き尽くすための、いびつで、最高に熱い布陣が完成した。




