21 元社畜のあがき
チーム、Popcorn。撮影した練習風景を見返していた俺は、愕然とした。
「俺だけ、沈んでる」
画面の中。個性豊かなメンバーたちが極彩色の輝きを放つ中で、俺だけがまるで背景のように希薄だった。悪目立ちしているわけではない。ミスもしていない。だが、決定的に華がない。圧倒的なモブ。居ても居なくても変わらない程度の存在感。
こんな人間を、誰が応援するだろう。
「西園寺くん」
背後から、氷のような声がかかった。堅物AIロボット系の、氷室蓮司だ。彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、モニターを冷ややかに見つめていた。
「貴方はもしや、監督か何かのつもりですか?」
「え?」
「ここは戦場です。貴方が点を取らなければ、チームは負けます。正直言って、貴方の遠慮は、このチームにとってノイズでしかない。迷惑です」
正論だった。そんなつもりはないけれど、はたから見た俺はプレイヤーになりきれていない。俺は何も言い返せず、ただ唇を噛むしかなかった。
*
深夜。
誰もいなくなった練習室で、俺は鏡の中の俺と対峙していた。
(どうすればいい?)
人気者はどんな感じだろう。
帝都タクミのようなカリスマ性。リクトのような計算高さ。
そんなもの、俺は持ち合わせていない。
鏡の前で、タクミの真似をしてキメ顔を作ってみる。
(……痛々しい)
ぎこちない笑顔なんて、誰の心にも刺さらない。こんなことじゃ駄目だ。
なぜ俺はここまで残ってこられたのか、不思議に思う。俺がアイドルとして活躍するビジョンが、まったく見えなかった。
「ははっ。何やってんだろうな、俺」
乾いた笑いが漏れる。
やっぱり、ここまでか。いつの間にか、オーディションは主役クラスの練習生しか残っていない。ここから先は、主役中の主役を決めるものになる。
でも所詮、俺は脇役だ。田中洸希という人生でも、ずっと誰かのサポート役だった。主役になんてなれる器じゃない。
はあ。と、大きなため息をつく。
「ルキくん。無いものねだりは見苦しいよ」
背後から声をかけられ、振りかえる。練習室の入り口に、僧侶系アイドルのJOが立っていた。
缶コーヒーを二本持ったJOが、片側の口角を上げる。
「JO」
「ルキくんはタクミじゃないし、リクトでもないでしょ。その大前提を忘れちゃいけない」
JOが俺にコーヒーを投げる。
「猿真似するんじゃなくて、西園寺ルキとして、自分で勝負しなくちゃ」
「西園寺ルキ、ね」
簡単に言ってくれる。それができたら苦労しないのだ。
俺は自嘲的にため息をついて言った。
「勝負できるほどの魅力がないんだよ、俺には」
言っていて、みじめになる。でも、それが事実だ。だからこそGuiltyチームから追い出されたわけで、そこは疑いようがない。
だけど、JOは首を横に振った。
「ルキちゃん。仏像ってのはね、完璧なんだよ。黄金で、傷ひとつなくて、涼しい顔をしてる。帝都タクミは、それ」
JOは天井を指差した。
「みんな、仏像を崇める。憧れる。でもね、誰も仏像に『抱きしめてほしい』とは思わない。尊すぎて、遠いからさ」
「……何が言いたい?」
「あんたは仏像になれない。でも、地蔵にはなれる」
俺は眉をひそめた。アイドルを目指してるのに、地蔵ってなんだよ。
JOが続ける。
「地蔵はね、道端にいて、雨風に打たれて、泥だらけだ。でも、人々は地蔵に笠を被せたり、悩みを打ち明けたりする。なぜだと思う?」
JOが俺の目を覗き込む。その瞳は、すべてを見透かすように澄んでいた。
「それはね、地蔵が、こちらの痛みを知っている顔をしてるからさ」
「痛み?」
「そう。ルキくん、あんたの顔にも刻まれてるよ。理不尽に頭を下げた悔しさ、孤独、報われない努力。そういう、人間のカルマがね」
JOが俺の手を取る。
「痛みを知るってことは、共感のチケットだ」
「共感の、チケット」
「世の中を見てみなよ。天才なんて一握りだ。画面の向こうにいるのは、毎日クタクタになって、理不尽に耐えて、それでも歯を食いしばって生きてる凡人たちだろ?」
俺の脳裏に、かつての自分が浮かぶ。残業に追われ、死んだような目でパソコンと向き合っていた自分。
あの頃の俺が帝都タクミを見たら、どう思った? 「すごいな」とは思っただろう。でも、救われただろうか?
――違う。
俺が欲しかったのは、きらびやかな夢じゃない。「お前はよくやってるよ」「そのまま生きていていいんだよ」という、等身大の肯定だったはずだ。
「タクミは彼らに『夢』を見せる。でも、ルキ。あんたは彼らに『明日』を見せることができる」
JOがニカっと笑った。
「泥臭い頑張りが大事だって、あんたがみんなに教えてたじゃないの。それを自分が忘れてどうするの」
雷に打たれたような衝撃が走った。
俺が目指すべきアイドル像は、帝都タクミみたいな完璧なアイドルじゃない。社畜として人生を消費し、死んでしまった俺だからこそ伝えられる何かがあるはずじゃないか。
それこそ、俺の価値ってもんだろう。
熱いものが込み上げてきて、俺は立ち上がった。
鏡を見る。そこにはもう、迷子の俺はいなかった。
数多の傷を勲章に変え、誰よりも優しく、誰よりも強く立てる男。それが、西園寺ルキだ。
「……ありがとう、JO。目が覚めたよ」
俺はタクミにはなれない。リクトにも勝てない。
だが、誰かの痛みに寄り添うことだけは、誰にも負けない。
覚悟が決まった。
俺はもう引かない。
俺がステージに立つ意味。それは画面の向こうにいる、かつての俺たちに向かって、「俺を見ろ! 俺たちはまだやれるぞ!」と叫ぶためだ。
*
翌日。
練習室の扉を開けた瞬間、メンバー全員が振り返った。俺の顔を見て、KAGURAが目を見張る。
「へぇ。一皮剥けた面してんじゃねえか」
俺は部屋の中央に進み出た。もう、遠慮はしない。
「作戦を変更する」
俺は静かな、だが腹の底から響く声で宣言する。
「今までは、お前らを引き立てようとしていた。だが、今日からの俺は違う」
俺は全員を見渡した。
「これからは、俺が先頭を走る。俺が一番、泥臭くあがく」
「え」
最年少のソラが、戸惑った声を上げた。
輝かしいアイドルを目指す彼には、泥臭さの魅力はまだわからないのかもしれない。
俺は続けた。
「綺麗なアイドルが見たいなら、帝都タクミを見ればいい。俺たちが見せるもの。それは生き様だ。俺は、この中で誰よりも泥臭く生きてきた自負がある」
俺は不敵に笑った。
「俺に食われないように、死ぬ気でついて来い。全員まとめて、俺がスターにしてやる」
数秒の沈黙のあと、みんながフッと笑った。
「言うじゃねえの。やってやるよ、なあ」
KAGURAが声をかけると、みんな力強く頷いた。
バラバラだった空気が、カチリとひとつにまとまった。あぶれものだった俺たちも、ただではやられない。巨大な渦になって、すべてを飲み込んでやる。
俺は鏡の中の自分――西園寺ルキに向かって、心の中で告げた。
(見てろよ、田中洸希。お前の無念も、苦労も、全部ここで昇華させてやる)
さあ、反撃の時間だ。




