20 魅力の開花
チーム、Popcorn。
技術面では完成しつつあるこのチームだが、致命的な欠陥が残っている。ビジュアル担当の二人――ルイとシオンの機能不全だ。
本番を想定したカメラリハーサル。赤い録画ランプが点灯した瞬間、スタジオの空気は凍りついた。
「……ッ」
センターに立ったルイの動きが止まる。
王道キラキラ系の美貌を持つ彼は、カメラを向けられた途端、顔面蒼白になり、指先が微かに震えだした。必死に笑顔を作ろうとしているが、それは恐怖に引きつった子供の顔だ。
こんなものを見せられても、魅力なんて伝わるはずがない。
そしてシオン。
彼はカメラと目が合うと、バッと顔を背け、長い前髪で表情を隠してしまった。
「光が……魂を灼く……」といつもの中二病設定を口にするが、その声は上ずり、ただ逃げているようにしか見えない。
(なにやってんだ、ふたりとも)
緊張感が伝わって、こちらも恥ずかしくなってくる。共感性羞恥とかいうやつだ。
見学に来ていたGuiltyチームのメンバーが、小声で囁くのが聞こえた。
「顔はいいのに、勿体ないな」
「置物の方がマシじゃないか?」
屈辱的な評価。だが、一番傷ついているのは彼ら自身だ。
*
休憩時間。
自販機前のベンチでは、ルイが過呼吸寸前でうずくまり、シオンが壁に向かってぶつぶつと自己嫌悪の呪詛を吐いていた。
「僕なんかじゃ、王子様なんて無理だ……」
「闇のケンゾクたる我があんな……あんな無様な……」
俺は二人の間に立ち、静かに口を開いた。
「ちょっと、いい?」
震える子ウサギのような目をしたふたりが、同時に俺を見る。
「ルイくん。君が震える理由は分かってる。責任感、だろ?」
俺の指摘に、ルイが息を飲んだ。
「ルイくんは優しい。ファンが求める完璧な王子様でいなきゃいけない、期待を裏切ってはいけないって、そう思ってるだろ? そう思うあまり、失敗が怖くて動けなくなってる。違う?」
ルイは静かにうなずき、口を開く。
「応援してくれる人の数が数字になって現れると、嫌でも意識しちゃう。こんなに多くの人が、僕を応援してる。僕に期待してる。王子様である僕。魅力的な僕。好かれる僕でいなきゃいけない。もし失敗したら、みんな失う。そう思うと、足がすくんじゃう」
ルイの吐露は切実だった。俺は頷き、かつての営業時代の記憶を引き出した。
「俺もそうだったよ、昔。顧客の期待が重すぎて、吐きそうになった。でも、そのときの上司に言われたんだ。『客はお前の完璧さが見たいんじゃない。安心したいんだ』って」
「安心?」
「ああ」と俺はうなずいた。
「想像してくれ。君は飛行機のパイロットだ。乱気流で機体が揺れた時、パイロットが『どうしよう!』って震えてたら、乗客はどう思う?」
「……怖い、と思う」
「そうだよね。アイドルも、それと一緒だ」
キョトンとするルイに、俺は笑いかけた。
「ファンは君に、恋をしに来てる。君という飛行機、アイドルに、命を預けてるんだ。だったら、君がすべきは完璧な操縦じゃない。多少揺れても、『大丈夫、僕は変わらないよ』って堂々としていることだ」
俺はルイの肩を掴んだ。
「震えてもいい。だけど、芯はブレちゃいけない。安心して僕を好きになって、って、ファンに笑顔を向け続けるんだ。守るべき対象、ファンを意識すれば、男は強くなれる。ルイだってそうだ。失敗してもいいから、ただファンを幸せにすることだけを考えてステージに立とう」
見られるという受動的な恐怖から、守るという能動的な使命感へ。
やるべきことがわかれば、きっとできる。ルイの目に光が宿ったのを見て、俺は安心してシオンに向き直った。
「そしてシオン。単刀直入に言うが、お前は弱い」
「な、何だと」
「シオンはカメラから目を逸らした。それは、逃げだ。見ている側は、拒絶されたと感じて冷める。応援してくれる人にやって良い態度じゃない」
シオンが唇を噛んだ。
「だがな、シオン。その弱さも使いようだと思うんだ」
俺はシオンの長い前髪を指先で弾いた。
「弱さで自分をブランディングしろ、シオン」
「……え?」
「ここぞという時だけで良い。そのときだけ、カメラから逃げるな。『お前ごときが俺の瞳を見る資格があるのか?』という態度で見下せ。カメラを直視しろ」
それは、希少価値の創出。マーケティングとして考えたら、きっと間違いではないはずだ。
「顔をそらし続ける自分を、ミステリアスなキャラとしてキャラ付けするんだ。目を合わさない。その長い前髪で瞳を隠す。見ている人は『この人、なんだろう?』って心に残るよな。そして一番大事な瞬間に、一瞬だけ目を合わせる。その瞬間に全力をかけろ。素顔をさらすのはそのときだけだ。その希少さで、ファンの心を刺すんだよ」
シオンがゴクリと喉を鳴らした。キラキラ輝くアイドルの卵たちの中で、この作戦はきっと一か八かの大博打だ。でも、同じことをする人がいない分、当たればファンの心をガッチリつかめる。そしてなにより、本人たちが無理せず自然と実践できるはずだ。
「大丈夫。君たちならできる。俺はそう思う」
二人が顔を見合わせた。ルイの震えが止まり、シオンの背筋が伸びる。彼らに、もう迷いはなかった。
*
練習再開。
カメラが回る。
曲が始まると同時に、空気が変わった。
センターのルイ。彼の顔はこわばっていた。だが、それは恐怖の顔とも違う。戦場に立つ騎士のような、決意の硬さがにじみ出ている。
彼はカメラに向かって、ゆっくりと手を差し伸べた。
その仕草には、僕が幸せな世界へ連れて行ってやるという、力強いリードがある。
(イイ! 王子様どころじゃない。若き皇帝みたいな威厳がある!)
俺は身震いした。力強く、男らしい。まさしくアイドル。
その硬派な表情がふっと緩んで微笑んだ瞬間、見ていた女性スタッフが「ひっ」と息を呑んだ。ルイの魅力が花開いた瞬間だった。
そして、シオン。彼はカメラを見ない。流し目で、顎を上げ、気だるげに踊る。簡単には触れさせない、という拒絶の色気。
だが、サビの直前。
彼が長い前髪をかき上げ、カメラを――いや、レンズの向こうの視聴者を、射抜くように睨みつけた。
『堕ちろ』
口の動きだけでそう告げ、ニヤリと笑う。
ゾクリとした。拒絶からの承認。そのギャップが生む破壊力は、核弾頭級だ。
曲が終わる。完璧だった。
二人が作り出したのは、単なる顔が良いアイドルではない。見る者の心を揺さぶり、依存させる、危険な男たちのドラマだった。
「……すごい」
ソラが呟き、KAGURAが口笛を吹いた。
「負けてらんねえな」
どこか楽しそうに言った仲間たち。全員の士気が上がっている感覚があった。
カットがかかりその場にへたり込んだルイは、晴れやかな顔をしている。
「ルキくん。僕、見えたよ。カメラの向こうに、怖がってる女の子たちが。だから、僕がしっかりしなきゃって思えた」
頼もしい言葉だ。俺は大きく頷いた。技術、熱量、世界観、そして華。良いステージができる。そんな、確信がある。
決戦は、近い。




