18 ポップコーン
Popcornの練習室。みんなに声をかけてみたものの、いつまでたっても練習は始まらなかった。
部屋の隅では銀髪のラッパーKAGURAが壁を蹴り続け、耽美系ナルシストのシオンは、床に伏している。カオスだ。
そんな中で、異質な光景があった。
「……角度、13度ズレました」
部屋の中央で、一人の男が黙々と踊っている。
氷室蓮司。黒髪に銀縁眼鏡、冷徹な美貌を持つ彼は、課題曲の可愛いダンスを、AIのような正確さで繰り返していた。汗ひとつかかず、表情筋ひとつ動かさない。その姿は、あまりに完璧で――そして、見ているだけで息が詰まるほど冷たかった。
フロアの反対側へ目を向けると、最年少のソラがめそめそと泣いている。その隣で、JOがソラに声をかけていた。
「ほら、泣かないの。放出もまた諸行無常。ここが新たな極楽浄土かもしれんぞ? 南無三」
――なんじゃそりゃ。
JOはお洒落な短髪にピアスがバチバチの男だ。実家が寺だそうで、独特な法衣っぽい私服を着ている。得意分野はラップ。オリジナルの読経ラップがウケて、ここまで残ってきた。言っていることはよくわからんが、彼の周りには、なんとなくありがたい空気が漂っている気がする。
俺はパンッ! と手を叩き、全員の注目を集めた。
「注目! これより緊急会議を始める!」
俺はホワイトボードの前に立ち、現状を分析した。
「単刀直入に言う。今の俺たちが普通にPopcornをやっても、絶対に勝てない」
全員が同意するように頷く。その横で、強面ラッパーのKAGURAはひとり舌打ちしていた。
このKAGURAの様子を見てもわかる通り、俺たちは可愛さとは無縁だ。無理をして愛想を振りまいても、痛々しいだけ。
「だから、コンセプトを変える。可愛さは捨てろ」
俺はボードに大きく文字を書いた。
『× 可愛いアイドル → ○ 等身大の応援団』
「俺たちがやるべきは、これだ!」
「……応援団?」
ロボットみたいに良い姿勢をした氷室蓮司が、眼鏡の位置を直しながら、怪訝な声を上げる。
「そう。俺たちはキュートじゃない。でも、そんな俺たちには、崖っぷちから這い上がるドラマがある。だからこそ、同じように日常に疲れ、苦しんでいる人たちを、死に物狂いで励まそう」
俺は熱弁を振るう。
「コンセプトを大胆に変えるんだ! 勝機はそこにある。元気いっぱいのキュートさは、見方を変えればチアリーダーだろ」
全員の顔つきが少し変わる。可愛いは無理でも、応援なら――という空気が流れ始めた。
だが、蓮司だけは納得していない様子で、「理解できません」と首を横に振った。
「つまり、どういうことですか? 具体的に指示してください。キュートと応援団の違いを、最適なBPMと振付の角度で提示してください。私たちはこの短時間で、完璧なステージを作り上げなければなりません。観客のメンタル数値を向上させるため、具体的にどうするのか数値で表してください。精神論だけでは非効率です」
出た。完璧主義のサイボーグ。
彼が前のチームを追い出された理由がわかった気がする。正論なのかもしれないが、可愛げがないのだ。
俺が返答に窮していると、チャラ僧侶のJOがゆらりと立ち上がった。
「固いねぇ、蓮ちゃん。数値、数値。そんなの、因果のことわりが見えてないよ」
JOは蓮司の前に立つと、ニカっと笑った。人懐っこいが、どこか底知れない、僧侶の顔をしている。
「いいかい? 蓮ちゃんのダンスは、数式としては完璧だ。100点満点。でもね、人の心は数字じゃ動かない。振動で動くんだよ」
「振動?」
「そう。完璧な鐘も、叩かなければ音は鳴らない。君は、鐘としては最高級だ。でも、叩く棒がない。ステージにおいて叩く棒は、パッションと呼ぶ」
JOは蓮司の胸をトン、と指差した。
「君が求めている効率について教えよう。人間はね、共鳴した時に最もエネルギー効率が良くなる。君が100の力で踊っても、相手と共鳴しなければ伝わるのは0だ。でも、君が泥臭く感情を曝け出して、相手の周波数と合えば、そのエネルギーは無限大に増幅する」
蓮司の目がわずかに見開かれる。
「君がすべきは、完璧なフォームを維持することじゃない。君自身の必死さという石を投じて、観客という水面を揺らすことだ。それが最大の効率化だよ」
論理的でありながら、核心を突いた説法。蓮司は数秒間沈黙し、それから眼鏡を押し上げた。
「共鳴係数の最大化、ですか。なるほど。論理的です」
堅物の蓮司が落ちた。
JO。チャラチャラした異質な僧侶キャラはギャグか何かかと思ったが、案外優秀で恐ろしい男だ。
俺はほっと胸を撫で下ろした。これでチームは動き出す――そう思った、矢先。
ガシャアンッ!
耳をつんざくような破壊音が、練習室の空気を凍りつかせた。パイプ椅子が蹴り飛ばされ、無惨に床を転がっている。
「……くだらねぇ」
低い、地を這うような声。犯人は銀髪のラッパー、KAGURAだ。
彼は凶暴な三白眼で俺たちを睨みつけている。
「共鳴だ? 応援だ? お遊戯会やってんじゃねえぞ」
「KAGURAくん」
「俺は誰かに媚びるためでも、誰かを励ますためでもなく、テメェの牙を研ぐためにここにいるんだよ。求められたものを最大限に発揮できるように練習するべきだろ」
KAGURAは舌打ちすると、肩で風を切って部屋を出て行ってしまった。
バタンッ! と扉の閉まる音が、銃声のように響く。
再び、重苦しい沈黙が降りた。JOが「やれやれ」と肩をすくめ、蓮司が無表情に戻る。
そして、部屋の隅から、冷ややかな声が飛んできた。
「ま、当然の反応だな」
声の主は、最年長のジンだ。
練習生歴10年のベテラン。彼も、冷めた目で俺を見た。
「俺たちには時間がない。コンセプトを変えて、ただがむしゃらに練習する。それだけで、レベルの高いステージができるか? ここまで勝ち残った俺たちに求められるのは、たしかな技術。努力を見せるなんて、子供だましだよ」
ジンの視線が、最年少のソラに向く。これまで、実力が伴っていないと評価されてきたソラは、「ごめんなさい」と呟いて身を縮めた。
バラバラだ。
ポップコーンの種は、弾けるどころか、冷たい油の中で互いにぶつかり合っている。
俺は、強面ラッパーのKAGURAが出て行った扉を見据えた。この掃き溜めを最強のチームにするためには、みんなにぶつかっていくしかない。




