16 オリンポス山
「次はコンセプト評価か」
朝早くから大ホールで収録があると聞いて、練習生の誰かがポツリと言った。
サバイバルオーディション番組における最大の山場、それがコンセプト評価だ。
番組が書き下ろした5つのオリジナル楽曲ごとに練習生が振り分けられ、チーム対抗戦を行う。ジャンルは、セクシーR&B、ファンク、ロック、キュートポップ、バラードだ。
今回のチーム編成権を握っていたのは、我らが株主――視聴者だ。
事前のネット投票により、俺たちがどの曲を歌うべきか、既に決定されているという。
「……胃が痛い」
俺、西園寺ルキは、大ホールの長椅子で小さくなっていた。
前回のポジションバトルで、俺は社畜ラップという変化球で生き残った。あのイメージで選ばれるなら、コミカルなファンクか、ネタ枠としてキュートに放り込まれるだろう。どちらにせよ、自信がない。
課題曲は、ひとりずつパーテーションの奥に呼ばれて発表される。みんな声を押し殺し、チーム控室へ移動していくから、誰が何に配属されたのかはわからない。
ランダムに呼ばれる練習生を見送る。しばらくして、ついに俺の番になった。
パーテーションの中に入ると、そこに小さなモニターが置いてあった。俺の名前が書かれた画面をじっと見ていると、パッと表示が切り替わった。
『西園寺ルキ Guilty ジャンル:セクシーR&B』
「……は?」
Guilty。それは今回発表された5曲の中で、最も難易度が高く、最も視聴者受けしそうな楽曲だった。テーマは「禁断の愛」。鎖に繋がれたような重厚なビート、ファルセットを多用するセクシーな旋律。帝都タクミが担当したら、相当魅力的になる楽曲だろう。
……って、待て待て。なぜ、俺?
視聴者の皆さん、俺に何を求めているんですか?
ちゃんと見てました? 社畜ラップの西園寺ルキですよ。
中身は三十代のくたびれた社畜ですよ。
不安がつのって卑屈になる。
だが、選ばれたからにはやらなければいけないのだ。
俺はフラつく足取りで、Guiltyの練習室へと向かった。
ドアノブを回す手が震える。
……この部屋に、誰がいるのだろう。嫌な予感しかしない。だって、この曲に選ばれるようなメンツなんて、決まっているようなものだ。
ガチャリ。
重い扉を開けた瞬間、濃厚なフェロモンと、圧倒的なオーラが俺の顔面を殴打した。
「あ、来た」
部屋の中にいたのは、4人の男たち。
窓際で足を組み、憂いを帯びた瞳で外を見つめる絶対王者、帝都タクミ。
床に座り込み、鋭い視線でこちらを射抜くダンスの申し子、桐生。
天使の微笑みを浮かべるボーカルの天才、ケイト。
そして、人の良さそうな笑顔を死んだような目で手を振る策士のリクト。
そうそうたるメンバーである。
……終わった。
アベンジャーズの主力メンバーばかり。ここは練習室じゃない。神々の集うオリンポス山だ。このチーム、番組史上最強のドリームチームと言える。
そこに、俺。Fクラス出身の、西園寺ルキ。分不相応にもほどがある。
「よ、よろしくお願いします」
俺の声は、蚊の鳴くような小ささだった。
場違いなんてもんじゃない。
役員会議に間違って紛れ込んだ、たったひとりの平社員。それが今の俺だ。消えてしまいたい。
その後、さらにふたりのキラッキラアイドルの卵が加わり、俺たちGuiltyチームは始動した。
*
練習が始まる。
「ワン、ツー、スリー、……あー、止め」
桐生が苛立ちを隠そうともせず、音を止めた。彼の鋭い視線が、鏡越しに俺を貫く。
「おい西園寺。お前、動きが硬い。ロボットかよ」
「す、すみません」
「ここは誘惑するんだぞ? 腰の使い方、もっと粘っこくできねえの?」
桐生が手本を見せる。滑らかで、それでいて力強いウェーブ。ただ立っているだけで色気が漏れ出している。
俺も見よう見まねで腰を動かしてみた。
「……」
全員が黙り込む。
「……なんだろう」
帝都タクミが、純粋な不思議さを含んだ声で言った。
「ルキくんがやると、セクシーというより……ギャグだよね」
悪意のない言葉が、一番深く刺さる。ケイトが「ぷっ」と吹き出し、慌てて口を押さえた。
「ごめんねルキくん。でも、なんというか……生活感? 頑張ってる感が強すぎて、『禁断の愛』じゃなくて『宴会芸のオヤジギャグ』に見えちゃう」
的確すぎる批評だった。
俺には艶がない。あるのは疲労と必死さだけだ。この最高級の食材たちの中に、俺という異物が混ざることで、料理全体の味が台無しになっている。
「大丈夫だよ、ルキくん」
リクトが近づいてきて、俺の肩をポンと叩いた。爽やかな笑顔……に見えるが、目は笑っていない。この笑顔の裏で、きっと何かを計算している。俺は思わず身構えた。
リクトが俺の耳元でささやく。
「君には君の良さがある。……まあ、この曲に合うかどうかは別として、ね」
なんだか、「お前の居場所はここじゃない」と言われた気分だ。
わかっている。わかっているけど、視聴者は俺がここに来ることを望んだのだ。
(やらなければ)
クライアントの依頼を無下にはできない。
俺は休憩中も、深夜も、必死に練習した。だが、力の差は埋まらない。彼らはF1レーサーで、俺は軽トラだ。エンジンが違う。 鏡に映る自分を見るたびに、惨めさで押し潰されそうになる。
(俺は、ここにいていい人間じゃない)
練習を重ねれば重ねるほど、弱音を吐きたくなる。
もちろん、ファンが選んでくれたことには感謝している。だが、これは残酷なミスマッチだ。
この戦いはチームバトル。俺のせいで、彼らの完成度を下げるわけにはいかない。優先されるべきは個人ではなく、チームとしての完成度だ。それを痛感するたび、俺はひたすら「すみません」と頭を下げることしかできなかった。
*
そんな地獄の練習が続いたある日。
レッスンスタジオに、無機質なアナウンスが響いた。
『練習生の皆様にお知らせします。明後日、第2回順位発表式を行います』
空気が凍りつく。順位発表。それは、脱落者の宣告だ。
『今回の生存ラインは35位まで。それ以下の15名は、即時脱落となります』
ごくり、と唾を飲む音がした。アナウンスが残酷な追伸を続ける。
『また、脱落者が出たことにより、各チームの人数に偏りの生じる可能性があります。その場合、定員を超過したチームは、チーム内投票により、余剰メンバーを他チームへ放出させなければなりません』
――え?
俺は顔を上げた。周りのメンバーを見る。
圧倒的1位のタクミに、リクト、桐生、ケイト。少なくとも彼らが今回の生存ラインを割ることはないだろう。Guiltyチームは、人気メンバーの集合体。ギリギリ生存できるか怪しい俺以外、誰も落ちない可能性が高い。
定員は5名。現在、このチームには7名がいる。もし全員が生き残れば、2人が追い出される。
視線を感じた。鏡越しに、リクトと目が合う。
彼は無表情だったが、その瞳はコストカット対象のリストを見る経営者のように、冷徹に俺を査定していた。
心臓が早鐘を打つ。
(ああ、俺は人員整理の対象なんだ)
最後に教えてもらった俺の順位は、34位。このままだと、普通にリストラの対象になっているかもしれない。
それに、運よく生き残れたところで、このチーム内では俺の居場所なんてない。
少なくとも、このチームからは確実に首を切られる。それは、間違いない。
俺は震える手で、自身の太ももを掴んだ。
未来を見通せない恐怖が、俺の心を真っ暗にさせた。




