15 神の罰ゲーム
朝。
寮の部屋のドアのすき間から、1枚の紙きれが部屋の中に投入された。
俺たち練習生に対する、運営からの業務命令だ。
『課題:自分をアピールする1分間のオフショット動画を撮影し、アップせよ』
テーマは、プライベートな一面。
ステージ上のキメキメな姿とは違う、素の表情を見せてファンを獲得しろ、というわけだ。
なるほど。昨今のアイドル市場において、SNSでの彼氏感や親近感は必須スキル。俺は即座に「徹夜明けの食事。カップ麺にお湯を入れるだけの動画~3分間待つ哀愁付き~」を撮影し、早々に納品を済ませた。
さて、他のメンバーの進捗管理でもするか。
そう考え、俺は寮のパトロールに出かけた。
共有スペースのリビングは、動物園と化している。
「ウェーイ!」と叫びながらロシアンルーレットたこ焼きをする陽キャたち。
枕投げでガチの戦争を繰り広げる体育会系たち。
どいつもこいつも、楽しそうに動画を回していた。
「……」
その喧騒から離れた、中庭の柱の影。
そこに、いた。
霊が。
「うわっ! ……って、え、帝都タクミ?」
この世ならざるオーラを放ちながら、ジッとリビングの騒ぎを見つめる美少年。
それはあの、圧倒的1位、カリスマセンターの帝都タクミだった。
(なんで隠れてるんだ?)
どういうわけか、彼は微動だにせず、枕が空を舞う様子を影からこっそり凝視している。
その瞳は、獲物を狙う猛禽類……ではなく、公園で遊ぶ友達を見ている、塾へ向かう途中の小学生のように切実だった。
「えっと……、タクミくん?」
俺が声をかけると、タクミはビクリと肩を震わせ、バッと振り返った。
美しい。驚いた顔すら世界遺産レベルだ。
「なんだ、西園寺か」
「こんなところで何してるんだ? 動画は?」
「撮ったよ。『おはよう、小鳥たち』という動画をね」
「へ、へえ」
そんなものが面白い動画になるのか怪しい。だが、タクミと小鳥のツーショットはきっと、凡人には真似できない神々しさがあるのだろう。
タクミはフイッと俺から視線を逸らし、再びリビングの方を見た。
「楽しそうだね、みんな」
「なに、うらやましいの? キミも混ざればいいじゃないか」
「無理だよ」
タクミが即答する。
「みんな、俺に距離がある。番組が俺のことを『絶対的センター』なんて煽るからだ。みんな、俺を腫れ物みたいに扱って、対等に遊んでくれない」
「えー……?」
そんなことあるか、普通。
どちらかと言えば、何かに秀でている奴でも、隙あらばゲームやらなんやらでコテンパンにやっつけてやろうと思うのが普通じゃないのか? それが、対等に遊んでもらえない? そんな馬鹿な。
仕方ない。俺が率先して、この絶対王者を接待してやるか。
「じゃあ来なよ、タクミくん」
「え?」
「俺が『絶対王者の帝都タクミ』じゃなく、ただの『タクミ』としてキミと遊んでやるよ」
俺は王者の手首を掴み、ずかずかと廊下を歩き出した。
*
ガチャリ。
俺の部屋のドアを開ける。俺の部屋はすっかりたまり場になっていた。男子校の部室のような惨状だ。
「うおおお! 綾人、そこ右! 右から敵来てる!」
「うるせえシュウ! 指示すんな!」
「孔明くん、ポテチ食べる?」
「いらねえよ」
テレビゲームに興じる綾人とシュウ。ベッドで寝転がりながら菓子を食うハルカ。筋トレしている孔明。
各々楽しんでいるようだ。
俺は部屋の中央に立ち、宣言する。
「おい、お前ら。ゲストだ」
「はあ? 誰だよ、今いいとこ――」
綾人がコントローラーを持ったまま振り返り、固まった。
ポテチを口に入れようとしていたハルカも石化する。
固まるみんなの前で、俺の後ろから、帝都タクミがおずおずと顔を出した。
「……あ、お邪魔します……」
「えぇぇぇぇッ! 帝都タクミィ?」
全員が飛び上がった。
綾人が慌てて座り直し、孔明がTシャツを着て、シュウが前髪を直す。
無理もない。この状況、社長がいきなり平社員の宅飲みに来たようなものだ。
「な、なんでコイツがこんなFクラスの部屋に?」
怯える野獣たち。俺はパンパンと手を叩いた。
「いいか、よく聞け。こいつは絶対的センターの帝都タクミじゃない。ただの遊び足りない男子高校生、タクミだ」
ごくり、と誰かが唾をのむ音が聞こえる。
「というわけで、今から『第1回・西園寺ゲーム大会』を開催する!」
俺はそう言って、ニヤリと笑った。
*
10分後。
車座になった俺たちの中心には、トランプが置かれている。種目は基本中の基本、ババ抜きである。
「……いくよ」
タクミが真剣な眼差しで、扇状に広げられたカードを見つめる。
その対面には、ジョーカーを持って震えるハルカ。顔に「ジョーカーの位置、バレてないよね?」という焦りが書いてある。
「……フッ」
タクミが不敵に笑った。
「湊ハルカ。君は嘘が下手だね。右から2番目のカードを見る時、瞳孔が0.2ミリ開き、喉仏が動いた。それは、引かれたくないという防衛本能の表れだ」
「なっ」
シュッ。
タクミが迷わずカードを引く。もちろん、セーフ。
「なんでわかったの……」
「なんでって、このくらい簡単だろ? ババ抜きなんて、相手の顔色を読むゲームじゃないか」
「そ、そう? そんな簡単なものだっけ……?」
結局、この勝負はタクミの圧勝だった。
「次、次! 2回戦だ!」
2回戦目。
最後まで残ったのは、タクミと綾人だった。
「ふむ、綾人くん。君の演技力は見事だが、口角の筋肉がわずかに緊張している。……ジョーカーは、左端だね?」
シュッ。
綾人が、しまったという顔をする。
同時に、タクミは手札をすべて捨て、勝ち誇った顔をした。
「上がりだ。……ふふん、簡単だね」
なんだこいつは。完全にババを見抜いてやがる。
恐ろしい実力。その技術に、全員がドン引きしていた。
「なるほど、タクミくんが言ってた『対等に遊んでくれない』ってこういうことか」
こいつ、遊びが遊びになっていない。ただただ、タクミの洞察力のするどさを証明するだけのゲームになっている。
俺はポリポリと頭をかいた。
みんなが対等に遊んでくれないというより、タクミとみんなの能力値が対等ではなさすぎるのだ。
「また、……勝ってしまった」
タクミがしょんぼりと肩を落とした。
「罰ゲームというものを、一度は味わってみたかったのに」
なんて贅沢な悩みだ。
だが、これで分かった。こいつに技術や心理戦が絡むゲームをさせてはいけない。
ならば。
「次はこれだ」
俺はドンッ! とテーブルに飲み物を置いた。
毒々しい紫色をした、孔明特製の激ニガ健康野菜ジュースだ。
「種目はジャンケン。負けた奴が一気飲みだ」
「おいテメエ、なんで俺のジュースを罰ゲーム扱いするんだよ」
「罰ゲームだろ、この激ニガジュースは! だいたい、タクミくんがコレ飲んで悶絶するとこ、見たいだろ?」
「それは……たしかに」
ジャンケンならば天才も凡人も関係ない。神がサイコロを振るだけの平等な闘いだ。
タクミの目が輝いた。全員が立ち上がる。男6人、円陣を組む。
「いっくぞー! 最初はグー! ジャンケン……」
「ポンッ!」
全員が出した手を見る。
俺はパー。綾人もパー。シュウもパー。孔明もパー。ハルカもパー。
そして。
帝都タクミだけが、美しいフォームでグーを突き出していた。
「え……」
一撃。
この人数で、一発で勝負がつく奇跡。
しかも、狙い通りタクミのひとり負けである。
「うおぉぉぉ!」
部屋中が大歓声に包まれた。
シュウが手を叩いて爆笑し、綾人が「よしっ!」とガッツポーズをする。
タクミは呆然としていたが、次第にその顔が紅潮し、口元が緩んでいった。
「すごい……、初めて負けた!」
嬉しそうなタクミ。負けて喜ぶ奴なんて、そうそう居ない。
俺はニヤリと笑い、タクミに特製ジュースを差し出した。
「さあ、敗者には罰を与えよう。飲めるかな、タクミくん」
「望むところだ」
タクミはグラスを受け取ると、まるで最高級のワインを味わうように、優雅に一気に煽った。
――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。……ビクンッ!
数秒後、タクミの動きが止まる。
美貌が、梅干しのようにクシャクシャに歪む。
「ン……グ、ぐ、あ、あああああああッ!」
ドサッ!
絶対王者が、カーペットの上に撃沈する。
喉を押さえ、のたうち回りながらタクミは叫んだ。
「に、苦いッ! 土の味がする! あと草! ものすごく草ッ!」
「ギャハハハハ! 孔明スペシャルなめんな!」
「水! 誰か水を!」
「タクミくん、顔やばいよ! アイドル失格!」
「モザイク! モザイク!」
綾人が笑い転げ、ハルカが背中をさすり、シュウがその様子をスマホで激写する。もみくちゃにされる中心で、タクミは涙目になりながら、ゲホゲホとむせていた。
だが。
顔を上げたタクミは、満面の笑みを浮かべていた。テレビ用の作り笑いじゃない。前髪をぐしゃぐしゃにして、腹を抱えて笑う、ただの少年の顔だ。
「あははは! ひどい味だ! ……あー、楽しい! みんなと遊ぶのって、こんなに楽しいのか」
その笑顔の破壊力たるや。
その場にいた全員が、一瞬「トゥンク……」と胸を押さえた。これが、ギャップ萌えってやつか。
*
その夜、一本の動画がアップされた。
タイトルは「帝都タクミ、激ニガで撃沈」。
そこには、ジャージ姿であぐらをかき、一般人と一緒になって笑い転げる絶対王者の姿があった。完璧な神様が、地上に降りてきた瞬間である。
コメント欄は阿鼻叫喚の嵐となった。
『待って無理尊い』
『タクミくんが笑ってる』
『Fクラスのメンツも最高かよ』
『神動画ありがとう西園寺P!』
翌日。
廊下ですれ違ったタクミは、俺を見つけると、周りにバレないように小さくチョキを出してウインクした。
俺は苦笑して、小さく手を振り返す。
やれやれ。
とんでもない天然素材だったな。
俺たちのライバルは、どうやら俺たちが思っていたよりずっと、愛すべき奴だったようだ。




