13 神々のステージ
俺たちのチームが残した熱狂は、凄まじいものだった。明らかに、俺たちのステージが観客の評価を一番得ていたと思う。
……次のチームが登場するまでは。
暗転したステージ。
世界から音が吸い出されたような、完全な静寂が訪れる。
気温が急激に下がり、張り詰めた緊張感が肌を刺した。
カツン、カツン、カツン……。
硬質な足音が、暗闇の底から響く。闇の中から現れた5つの影。帝都タクミ率いる、通称アベンジャーズチームだ。
照明が、彼らの輪郭を切り取る。
観客から「わあっ」と声が上がりかけて、一瞬で引いていく。
彼ら以外だれも音を立ててはいけないと、みんなが理解しているようだった。
前奏が流れ始める前のポジショニング。
チームの右翼を固めるのは、ダンスの申し子、桐生だ。桐生の銀のピアスにわずかな光が反射して、冷たく光る。
左翼には、天使の歌声を持つケイト。ピンクブロンドの髪が、人工的な光を受けて輝いている。
後衛には、重戦車のようなラッパー、ガク。そして、万人に愛される貴公子、ハルト。
まだ何も始まっていないのに、ステージに存在するだけで空気の格が数段上がった。
個々のスペックがあまりに高すぎる。Aクラスの上位ランカーが集結した、まさにドリームチーム。
だが。
それら4人の天才すらも従者に見えてしまうほどの、異質な存在が中央に立っていた。
帝都タクミ。
彼がゆっくりと顔を上げた瞬間、会場の時間が止まる。
スポットライトが彼を射抜く。
彫刻、という陳腐な言葉では足りない。神が「アイドル」という概念を具現化するため、天上の素材だけで練り上げた最高傑作のような造詣がそこにある。その瞳には、他者を屈服させるほどの絶対的な覇気が宿っていた。
ドンッ……!
荘厳なパイプオルガンの音色と共に、桐生が空を裂いた。
速い。あまりにも速い。
桐生のその身体つきは、余分な肉を極限まで削ぎ落としていて美しい。まるで日本刀のように鋭く、一挙手一投足が見る者の邪念を片っ端から切り裂いていた。斬撃。指先の残像すら計算された芸術的なムーヴが、空間を支配する。
「す、すごい」
ステージの袖でアベンジャーズチームの表現を見ていた俺たちは、思わずため息をもらした。
もちろん、桐生だけではない。
ガクの重低音が床を震わせ、ハルトの笑顔が視線を奪う。ケイトの突き抜けるような高音が、会場の天井を突き破る。
愛らしいベビーフェイスを持つケイト。だがその喉には、神が住んでいるのかと思うほど、凄まじい歌唱力を持っていた。ひとたび口を開けば、聴く者の魂を強制的に浄化させる天使の歌声。聖水のようなハイトーン・ボイス。Fクラスに居たハルカの歌声が悲痛な叫びなら、ケイトの歌は天からの祝福だ。有無を言わせぬ美しさで、聴衆をねじ伏せている。
「とんでもないな。やっぱ、アベンジャーズだ」
誰かの言葉が、俺の胸に重石になってのしかかる。
だが、真の絶望はサビに待っていた。
――スッ。
帝都タクミが、ステージ中央へ歩み出る。
ただ歩くだけ。それだけで、数千人の視線が、呼吸が、心臓の鼓動が、彼のリズムに支配された。
タクミが前へ手をかざす。会場の空気が渦を巻いて、タクミの手に吸い込まれていくような錯覚。
彼には、重力があった。
帝都タクミという恒星が持つ、抗いがたい引力が、この会場を支配している。
彼が歌い出した瞬間、世界は一瞬で彼の魅力に包まれてしまった。
圧倒的な声量。完璧なピッチ。そして、見る者をひれ伏させるようなカリスマ性。
歌詞の一言一句が、見ている者の脳に直接叩き込まれる。
『ひざまずけ。我こそがルール』
タクミの瞳がモニターにドカンと写る。会場からは、悲鳴すら上がらなかった。
全員がただ呆然と、その美しさに息を飲んだ。まるで、この世のすべてをすべる、絶対の神を目の前にしたかのように。
パラララと、天使のラッパが鳴り響く。
それに合わせて、神々が美しいステップを踏んだ。
俺たちがあれほど泥臭く叫び、汗を撒き散らして作り上げた人間臭いドラマは、彼らの神々しい光によって跡形もなく上書きされてしまった。ベンチャー企業が社運を賭けて作った最高傑作が、巨大財閥の圧倒的なブランド力の前に霞んでいくような、どうしようもない格差。
――ジャンッ。
曲が終わる。
タクミがゆっくりと腕を下ろす。
数秒の、完全な静寂。
そして――。
ウ、ウワアアァァァァ!
地鳴りのような拍手と歓声が、会場を揺らした。
*
すべてのチームの発表が終わり、結果が発表される。
ステージ上に全チームが整列し、俺たちのチームとアベンジャーズチームは、ともに最前列に並んだ。
俺の隣に、帝都タクミが立つ。無意識に背筋が伸びた。
(綺麗な横顔だな)
タクミからは、生き物の匂いがしない。あれだけ激しいステージの後だというのに、アベンジャーズチームをまとう空気は異様に澄んでいる。冷たく、硬く、美しい、ダイヤモンドの結晶みたいだ。
「それでは、得点を発表します」
MCの声が響いて、ドラムロールが鳴る。
心臓が痛い。リクトは涼しい顔をしているが、俺の手のひらは汗でびっしょりだ。
会場の誰もが、固唾を飲んでモニターを見上げる。
――ドンッ!
効果音とともに、全チームの数字が得点順に並んだ。恐る恐る文字を認識する。
一番上、4528票。アベンジャーズチーム。
その下、4490票。俺たちのチーム。
会場がどよめいた。その差、わずか38票。数万人が投票して、たったの数十票差。
神々の軍勢に対し、ビジュアルだけと言われた俺たちのチームが、喉元まで食らいついたのだ。
会場の反応は複雑だった。
喜ぶ声、惜しむ声、すすり泣く声。
絶対王者相手に、ここまで肉薄した結果になるなんて。その事実が観客の心を動かし、勝者だけでなく俺たちにまで、賞賛の拍手が向けられている。
「……惜しかったね」
隣で、リクトがポツリと言った。悔しさなんてなさそうな、ケロッとした顔をしている。
「でも、僕は負けたと思ってないよ。記憶に残る敗北は、勝利よりも価値があるからね」
リクトの言葉に、背筋が寒くなる。
絶対王者にあと一歩届かなかった悲劇のチーム。その事実さえ、以前リクトが言っていた勝利のストーリーの一節に見えた。
帝都タクミが、マイクを握る。
彼は隣にいる俺たちを一瞥もしなかった。いや、無視しているのではない。眼中にないのだ。ライオンが、足元の蟻を気にしないのと一緒。彼はただ、淡々と勝利者コメントを述べ、王座へと戻っていく。
(悔しい……)
圧倒的な壁。
俺は震える拳を握りしめた。
届かなかった。
でも、指先は触れた。
あの神々の座に、俺たちの手形を残すことは、できたはずだ。
大歓声の中、俺は眩しすぎるスポットライトを見上げ、深く息を吐いた。
戦いはまだ、終わらない。




